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妹 の 恋 人 【7/30】

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 もちろん、内藤先生と咲子がそんなことになっているとは、はっきりとは知らなかった。
 知っていたら、わたしが許したはずがない

 でも……気配はあった。
 わたしはそれを、咲子と分かち合っているあの奇妙な感覚で感じ取っていた。

 なのに、なぜあんなことになってしまったんだろう……?

 前にも言ったが、わたしと咲子は見かけが余りにもそっくりなので、小学校のときから同じクラスに入れられたことがない。

 だから学校にいる間だけは……咲子の顔をあまり見ずに済んだし、それはわたしにとっても救いだった。

 とにかく咲子はどん臭いし、ヘマばかりするし、話の要領を得ないし、すぐ泣くし、それらすべてを総合して言わせてもらえば、ウザい
 目障りだ。

 だから、わたしは学校では……小学校、中学校、そして高校を通して咲子と関わらないようにしていた。

 無視できるだけ無視して、まるで自分には妹などいないかのように振る舞った。

 だから、わたしは小学校から中学校、そしてあの事件が起こった高校一年生までは…同じ学校に通いながら、咲子が学校でどんなふうだったか、何をしていたのかは具体的には知らない。

 『具体的には』と行ったのには、もちろん理由がある。

 理由のひとつは、咲子は思ったことがすべて顔に出る、ということ。

 何をしてきたのか、何を考えているのか、何をしようとしているのか、それらがすべて顔に、くっきりと文字で描かれたように表れる。

 咲子の頭は植物園の温室ドームのようにガラス張りだ。

 咲子がわたしに何か隠しごとをすることなんて、ほぼ不可能といっていい。

 ……たとえば、わたしが鏡を見たとする。
 
 そこに映っている自分の顔から読み取れるもの……つまり自分が今、考えていること以上に、咲子の考えは容易く読み取ることができる。

 わたしだって、いちいちそれを知りたくて詮索してるんじゃない。
 咲子のほうから、いちいちわたしに発信してくる……
 言葉ではなく、表情と雰囲気と動作声の調子で。

 そして、あの呪わしい身体の絆で。

 咲子は……ほんとうに惚れっぽかった。
 というか年がら年中、発情していた。

 小学校高学年から(いけてなさすぎるクラスメイトのキモザワのことを思いながら)オナニーにふけりまくっており、中学の3年はほとんど週替わりで好きな男を見つけては、その男のことを一途に想い続けた。

 相手は、クラスの男子はもちろん、学校の先生、学校の近所のお好み焼き屋のアルバイト、通学に使っていた路線バスの運転手、学校の用務員のおじさんまで……咲子は選り好みをしなかった。

 咲子が何を思って……誰を想って夜、寝静まるまえに自分を慰めているのか……
 わたしにはそれが直通で伝わってくる。

 その頃にはわたしたちは家の中でそれぞれの部屋を与えられていて、二段ベッドでは寝ていなかった。 

 咲子にしてみると、これはありがたい事態だったと思う。
 寝る前に、いくらでもオナりまくることができるんだから。

 とはいえ……わたしたちの絆は、そんな子供部屋の壁一枚で断ち切れるような甘いものではなかった。

 毎夜のように……咲子の息遣いと動悸、そして下半身の甘い痺れは、わたしの部屋と咲子の部屋を隔てる薄い壁を通じて、わたしに発信されてくる。

 夜、寝る前にベッドに潜り込み、目を閉じると……
 ひとりでに下半身が熱くなり、全身にじっとりと汗が浮き出してくる。
 そわそわして、何度も寝返りを打つ……

 咲子が、おっぱじめたのだ……

 わたしはいつも、必死で抵抗した。
 咲子が発信してくるこのいかわがわしい電波攻撃に対して。

 わたしは毎晩、歯を食いしばって、何度も太ももを擦りあわせて、時にはタオルケットを噛んで、堪えようとした。

 咲子が送ってくる電波が、わたしの身体に起こそうとしている反応を、
 わたしにあの行為をさせようとする衝動を、
 そして全身を支配するこのムズムズした欲望を、跳ね除けようとした。

 “咲子に巻き込まれちゃだめ……巻き込まれちゃだめだ……”

