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エアコンと燃え尽きた男


数週間前、その電話は突然かかってきた。

知らない番号である。

かけ直す前に調べてみると、その番号は僕が住んでいるアパートの管理会社のものだった。

管理会社から電話?

はて?

僕は何の用件か考えてみた。

しかし思い当たる事柄が全くない。

何せこの家に住んで4年近く、1回も管理会社の方から電話がかかってきた事なんてないのだ。

おかしい。

これは何かあったな。

僕は即座に危険な気配を察知した。

考えられるとしたらたった1つ。

他の住人からの苦情である。

「横の人がうるさいんですけど」

おそらくこれだ。

そんなもん全く身に覚えはない、と言いたいところなのだが

残念ながら身に覚えはある。

あるのだ。

たま〜に、いやほんとたま〜になのだが

ふと想いが溢れてしまって


「東京おもんない!!!」と叫んでしまう事があるのだ。


もちろん良くない事は分かっている。

しかし、我慢出来ないのだ。

ほんまにおもんないのだ。

東京、ほんまにおもんないのだ。

何がそんなおもんないかって言うと、とにかくいい事全く無いし、あんま友達おらんし、お金ないし、彼女おらんし、バイトばっかりやし、、、

あかん!

涙出てきた!!

とにかく見事なおもんなさなのだ。

これが東京1年目ならまだわかるが既に4年経過してるのだ。

新宿駅構内で迷わなくなってしまってるのだ。

もはや絶望的なのだ。

なので時折想いが溢れて「東京おもんない!!!」と叫んでしまうのである。

この家は意外と壁が厚そうなので大丈夫かと思って思っていたが、やはり駄目だったか。

すまん、横の人。

ちなみに横の人は話した事はないが長髪で、どことなく金属バットの友保に似てる人。

その友保似の人が管理会社に苦情を入れたのだろう。

「横の人が定期的に東京おもんないって叫ぶんですよ。うるさいんで注意してもらえまっか」

本当に申し訳ない。


しかし!

しかしやな!

それ言うたらあんたも大概やで!

夜中、定期的にあんたの部屋からドスンドスン何かの音聞こえてるからな!

あれ何してんねん!

トランポリンでもやってんのか!

何でアパートの一室にトランポリン設置して飛んでんねん!

そう考えたらお互い様やぞ!

いやむしろトランポリンの方が迷惑やぞ!

何を長髪振り乱してトランポリン飛んでんねん!


僕の考えは決まった。

逆ギレ一択である。

管理会社からいくら責められようが応戦する。

だってほんまに東京おもんないねんもん。

しかも相手はトランポリンである。

誰が何を文句言うとんねんという話だ。

僕は鼻息荒く電話をかけ直した。

数コールの後、受付の方らしき人が電話に出て、僕はさっき電話がかかってきた事を伝えた。

すると住んでいる物件名を聞かれ、担当の人に交代するとの事。

保留音が鳴り響く。

ドキドキしながら待つ。

しばらくして電話に出た担当の人は大きな声でこう言った。

「お待たせ致しました!お電話折り返しありがとうございます!担当の〇〇です!今回お電話させてもらったのはですね、この度アパート全室のエアコンと給湯器を交換する事になりまして!」


、、、


エアコンと給湯器の交換かい。

横の人、何か色々ごめん。


というわけで12月4日、僕の部屋はエアコンと給湯器を交換する事になった。

もちろん東京おもんないの件が出てくる事はなく、トランポリン疑惑を出す事もなかった。

よくよく考えたらトランポリン疑惑もなかなかの事だが、今回は不問に付しておこう。

いつかもし本当に何かあった時のための保険としてとっておくのだ。

あくまで疑惑やけども。

ただ単に四股踏んでるとかの可能性もあるけれども。

ていうかその前に東京おもしろくなるように頑張れよという話やけども。


そんなこんなで当日。

朝の9時半。

エアコンの交換の業者さんが来る時間。

僕は意識朦朧としながらフラフラになっていた。

頭の上にはヒヨコが数匹ピヨピヨと飛んでいる(懐かしのストII)

