2018年12月福島、帰還困難区域を丸腰で歩く
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帰還困難区域。
年間積算線量が20mSvを下回らないおそれのある地域(2012年3月時点での推定年間積算線量が50mSv超の地域)。立ち入り制限があり、道路等はバリケードで封鎖され、通行証が必要。一部主要幹線道路では通行証の確認が不要で通行可能だが、境界となる場所には警備員が立つ。車での入域が基本とされており、バイクや自転車、徒歩での入域は認められない。車で通行する際も、エアコンは室内循環に設定しなければならない。そして防護服やマスクといった防護措置が必要とされる(公益目的(工事、除染等)での入域の場合、自ら用意しなければならない)。
僕は、過去2回、帰還困難区域に入っている。2017年11月は、双葉からの避難者の一時帰宅に同行する形で入域した。
その時は通行証がチェックされ、スクリーニング場で防護服の支給を受けて入域した。出るときも、靴の裏と車のタイヤはサーベイメーターでチェックした上で出てきた。
2018年10月は、予想もしない場所で帰還困難区域のゲート(全開)が現れ、その脇で自宅の片付けをしていた住民(一時帰宅)の方に聞いたところ、「みんな普通に通ってるよ」というので、マスクだけをして、ほぼ丸腰で入域した。
感度の悪いエアーカウンターSでさえ2μSv/hを超え、どこまで上がるのかと恐怖しながら、県道253号線の帰還困難区域区間、約1.4kmを歩いた。
今考えてみれば、あの場所は国道6号や114号のように、本来車での通行だけが許された場所だったのだと思う。住民の方が言う「みんな通ってるよ」は、頭に「車で」がつくのだろう。しかしゲートは全開で、警備員も立っていない。駅から2km近く離れた場所だが、おそらくあんな場所を徒歩で歩く人は想定していないのではないか。
パトロールの人がくれば直接確認してみたい。そんな思いもありつつ、ひょっとして違法かも、と思いながら、10月とは逆方向から、前回同様マスクだけをして、帰還困難区域に入域した。
ゲート前では、真っ先に英文での案内看板が出てくる。前回も見たが、本当に違和感のある光景だ。
報道では「外国人観光客のため」というが、そんなダークツーリズムを国(この看板を設置したのは国)が推奨してるとは聞いたことがない。一時Netflixで福島が出てくるダークツーリズム的番組が話題になったが、ツイッターを中心に見事に炎上した。
僕は、ICRPやUNSCEAR、WHOといった原発推進の国際機関が、福島を舞台に調査を行なっていると考えている。福島県民をモルモットにして、低線量被曝の影響を調査していると考えている。
車が通るたびに視線が気になる。
帰還困難区域に入ってすぐ、空は晴れてきた。日差しがあっても寒いのは変わらないが、やはり気持ちが違う。
青空に鉄塔が映える。きれいだ。帰還困難区域だが。
(当たり前だが空間線量は一気に上がる)
このあたりでパトロールの車が後ろからきて僕を追い越していった。車を減速し、訝しげにこちらを覗き込む。僕はただ頭を下げた。やがてそのパトロール車は走り去っていった。
以前も書いた通り、帰還困難区域通過中にガイガーフクシマが一瞬4マイクロを超え、数値が点滅して2.52μSv/hが出た。急激に数値が上がったために機械が自動で補正したようだ。
思わず「おおっ」と声を出して息を呑む。
前回エアーカウンターSで2.06μSv/h出ているので、この数値は予測してはいたが、やはり驚いてしまう。
美しい空。前回セイタカアワダチソウに覆われていた場所が綺麗に整地されている。まさかここで農業を再開するわけじゃないだろう。少し歩くと、整地されていた理由が判明した。
(この看板も見慣れてしまった)
(これは…)
写真が逆さまだけど2.18μSv/h。
しかし昨日富岡で避難指示解除されたエリアで3μSv/hを超えてるので、驚かない。避難指示解除の基準なんていい加減なもの。土地を鉛の壁で隔てるわけじゃないのだから。
この手前で正面からもう1台パトロール車がやってきた。
減速し、窓を開けて「駅から歩いてきたの?」と聞いてきた。「はい」と返事した後、ここは人が歩いていいのか聞こうと思ったら「この先もっと歩くとそこから先は行けないからね」と言われる。「10月にも来たので知ってます。ところで…」と言いかけたところでそのパトロール車は行ってしまった。
本来は、冒頭に書いたように、帰還困難区域は丸腰で歩いてはいけないことになっている。しかし現実は、双葉町役場の職員が海外からの来客を丸腰で(マスクもつけず)町中を案内したりしているし、中には「帰還困難区域でも防護服もマスクもなしで歩けます!」と安全アピールに利用する人物もいる。結構いい加減なのかもしれない。
(いい色の柿だ)
ここまで来て、さっきの四角い物体の正体がわかる。整地されてたのもそのため。ここには太陽光パネルが並ぶのだ。
奥に見える家は、このあたりで農業を営んでいたはず。全ては太陽光パネルに変わってしまった。
「元気なふるさと」
「自立するふるさと」
(空が青ければ青いほどこの看板の異様さが際立つ)
帰還困難区域で入れない道の先の家の上に赤いリボン(高線量地帯)がはためく。
自然は美しい。しかしどこも悲しさを纏う。
放置されたフレコンバッグ。放射性廃棄物は管理されてるというが、実態はこの有様だ。
中通りでも、普通の一軒家の軒先に、除染で出た放射性廃棄物を詰めたフレコンバッグが積まれていたりする。
非日常が日常になってしまう異常さは、中通りでも見ることができる。
そうこうするうちに、1.4kmに渡る帰還困難区域を出た。
ここもまずは英語の看板。今や日本は広大な人体実験場だ。
<続く>
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