 毎晩、毎晩、必死でこの汚らわしい衝動を堪える。
 目を閉じて、強引に眠りに逃げ込もうとする……。
 
 でも、無駄だった。
 
 目を閉じた後の闇に浮かんでくるのは……ニキビ面のいかにも冴えない男子中学生であり、わたしたちのおじいちゃんくらいの年齢の国語の先生であり、油染みた顔でお好み焼きを焼く学校の近所のお好み焼き屋のアルバイトであり、ヤニくさい仏頂面の肥満した四〇がらみの路線バス運転手であり、日焼けした肌に薄いグレーの作業着を来て好色そうに笑う頭の禿げた学校の用務員のおっさんであり……

 そういった、いかにもわたしの性・恋愛の対象になりえない、おぞましい面々の姿だった。

 それらは今、この瞬間に、咲子がこのうすい壁を隔てた自室のベッドの中で、思い描いている男たちだ。

 その男たちに触れ、そして男たちに触れられ、キスをされ、自分もキスを返して、自分から抱きしめて、その匂いを嗅ぐ(なんと、咲子の妄想には匂いまでともなっている)……すると向こうもわたしのことを強く抱きしめてくる。

 そして、相手の息づかいがリアルに再現されていく。

 妄想の男たちはわたしをそっとやさしくベッドに寝かせると、ゆっくりとわたしの服を脱がせはじめる……
 わたしの心は、わたしの心のままで。

 おぞましい嫌悪感が、全身に鳥肌を立てる。
 叫びだしたくなり、相手の顔に一発、蹴りでもぶち込みたくなるほど、心は怒りと屈辱で満たされる。

 しかし、咲子の妄想の中に飲み込まれているわたしには、抵抗ができない。
 身体が思うように動かない。
 身体の中に心が囚われて、そこから抜け出せない感じだ。
 
 だから、相手のされるままに……つまり、咲子が相手の男たちにしてほしいと思うことそのままに……わたしは毎晩、脱がされ、撫でられ、身体中にキスをされ……弄ばれ続ける。
 
 いや……いやだ。
 わたしはいやなんだってば。
 
 あんたたちなんて、ほんと、吐き気がするくらい、普段の生活だったら近くにもよりたくないくらい、ほんとに、ほんっっとうに大嫌いなの。

 あんたたちのことを好きなのは、わたしじゃないの。
 妹の、咲子のほうなの。
 だから、わたしはあんたたちと……こんなことをしたくないの。
 
 ほんとは、死んでもイヤなの。
 
 だから、お願いだから、咲子のとこからわたしのところに来ないでよ
 ……来ないでったら……!

 それでも、わたしの身体のアンテナは咲子の妄想をビンビンに受信する。
 
 
 気がつけば、いつの間にかパジャマのズボンの中に手を突っ込んでいる。
 パジャマのズボンを、脱ぎ去っている。

 パンツの中に右手を差し入れみながら、Tシャツに左手を滑り込ませて、もうその段階ではかなり固くなっている乳首を、指で転がしている。

 漏れそうになる声を、口を枕に押し付けることでなんとか堪えている。

 たぶん、今、この瞬間、咲子もこの薄い壁で隔てられた向こうで、同じようにして声を堪えているのだろう。

 いつもそんなことを身体が始めてしまったとき、ダメだ、と思う。
 なぜなら、ますますパンツの中に忍び込ませた指に絡みつくあのが、身体の奥から染み出してくるからだ。

 お風呂の後にせっかく履き替えたパンツを汚したくないから、シーツの上でパンツまで脱いでしまう……咲子もそうしているんだろうか……そう思えば、また溢れ出してくる。

 考えるな、考えるなわたし。

 必死で自分の思考を止めようとするが、全速力で走り出している身体がそれを許さない。

 シーツを汚したくないので、ほとんどブリッジするようにして腰を浮かせる。

 脳裏には、咲子の頭の中にいる男たちが、さも愉しそうに、興奮で顔を真っ赤にしながら、わたしの身体を弄ぶ状況が鮮明な映像になって浮かび上がってくる。
 
 やめて、やめてっ……
 たのむからもう、カンベンしてってば……
 
 なんでわたしが……
 いくら頭の中の出来事だとはいえ、毎晩こんなにキモい連中にばっか変なことされなきゃなんないの?
 あんたたちのことが好きなのは、わたしじゃなくて、妹の咲子なのに。
 
