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スキという魔法

誰かが書いた文章に共感する、ということは素晴らしいことだと思う。共感される文章もすごいし、共感する人もすごい。私は、「どうして、なんであえて書くのか」なんてところから考えるから、noteという場所で、文章が共有され、スキが循環している様子を見るとそれだけで「奇跡だ!」と感動してしまう。

個人を超えて、他の誰かにも伝わるもの。小さいけれど、普遍的な何かがやり取りされている。

よく言われるけど、普遍的なものの例が数学だ

1+1=2は自然な数の数え方を認める人ならば、それは正解だと言わなくてはならない。「数え方を認めるならば」というところがミソで、それを認めたら「1+1+1=3」になることも、その後に続く大きな数も認めなくてはならない。数という仕組みが、論理でできているからである。論理とは、前提を認めたら、前提から引き出されるものは正しいと言わなくてはならないからだ。

面白いのは、論理の前提を認めることは論理ではないことである。1+1=2であることの前提を私はよく知らない。数学の先生なら知っているかもしれない。けれど知らないうちに、こういうものだと飲み込んでしまっている。

だから、私は「1+1=2」が正しい理由を、論理的に説明できない。小学校の先生に教えられたから、とか、「だってそうじゃん」とか、言ってしまいそうである。

でも私は、これって結構すごいことなんじゃないかと思う。

理屈じゃなく、納得できる不思議。

あたりを見回してみれば、私たちは日常の全てを論理で判断しているわけではない。また、論理的に説明されていないからと言って相手の気持ちを否定する事はない。論理に頼らずとも、「うれしい」という気持ちは伝わる。スキ、という気持ちも「どうして? 」と言われるとうまく説明できない。でも好きなのは好きなのだから、仕方がない。

まるで魔法のように理屈でない、なのに伝わる。

それゆえに、自分の勝手な感情が知らず知らず人を傷つけたり、自分の思っているところではない方向に飛んでしまう。そういう悪い面もあるけれど、少なくとも「スキ」という事は肯定できる。

普遍の新しいあり方、もしくはもっと柔らかいあり方があってもいいのではないか。それは共感による普遍である。

「わかっている人」が、頑張って論理を駆使し「わかっていない人」に説明する。そうやって学問の世界では普遍的なものが建設されてきた。

しかし、私たちには理屈もなく、なんとなく「わかる」こともできる。その時、人と人をつないでいるものは、精密な論理というより、曖昧な共感だ。

共感するのに理由はいらない。探せば後から理由を作れるかもしれないが、最初は理由もない感動だろう。そして、論理的な理解と最も違うのが、受け取る側の人の立場だ。

共感する人々は、生き生きとしている。違いに溢れている。

論理は、その前提を受け入れない人と受け入れられる人を分断してしまう。「わかっていない人」と「わかっている人」に分けてしまう。しかし、共感は受け取る側が共感したあり方でいかようにも解釈される。

一つの映画を見て、いろいろな人が共感する。しかし、その解釈は様々であってよい。同じ「スキ」でも意味が違う。嫌いという感想も当然あっていい。

論理によって人は分断される事はあっても、共感によって人が分断される事はないのではないか。少なくとも、悪意を引き起こしたりする事はあっても、その隣には「スキ」と言ってくれる人もいるだろう。共感の仕方は多様である。だから、共感によって作られるコミュニティや集団は多様性がある。自分とは違う共感を持つ仲間に対して、寛容だ。

また、能動的なものが共感の始まりにはある。「スキ」という人はあえてそう言っている。わざわざ自分から共感したいと思ってくれている。「嫌い」とがっかりするのも、初めは期待していたからだ。

論理は前提を飲み込んだら否応なしだが、共感は受け取った人の主体に任されている。私が、この文章についての受け取り方を指定する事はできない。読んだあなたが「スキ」かどうかを決める。それを選択する自由がある。書いた人には、読んだ人の自由を受け入れる責任がある。だからこそ、共感とは尊いものである。どちらも、わざわざ書いて、わざわざ読んでいるのである。確かな保証もないのに、信頼のもとに一つの文章と一人の出会いがあり「スキ」が生まれる。

「スキ」ですか? と自分から聞く事はできないけど、noteにわざわざ書いているのは「スキ」を貰いたいからだ。noteをわざわざ読んでいるのは「スキ」なものに出会いたいからだ。それが毎日、当たり前のような顔をしてnoteという場所で「スキ」が循環していると私は「なんて事だろう」と感動してしまう。

だから「スキ」をもらうと、つい嬉しくて猫語になってしまう。


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