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詳しいことは知りませんが 【1/5】
■
これだけは、絶対内緒ね。
絶対、絶対、ぜえええええええったい、人に話しちゃダメだからね。
秘密だからね。
ほんっと、バレるとやばいんだ。
あのね、この街の地下には、もうひとつ街があるの。
地下街?
ううん、そんなんじゃない。
もっともっと、深いところに、地下の街があるの。
……ほら、もう信じてない。
ま、いいけどね。
あたしも無理してアンタに聞かせてあげる事ないんだから。
バカにするならもう言わない。
……ちゃんと聞く?
…………うん、わかった。じゃ、話したげる。
今言ったみたいにね、この街の下、地下の深い深い…地下鉄よりもずっと深い、ふかああああいところには、もうひとつの街があるの。
ほとんどの人が、その街が地下にあることを知らないの。
っていうか、その街は、公式には存在しない事になってるからね。
ほんのわずかな人達だけが、その街が地下にあるっていうことを知ってて、知らないふりしてんの。
なんのためにそんな街が?
うーん。
なんでだろ。それはよく知らない。
たぶん、アレじゃない?
ほら、核戦争が起こった時のための、シェルターとか。
あたしが行ったことあるのは、この街の下にあるやつなんだけど、日本国中の大きな都市の地下には、どこも同じようなのがあるんだって。
これほんと……びっくりした?
……実際、核戦争が起きたり、なんか大災害が起こったり、隕石が落っこちてきたりする時、誰もみんながその地下都市のこと知ってたら、定員オーバーになっちゃうじゃん?
いくら広いとはいっても、地上の街ほどのキャパはないからさ。
そんな事が起こった時に、その都市を知ってる、特別な人達だけが、そこに逃げ込んで生き残られるようにするため、その存在を内緒にしてるんじゃない?
え? 不公平?
うん、考えてみれば、すっげー不公平だよね。
でもあたしもそこに行ったんだけど、行き方が分かんないんだよね。
だって、初めから終わりまで、ずーっと目隠しされてたから。
だから、正確に言うとあたしは、その地下都市には行ったけど、何も見てないのよ。
……うん。確かに。
なんだそれ? って話でしょ?
でも本当なんだ。
あたしは一回だけ地下都市に行って、そこから帰ってきたの。
信じられない話だろうけど。
なんでそこに行く事になったかって?
うん、友達の友達の友達の友達の友達くらいの、遠い知り合いから巡り巡って話が来たのね。
あたしは直接その人のこと知らないんだけど、あたしがお金に困ってて、それも急いでるっていうウワサが、いつの間にかそこまで広まってたんだよね。
それにあたしがそのお金を稼ぐためなら、かなりなんだってやる気があるってこともね。
ほんっとその頃、お金に困ってたんだよね。
ヤバかったよ。実際。
SMもののAVとか、それもウンコ出したりするやつ、ああいうのに出ないかって話が先に回ってきてたら、間違いなくやってただろうね。
それくらいお金に困ってたって訳。
で、その話よ。
あるところまで一晩出張すれば、50万円貰えるっていうの。
50万?
なんだかヤバい感じはしたけどね。
でも、痛めつけられるくらいはしても殺されることはないだろうって、勢いに任せちゃったんだ。
いやあ、若かったねえ。1年前とはいえ。
……それににしてもあたしみたいな女に……
え? いいよ。お世辞言わなくたって。
顔もそんなに綺麗じゃないし、スタイルだってそんなによくない。
まあ、よくおっさんからは可愛いって言われるけどね。
同年代にはモテないんだよね。
古い顔立ちなのかな?
それとも、おっさん心を擽るなにかをあたしあ持ってるか……
まあ、別にいいやそんなことは。
どこまで話したっけ?
あ、そうそう。あたしみたいな27にもなった何の取り柄もないな無職女に、一晩で50万も払うってんだから、ふつう信じられないよ。
去年のクリスマス、あたしのスマホに電話が入ってさ、出てみると、友達からだったんだ。
なんでもその友達の友達の友達の友達の友達の友達くらいが仕入れた情報だけど、あるところで大きなクリスマスパーティがあって、エライ人もいっぱい来るらしいからいかないか、って電話があったわけ。
で、それに出たら50万円くれる、と。
なんかみんなさすがにヤバいと思ったらしくてさ、友達から友達へ、またその友達から別の友達へって感じで、最終的にあたしに回ってきたんだな。
で、結局あたしは金の困ってたんで、オッケーしちゃったと。
そして2時間くらい経って、あたしのスマホに連絡が入ったの。
全然知らない男の人の声で、なんか妙に声が遠くてノイズが多かったのを覚えてる。
■
指定されたのは駅前のデパートの前だった。
その日は雲ってたから、暗くなるのも早かったな。
今年もやっぱり、雪が振らなくてさ。
ホワイトクリスマス、とかなんとか言っても実はそれも単なるイメージだよねえ。
でも不思議だよね。
普段みんな、雪が降れば寒いとか服が汚れるとかぐちぐち文句言いたがるのにさ、クリスマスだけは雪が降ってほしいなんて、虫のいい話だよね。
そこはけっこう待ち合わせ場所として人気があるとこだったから、相手を待ってる間抜け面の男や、頭のヌルそうな女が何人も立ってたっけ。