何故こんな状態になっているのか。

答えは至って簡単。

眠いのである。

家に帰ってきたのが朝の6時だったのだ。

前の日の夜、大阪時代からの先輩であるハリキリさんにお誘いいただき、わっしょい原人さんと3人で朝まで飲んでいたのだ。

まあ言うて交換に立ち会うだけやし、3時間ぐらい寝ればいけるかと思っていたのだが、そこは悲しいかな40歳、ゴリゴリにダメージが残っていたのである。

本来なら立ち上がるのも億劫な状態、しかし非情にも玄関のチャイムが鳴る。

僕は息も絶え絶え、玄関のドアを開けた。

玄関の前には業者さんが1人立っており、挨拶をしてくれるのだが、どことなく驚いた様な表情が見てとれる。

まあ当たり前である。

玄関のドアが開いたらいきなり瀕死のデブが立っていたのだ。

驚くなという方が無理がある。

一体このデブに何があったのか気になって仕方がないだろう。

実際は寝てないだけなのだが。


早速部屋の中に入ってもらい、エアコンと給湯器の交換に取り掛かってもらう。

聞くところによると、かかる時間は2時間半。

2時間半、、、

まあ妥当な時間なのだが、果たして今の状態で耐えれるかどうか。

そんなこんなでまずはエアコンの交換から。

僕の部屋は六畳一間のアパートなので、とにかくスペースがない。

当然エアコンの下にも洋服の大きな棚が置いてあり、それは事前に移動させておいた。

しかしそれだけではまだ交換の作業のためのスペースが足りていない。

さらに横に置いているマットレス型の布団を移動させないといけないのだ。

ちなみに簡単な図で示すとこうなる。


        エアコン

【          布団   】


スペースを作るにはこの布団を半分に折り畳む必要があるのだが、この布団、折り畳み式じゃないマットレスなのだ。

何というか、畳もうとした時の弾力が凄いのだ。

とはいえ、早く作業に取り掛かってもらいたいので、僕は何とか力ずくで折り畳もうとする。

しかし弾力が凄い。

まるでグミである。

グミを折り畳んでいる様だ。

僕は覆い被さる様に体ごと畳みにかかった。

するとその瞬間ふいに眠気が襲ってくる。

ああ、このままマットレスを折り畳んだまま寝てしまいたい。

ああ、、、

と、一瞬意識を失いかけたが、何とか我に戻る。

気付くと部屋の中には何とも言えない微妙な空気が漂っていた。

デブがマットレスを折り畳もうとして、そのまま眠りに入りかけたのだ。

業者さんからすれば一体このデブの方は何をやってるのだ?と思うだろう。

結局、マットレスは少し角度をずらして、何とかそのまま置いたまま作業してくれる事になった。


エアコンの交換が始まり、まずは今取り付けられている古いエアコンを外す作業である。

僕はそれをボーっと眺めていたのだが、ふとある衝動に駆られた。


座りたい、、、!!!


そう。

立ったままだったのである。

悲しいかな六畳一間のアパートにはイスという概念が無いのだ。

いつもは地べたに座っているのだが、棚を移動したりマットレスの角度を変えたりして、スペースがほとんど無い。

だから座る場所が無く、立ったままになってしまっていたのだ。

しかしこのまま2時間半耐えれるわけがない。

ただでさえ眠いのである。

僕は必死に座れる場所を探した。

作業の邪魔にならず、落ち着ける場所。

そうして見つけ出したのが、ここである。


           エアコン
柱【 に       布団   】  業者



柱を背にして布団の端の方に座るのだ。

エアコン交換中でしかも窓を開けているため部屋の中がかなり寒いのだが、この場所だと柱にもたれながら毛布にくるまり、敷きパッドの温かみを感じる事も出来る。

まさにベストポジションである。

まあ問題があるとすれば

絵がかなり奇妙な事ぐらいだろうか。

作業をする業者のおじさんのすぐ足元で毛布にくるまる太ったおじさん。

一体これはどういう光景なのか。

しかも柱にもたれかかりグッタリしている。

その姿はまるであしたのジョーの最終回の様である。

もしこれを画家の人が見たら、あまりの珍しさにデッサンを始めるのではないだろうか。

タイトルは「業者と燃え尽きた男」

何かありそうっちゃありそうなタイトルである。


そんな奇妙な配置になりながらも、作業は順調に進んでいる様だった。

カンカンカンと音が鳴っている。

僕は毛布にくるまりウトウトしながら、ふと窓の外を見た。

!?

人がいるのだ。

窓の外に人がいるのだ。

しかし、ここは2階である。

本来人がいるはずがない。

いるはずがないんだ!

という事はこの人は、生きてる人間では、、、


と、稲川怪談のよくあるパターンに入りかけたが、実際窓の外にいたのはなんて事はないもう1人の業者の方である。

エアコン交換の際に部屋の外側からの作業も必要になるようなのだ。

よく見えないがハシゴで登ってきているのだろうか。

大変な作業である。

本当お疲れ様です。

毛布にくるまっててすいません。

そう思いながら眺めていると、ふとその外で作業してる方と目が合った。

その瞬間、その人はギョッとした表情を浮かべ

「う、うお、お、お疲れ様です!!!」と驚きながら挨拶してくれた。

その人が驚くのも無理はない。

本来いるはずのない場所に巨大なおじさんが毛布にくるまり柱にもたれかかり燃え尽きていたのだ。

図に表すとこうなる。


          業者
         ー窓ー
            エアコン
柱【 に       布団   】  業者


外の業者さんからすれば、いきなり死角から燃え尽きた男が目に入ってきたのである。

それは「う、うお!」ともなるだろう。

全てはイスが無い事が悪いのだ。

早急に座椅子の購入を検討したい。


こうして何やかんやで作業は順調に進み、エアコンの交換が終わり、それから給湯器の交換も終わった。

僕は柱にもたれながら何とか眠りきらない様うとうとしながら、最後は真っ白な灰となっていた。

業者の方に礼を言い、アパートを後にするのを見届けてから、ようやく布団に入り、ちゃんとした眠りについた。

何というか稀に見るレベルの解放感だった。

そんなこんなで現在。

朝や夜は寒いので暖房をつけているのだが

これがもう、、、


超快適。


温まり方が全く違う。

さすが新品。

ていうかよくよく考えたら今までのエアコンがやばすぎた。

何か2、30年前から付いてそうなやつやったし。

これで今年の冬、そして来年の夏は大丈夫そうである。

今までと比べたらエアコン代の節約にもなりそう。

ありがとう業者さん。

ありがとう管理会社。

ありがとう横の人。

これでちょっとは東京おもしろくなりそうです。

というわけで。

それでは、また来週。



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