 お願いだから、ほんと、マジで出て行って……。
 
 
 でも、指は止まらない。溢れ出す身体も止まらない。
 
 ……そして……わたしは毎晩のように堂々のゴールインをしてしまう。
 

 その後に毎度やってきた虚無感や屈辱感といえば、決して大げさに言っているわけではなく、本当にレイプされたような気分だった。 

 ほんとうに悔しくて涙がにじんできそうになることがあった。
 しかし、そんなことで自分を憐れもうとしている自分を意識すると、虚無感と屈辱感は二倍増しになる。

 そんなわけで、中学生だった三年間、一三歳から一五歳まで……わたしはずっと、双子の妹が勝手に次から次へと恋焦がれる、“夢の中の恋人”たちに毎夜、弄ばれ続けた。

 ほんとうに地獄だった。

 でも、一体誰を非難すればよかったのだろう?
 妹の妄想が自分の頭に勝手に入りこんでくるなんてバカバカしいこと、非現実的なことを、誰に訴えればいいだろう?

 すべてはわたしの妄想だ、と言われるに決まっている。

 いやらしい、性欲に目覚めたばかりの、思春期特有の自意識過剰だと言われるに決まっている。
 色情狂だと思われるに決まっている。
 性的な欲求不満を抱えた、平凡な十代の少女、と言われるに決まっている。

 わたしはずっと、沈黙を守り続けた。

 そして、自分で自分を納得させ続けた。

 悪いのは、わたしじゃなくて、咲子だ、ということを。
 わたしに悪いところなんて何もない……すべてはあの咲子が悪いのだ。


 あれは高校生になって、はじめての夏だった。

 眠る前の幻に、教師の内藤が現れるようになったのは。

 あの薄くなった頭、出っ張った腹、チョークまみれの服……いつものように咲子が送ってきた電波であることはわかっているのだが、これはあんまりだと思った。

 ……ひどい、あんまりだよ咲子。
 
 高校生になって、はじめて好きになったのが、こいつなわけ?
 ……なんで、そんなにあんた、趣味が悪いの?
 ……せめて、どんなに冴えない奴でもいいから、生徒にしてよ……
 ってか、なんで先生の中で、よりにもよってこいつなわけ?
 ……なんであんたは、そんなに趣味が悪いの?
 
 
 でも、毎晩、わたしは内藤に……身体を弄ばれ続けた。

 その感触や息遣いを感じながら、パジャマのズボンを脱いで、パンツを脱いで、ときにはシャツを脱いでベッドの上で全裸になって、激しく、自分の手で自分をいじめ続けた。
 
 
 妙な感じだった……
 今回、咲子が送ってくる妄想電波は、なんだか妙に生々しくてリアルだった。
 

 気がつけばその情景まで、リアルに思い描いている。

 学校の中……あの古い校舎にある、屋上へ続く踊り場の風景だ……
 でも、わたし自身は、その場所に行ったことがない。

 その場所で醜い中年教師に弄ばれる、わたしと“そっくりな”咲子の姿、感覚、鼓動、戸惑い……そして快感が、リアルに伝わってくる。

 しかし……おかしい。

 これまでとは違う……それは、わたしと咲子の体が、それなりに大人に成長したからだろうか?

 ……いや、違う。この感覚は……壁に押し付けられたときの、ひんやりした頬の感覚までリアルに再現される、あまりにも具体的な感覚は……まさか……咲子は実際に内藤と?
 

 
 ……そんな。
 

 そんなの、あんまりだ。
 そんなこと、信じられない。

 あの子がわたしの知らないところで何をしようと、あの子の勝手だけど……

 あの子の感覚はこうして毎晩のようにわたしに伝わってくるわけだし、あの子の顔も、身体も、すべてはわたしとそっくりなわけだし。

 わたしと同じ顔、同じ身体、同じ感覚、同じ遺伝子を持った女の子が、あの汚れ切った洗濯物を丸めて作った人形みたいな、キモい教師におもちゃにされている……?

 そんなこと、絶対あってはならない。
 そんなこと、絶対に許せない。

 激しい怒りと憤りを感じながら、それでも指は止まらなかった。
 毎晩のように、わたしは望んでもいない激しい絶頂を迎えた。


 でも、ある日、とても恐ろしいことがあった。

 いつものように幻想の中に現れる内藤がわたしを弄んだあと……わたしの中に……ええっと……その……アレを挿入してきたのだ。

 現実ではないはずなのに、単に咲子が送ってくる妄想のはずなのに……わたしはあまりの激痛に、そのまま気を失ってしまった。
 
 悪い予感がした。
 
 そして、悪い予感ほど、しっかりと的中するものだ。


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