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新たな薬物療法へ


いつ事件が起きてもおかしくない

 介護ノートを振り返ると先週の水曜、腰痛を理由にデイ・サービスを休んでから。母の嫉妬妄想による妄言と独言が急速に悪化しました。悪化とは、発現時間を示します。独言が始まった時間と終わった時間、トリガーとなった要因をすべて記録しています。2ヶ月前は、ほぼ夕食後30分から1時間の間に始まるのがパターンでした。1日に起きて1回、2回です。発生頻度と発現時間は日を追うごとに増加傾向にあり、ここ数日は食事と寝ているとき以外は独言一色です。しばらく正常な母をみていません。なぜか眼球は内出血を起こし、目はうつろ、会話も支離滅裂でコミュニケーションが成り立ちません。
 母の症状が悪くなれば、父への妄想攻撃も激しくなります。以前に比べると耐えようとする意志はみえますが、最終的に母に罵声を浴びせ、物を投げたり飲みかけの焼酎をかける始末です。
「おまえなんか死んでしまえ」
「わたしだって早く死にたいわ」
少し前までは胸が締めつけられる台詞でしたが、すっかり慣れてしまいました。ただ物を投げつけれた母の当たり所が悪ければと思うと、いつ傷害事件、いや殺人事件が起きてもおかしくない状況です。

診察予約変更にさえ抵抗がある父

 3日経った週末、母を病院に連れて行こうと父へ持ちかけました。しかしすぐに首を縦にふりません。
「次の診察は11月上旬だから。変更してまで連れて行かなくてもいい」と父。
予約日を確認すると、次回まで3週間。
「俺が我慢すればいいことだから」
その返答すら苛立ちを隠せません。予約を変更することが先方に迷惑になる、つまり非常識な行動と考える父。我慢すればいいのは父だけではありません。私もこの1週間はまともな睡眠をとれていないのです。粘り強く父の説得を続けました。
 するとその日の深夜、母が過去にない妄想攻撃をみせます。いつもに増して攻撃的で声も大きい。独言は朝まで続きました。翌朝、鬱屈した雰囲気の中、改めて受診を提案すると、ようやく納得してくれたのです。
「全部おまえにまかせるから」
「おやじは何もしなくていいよ」

 連休明け、早速病院に電話。予約変更をお願いしました。看護師さんから理由を確認され、現状を詳しく伝えた上で早々に診て欲しいと伝えました。すぐに担当医と相談して折り返すという返事をもらい電話を待ちました。10分後、
「先生に確認しましたが、今週はスケジュール上、診察はできません」
来週以降か…とがっかりしましたが、
「息子さん、今日か明日病院に来れますか」
「はい、今日でもいけますが」
「お薬を出しますので取りに来てください」
 すぐに身支度を済ませ、病院へ向かいました。対応が早い先生でよかったと、少しだけ前向きになれたのです。

遅すぎた処方箋

 処方された薬はレキサルティ。

◼︎気持ちを楽にし、意欲を高める薬です。
◼︎不安や緊張を和らげたり、気分を落ち着かせる薬です。
◼︎やる気がしない、興味がもてない等の状態を改善する薬です。
・服用期間中、飲酒は避けてください。
・眠気等が起こることがあるので、車の運転等危険を伴う機械の操作は避けてください。
(省略)
・のどが渇く、水を多く飲む、尿量が増える等の症状が現れた時は、すぐに受診してください。

 4~5日様子をみて、改善がみられなかったら電話するよう指示を受け帰宅。父も安堵の表情でした。あとは薬が効いてくれるかどうか。

新事実

 私自身、病院側と接触したのは今回が初めてでした。前回の受診は7月、私が帰郷する前だったのです。つまり母の病状に関する情報は、全て父からのものでした。看護師さんとトータル20分程度の短いコミュニケーションでしたが、驚きの事実を知ります。父は担当医に嫉妬妄想のことを一切伝えていませんでした。担当医の認識は、おそらく物忘れが多くなった程度の初期の認知症だったようです。もちろん7月の時点では、今ほど症状がひどくなかったかもしれません。しかし嫉妬妄想は明らかでした。
「こんな年寄りの嫉妬話なんか恥ずかしく言えるか」
「夫婦の恥を他人に晒すようなもの」
私の問い詰めに対する父の返答です。私は帰郷してすぐに病院とコミュニケーションをとっていれば、全く違った2ヶ月だったのかもしれません。もっと想像力を働かせなくては……。
 服用を開始し、24時間が経過しました。妄言も独言もまったくみられません。ただたまにぼ〜っとうつろな表情をする時があります。副作用なのでしょうか。まだまだ不安は残りますが、母を見守ります。
父も。

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