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新庄剛志と北海道日本ハムファイターズが仕掛ける4年目の「ジャイアント・キリング」

2024年12月は「球界のアンチテーゼ~新庄剛志と北海道日本ハムファイターズ「3年目の約束」~」にハマりまして、前編後編それぞれ10回は観ました。

このドキュメンタリーが面白かったのは、チームの成長ステージをどのように新庄監督と北海道日本ハムファイターズというチームが辿ったのかとてもわかりやすくまとまっていたからだと思います。

紹介したチームの成長ステージは、下記の本でも分かりやすく説明されていますので、読んだことがない人はぜひ。この表紙を観ると、新庄監督は「ジャイアント・キリング」に登場する「イースト・トーキョー・ユナイテッド(ETU)」の監督でもある達海猛に雰囲気がどこか似てるような。

今回のnoteでは「球界のアンチテーゼ」のレビューと、北海道日本ハムファイターズのチームビルディングについて、僕なりの感想を書きつつ、4年目の新庄監督がどんなことを考え、何をしようとしているのか読み解いてみます。なお無料部分だけでも4,000字以上あるので、十分読み応えあると思います。

フォーミング(同調期)の1年目

新庄監督が就任した経緯については、岩本チーム統轄副本部長兼国際グループ長が吉村統括本部長「新庄剛志が監督をして、チームを優勝に導く姿を観てみたくはないか」という発言を紹介していました。吉村さんが新庄監督を招聘したエピソードについては「アンビシャス」という本でも語られています。

新庄監督が選手時代にどうチームを変えたのかを知る人物たちにとっては新庄監督の招聘は当然のことだったのかもしれませんが、多くの人にとっては驚きをもって受け止められました。

この時期の北海道日本ハムファイターズは、チームの成長ステージに例えると「フォーミング(同調期)」。監督が何をするのかわからないし、コーチも選手も指示を待ち言われたとおりに行動する。ファンは不安でいっぱい。チーム内外ともに様子見の状況だったと思います。そこに揺さぶりをかけるように、新庄監督は様々な仕掛けを実行します。

トライアウトで選手を見極める

新庄監督が就任直後の発言で注目を集めたのが「1年目は優勝を目指さない」「トライアウト」という言葉です。これは当時は「プロのチームが優勝を目指さないなんて」とネガティブに受け止められました。

ただ、これは新庄監督なりの計算だったのかもしれません。前年最下位のチームで、シーズンを戦ったことがある選手は野手だと近藤健介1人。優勝するには選手の力が足りていないのは明らかでした。

そこで、「トライアウト」。過去の実績とか関係なく、今の実力で判断し、2000年生まれで3〜4年後に25歳前後になる選手を中心に出場機会を与え、様々な戦い方を経験させ、実戦で失敗させながら、学び、成長させていくというプランが、新庄監督の頭の中にはあったのだと思います。

チーム内外に「何をしてくるか分からない」と思わせる

さらにチームに揺さぶりをかけるように、新庄監督が取り組んだのが「他のチームがやらない戦術」です。ランナー3塁でのエンドラン、ランナー2・3塁でバントを仕掛けて2点を奪いにいく「ツーランスクイズ」、タイミングを遅らせてスタートを切る「ディレードスチール」、そして開幕投手はプロ1年目でドラフト8位の北山亘基。他のチームがやらないことをどんどん仕掛け、チーム内外に揺さぶりをかけました。

当然最初は選手はやったことがない戦術を仕掛けるので、上手くいきません。なぜ、こんな戦術を仕掛けるのか、なぜこんな起用をするのか、コーチや選手やファンの中には疑問や不満が生まれていきます。

ただ、これは今思うと新庄監督なりの様子見を揺さぶる仕掛けだったのだと思います。野球とは「ここでこうする」という型があったうえで、その型通りではない方法を駆使して、あらゆる手を使って1点を奪いにいくのも野球。それが自分がやりたい野球である。そのことを新庄監督は実戦で失敗しながらチーム内外に浸透させていくための布石だったのだと思います。

これによって、北海道日本ハムファイターズは、新庄監督は、「何をしてくるか分からない」とチーム内外に思わせることに成功しました。チーム内は徹底した準備を、対戦相手には警戒心による迷いを与えることになりました。

距離を絶妙に保つInstagramのDM

なお、新庄監督は選手へのメッセージを伝えるツールとしてInstagramのDMを活用しました。これは新庄監督と選手の距離を保つのに効果があったと思います。

新庄監督がDMで伝えるのは「指示」ではなく「お題」です。「こうしろ」ではなく「こうしてみるとよいのでは?」だったり、「愉しんでいこう」という言葉だったり。この言葉をどう解釈し、どう行動するかは選手それぞれだとするなら、ちょうどよい「お題」の提示ツールとして機能していたのではと想像します。

また、DMというのが、距離を保つのにはちょうどよかったのだと思います。親しすぎず、遠すぎず。選手にとって絶妙な距離感を保つ効果があったのだと思います。

時間がかかることを選手やコーチには示さず、責任者とは握る

ただ、このようなチームビルディングは時間がかかります。新庄監督は1年契約と発言しつつ、たぶん裏では吉村さんと長期的にチームビルディングする戦略を共有していたのだと思います。選手もコーチも最初から「これは時間がかかるものだから」と思っていると、なかなか進むものも進まないので、長期プロジェクトであることを知っていたのは、一部のメンバーだけだったのかもしれません。事業部が理解しているので、現場は思い切った手が打てたというわけです。