正直、初対面のひとがあたしを見つけられるかどうか不安だったよ。
一応、あたし、一番良い服着てこいって言われたから、昔学校の卒業式で着て以来、一回も着なかった濃いグレーのスーツ着ていったわけ。
その上にぜんぜん合わないボアつきのナイロンのハーフコートだから、目立つことは目立つと思ったんだけどさ。
で、待ち合わせの時間…確か、6時半だったかな…ぴったりに、おじいさんが現れたんだ。
びっくりしたね。
まさかこんなおじいさんとは。
おじいさんはあたしよりずっと背が低かった。
ひどく痩せていて、ちゃんとスリーピースの紺色のスーツを着てた。
かなり古いものみたいだったけど、モノは良かったよ。
凄く手入れして、大事に着てる感じ。靴なんかピッカピカだったしね。
そのおじいさんはあたしの前まできて、ゆううううっっくり、あたしのつま先から頭のてっぺんまでを確認するように見上げた。
やらしいとかそんなんじゃ全然なくて、まるでロボットみたいな動き。
あたしの全身をスキャンしてるみたいだったな。
「あなたですね」
と、おじいさんが言った。
さっきの電話の声はかなり不明瞭だったけど、そのおじいさんが電話の主だとはっきりわかったね。
「こんばんは」
あたしはおじいさんに言って、笑顔を作った。
「こんばんは」おじいさんは無表情のまま反復すると「わたしについてきてください」
と言って、くるりと背を向けて歩きはじめた。
あたしは大慌てで、おじいさんの後を追った。
そのおじいさん、なぜか歩くのがめちゃくちゃ速いんだな、これが。
駅前のロータリーにぴっかぴかに磨かれた黒い、古い型の車が停めてあった。
びっくりしたね。
中にちゃんと運転手が乗ってんだから。
おじいさんは手慣れた仕草で後部座席のドアを開けて、あたしを招き入れてくれた。
なんか、すごく絵になる動きだったんで、感動したな。
なんかあたしもそんな扱いを受けるエライ人になったような気がしてさ。
悪い気はしなかったよ。
あたしが乗り込むと、おじいさんもあたしの隣に乗り込んで、ドアを締めた。
「出してくれ」と、おじいさんは運転手に言った。
運転手は一瞬振り向くと、無言で頷いて車を出した…運転手はこれまたロボットみたいな人で、年は40くらいだったけど、とても身体が大きくて、いかにも“屈強”って感じだった。
その人は黒いスーツに、黒いネクタイ。
ほら、あの映画。
“マトリックス”の、悪者みたいな、あんな格好だった。
五分ほど走ったところで、おじいさんがわたしに封筒を差し出した。
中を観ると、お札が入っていたわけ。
いきなり?と思ったけど、あたしどんな顔したらいいのかわからなくて、ヘラヘラ笑ってみせた。
「25万円、今日の報酬の半額です。」
おじいさんは、あたしの顔を見ず前方をまっすぐ見て言った。
「はあ、どうも」
「残り25万は、終わってから、明日の朝お帰りの際にお渡しします。それでよろしいですね?」
声は静かで、調子はふつうだったけど、なんか有無を言わせない感じだったな。
「はあ……」
あたしはそんな間抜けな相槌をうちながら、封筒をバッグに入れた。
「……それと、今、ここからお願いしたいことがあります」
「え?」
まさか今すぐ車の中でしゃぶれ、とか言うんじゃないだろうな、と思ったけど、そんなフツウのことではなかったね。
おじいさんはさっき封筒を出した内ポケットから、アイマスクを取りだして、あたしに手渡した。
「これをつけてください」
「はい?」
「これからご足労いただく場所は、絶対に秘密の場所なのです」
……だろうなあ。一晩50万円だもん。
「はあ」
「ですのであなたには大変不自由をお願いすることになり、申し訳ないのですが、明日お別れするまで、そのアイマスクをつけて頂きます。あなたは大切な秘密を漏らすような方とはお見受けしませんが、とりあえず念のため、です。お願いできますか」
「はあ」
それ以外の返事ができないような雰囲気だったな。
あたしは素直にアイマスクをした。
以降あたしは、何も見ていない。
そのまま30分くらい……
目隠ししてたからはっきりはわからないんだけど、車は走っていたかな
……でも、なんだか同じとこをぐるぐる回っていたように思うんだ。
ほんのかすかに、かすかにだけど、たぶんどっかのコンビニの前でクリスマスケーキをたたき売ってる女の子の声が4回、聞こえたからね。
まあクリスマスなんで、どこのコンビニでも同じようなことやってるだろうし、4回聞こえた女の子の声が、同じ声だったか、といわれると自信がないんだけど。
やがて車は、何か静かなところを走りはじめた。
高速かな?
その間、運転手もおじいさんも一言も口を効かないの。
「喉が乾きませんか」
だしぬけに、おじいさんが言った。
「え、ああ、はい」
あたしは曖昧な返事をした。
「ジュースです。渡しますよ」
とおじいさんはアルミ缶を手渡してくれた。
どこから出したんだろう? 見えなかったので仕方ないけど。
それにしても、また内ポケットから?
……いやそんな、手品師じゃないんだから。
ジュースはちゃんと冷えていて、飲み口にストローを刺してくれてた。
あたしは見えないながらもそれを銜えて、飲み込んだ。
グレープフルーツの味だったかな。
冷たくて、美味しかった。
……でも、なんだか、そっからがヘンだったんだ。