なお、ジャイアントキリングの中で達海はゼネラルマネージャーにこんな質問を投げかけています。

「俺、解任まであと何連敗できる?」

ジャイアント・キリング第4巻より

ストーミング(混沌期)の2年目

2年目のシーズンは「ストーミング(混沌期)」と呼ぶのに相応しい期間だったと思います。

上手くいかないチームを象徴する「2度のスクイズ失敗」

1年目でチームがどんな野球をやるのか、監督がどんなことを考えているのか、コーチも選手もファンも少しずつ分かりかけてきましたが、それで勝てるほどプロ野球は甘くありません。

選手もまだまだ実力が不足しており、新庄監督が実践したい戦術ができるときもあるし、出来ないときもある。それが露わになったのが、2度のスクイズ失敗を喫した千葉ロッテ戦でした。この試合で新庄監督は9回ノーアウト2、3塁の場面で2度スクイズのサインを出し、2連続で失敗。チャンスを逸し、チームはこの試合の後に13連敗を記録します。

こうしたミスをすると、監督も人の子なので気にするもの。新庄監督は積極的にサインを出さなくなってしまいます。まだまだチームとしてパフォーマンスに波があり、いいときはいいけど、悪いときは悪い。そんなチームの状況を象徴する出来事だったと思います。

「許されないミス」をきっかけに自分の考えをすり合わせる

「球界のアンチテーゼ」を観ていると、ストーミングの状況は3年目の途中まで続いたように感じました。抜け出すきっかけとして「球界のアンチテーゼ」で紹介されていたのは、楽天戦で清宮がアウトカウントを間違えて走塁ミスをした場面です。

北海道日本ハムファイターズの林ヘッドコーチは「このようなミスをしたら、即刻交代で二軍行き」。そういうルールでやっていると思っていたのですが、新庄監督に伝えると「次の打席がみたい」。交代せずに出場し続けた清宮は失敗を挽回し3安打。チームの勝利に貢献しました。

ただ、林ヘッドコーチとしては「許されないミスは許されないのでは」という思いがありました。翌日のコーチミーティングで林ヘッドコーチは自らの考えをぶつけます。他のコーチからもこの出来事に関する意見が出て、これまで会話出来ていなかかったことが会話できて、コミュニケーションの質がより深まるきっかけとなりました。相互理解が進んだというわけです。

たぶん、この出来事以外にも大なり小なり同じような出来事があったのだと思います。チームとしてどうするべきか、様々な場面ですり合わせが進んでいたからこそのコーチミーティングだったのだと思います。このコーチミーティングだけではありませんが、コーチたちも監督頼みではなく、少しずつ自分たちがどうするべきなのか、発言したり、意見を取り入れたり、といったことが出来てきたのではないかと思います。トライアウトで、試行錯誤を続けていたのはコーチも同じ。徐々に選手だけでなく、コーチも含めてすり合わせが進んでいき、人が集まった集団のようだったのが、チームになっていきます。

ノーミング(調和期)に入りかけた3年目

そして、3年目。少しずつ成功体験が共有され、「自分たちはこうやって勝つチーム」というのが当たり前になり、勝つために何をしなければならないのか、どうやったら勝てるのか、チーム全体で表現できるようになります。

「僕はやると思いました」と語った2者連続スクイズ

他のチームではやらない戦術も当たり前になり、1年前に失敗した2者連続スクイズも成功。しかも相手は前回失敗した千葉ロッテ。こうした成功体験がチーム内で共有されていきます。

印象的だったのは、チームのリーダー格の松本剛がこの場面を振り返って「僕はやると思いました」と発言していたことです。余談ですが、松本剛は最近「将来はファイターズの監督になりたい」と発言していましたが、たぶん新庄監督を横で見ていて、何か感じるものがあったのではないかと想像しています。

新庄監督も「1年目にいろいろ仕掛けておいて、3年目には当たり前のように実行できるチームを作りたかった」と語っていましたが、もう選手は新庄監督が様々な策を仕掛けてきても、驚かず、実行して成功できるところまで成長しました。

野手では松本、清宮、万波、水野、田宮、水谷、郡司、五十幡、投手では伊藤、金村、北山、池田、生田目、田中、河野、柳川、福島…次々と選手が成長し活躍する。選手の魅力と、チームの魅力が合わさり、とても面白いチームができつつあります。

ただ、3年かけて作り上げたチームでも、ソフトバンクホークスには勝てず3連敗。新庄監督は「球界のアンチテーゼ」内で「3年、いや4年かけて…」という発言をしてましたが、頭のいい人なので、3年では間に合わないと思ったのかもしれません。4年目も続投し、物語には続きが設けられることになりました。

勝負の4年目に新庄監督が提示している「お題」を読み解く

勝負の4年目。今年は「優勝しか目指さない」「目標は日本シリーズ進出」というシーズンになります。そして、新庄監督は既に2025年シーズンの「お題」をチーム内外に提示しています。

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