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掌に眠る舞台
ガラスの動物園との出会い
大型書店は、知的好奇心が膨らむから好きだ。
古今東西いろんな智が集結していて、自分が一生かけても手に入れられない知恵や物語で溢れている。
八重洲ブックセンターの本店が閉まってしまう前に、一度行ってみたくてまだ寒さの残る春に足を運んだ。
当時、書店に行くたびに目に入って気になっている本があった。
読んだことがない作家の小説のため、まだ買う勇気が出なかった。
小川洋子さんの『掌に眠る舞台』
https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-771808-9
舞台にまつわる短編集とのこと。演劇が好きなのでどんな物語なのか気になっていた。
そして本の装丁も気になっていた理由の一つ。
額縁におさめられた少女の瞳には何が映っているのだろう。
八重洲ブックセンターを堪能して帰ろうかと思った時に、『掌に眠る舞台』が目に入った。
しかも店頭ではそれが最後の一冊。
今買わずしていつ買うんだと思い、勇気が出なかったのが嘘かのように瞬間的にレジへ向かった。
読了後、特に「ユニコーンを握らせる」が印象に残った。
「ユニコーンを握らせる」は、大学受験時の五日間を、昔女優だったという遠縁の「ローラ伯母さん」のもとで過ごす女子高校生の話。
伯母さんの家では、テネシー・ウィリアムズの『ガラスの動物園』のローラの台詞の一行が、どの食器にも小さな文字で記してある。
紅茶を飲みほしたカップの底に文字が現れると、伯母さんは突如その台詞を語る。それまでとは打って変わった張りのある声で「一人もこないわよ、母さん」。
作中にテネシー・ウィリアムズの『ガラスの動物園』という戯曲が登場する。名作のようだが知らなかった。
ローラ伯母さんが、もう来ないはずの誰かを待ち続ける姿が心に引っかかった。
季節が変わって夏の暑さが少しだけ恋しい6月
好きな大型書店のうちの一つ、新宿の紀伊國屋書店に行った時のこと。
紀伊國屋ホールで上演される演目のポスターが掲載されているところがあり、いつもみたくなんとなく目をやると、『ガラスの動物園』の文字が。
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別役実が後日譚として書いた『消えなさいローラ』も同時上演とのこと。
11月に上演されるということで、観に行くことを心に決める。
せっかく観るなら舞台が近い席がいいと思い、平日の空いていそうなステージのチケットを予約。
端の方だが、2列目の席から観劇することが叶った。
昼過ぎまでに仕事を片付けて、紀伊國屋書店へ向かう。
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いつもは本が目的だが、この日は舞台が本命。
幕が上がる。
※以下、盛大にネタバレ
備忘録のようなものなので、細切れの感想の寄せ集め
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『ガラスの動物園』
過去の思い出の中に生きる母親
コンプレックスから逃げているローラ
自由になりたいトム
苦しい状況を救ってくれる存在を待ち続ける3人
舞台装置は、中央に大きなダイニングテーブルのある居間と、外に通じる扉でゾーニングされている。
照明が、役者の顔に時々あたっていなくてまばらなのか?と思ったが、よくよく見ると窓枠があるように見える(勘違いだったら恥ずかしい)
舞台と、客席とをしっかり区切る意図なのか、孤立した部屋という印象。
客席は外から眺めている鑑賞者であるという線引きを感じる。
トムの不自由に対する悔しさに感情が揺さぶられる。
母と喧嘩した夜、帰ってきて本音を吐露する夜更けのシーンが印象的。
「釘付けにされた棺桶の中から、釘一本抜かずに出ることなんてできるんだろうか」
「スクリーンの中でいろんな人生を送っている 色めいている人を暗い部屋の中から見るだけなんて」
「他人の夢なんてなにがいいんだ」
娘のローラに口うるさく言ったり、息子のトムに対して我儘な言動をしたり、憎らしい母。
「お月様が見える。まるで銀の靴みたい」と言って、子供達の幸せを祈る母の姿を見るとやはり憎めない。
苦しい状況を救ってくれる存在、概念のようなジムが来てから束の間の明るいシーン。
訳あって電気代が支払われず、電気が消えて蝋燭に照らされる部屋。
物語が進むにつれて蝋燭が溶けていき、時間の経過を目の当たりにする観客。
ローラの大切なガラスの動物園
特にお気に入りは、存在しない生き物で他の動物とは違うユニコーン
ローラとジムはワルツに夢中になって、ユニコーンを蹴り飛ばしてしまう
ユニコーンのツノが折れて謝るジム
他の馬と同じように過ごすことができて幸せよとローラ
まるで自分とユニコーンを重ねているかのよう
だがローラはツノの折れたユニコーンにはなれなかった
口づけをして、現実に戻される皮肉がなんとも言えない
待ち続けた救いは消え、崩壊する家庭
月に行ってしまえ、と母
月より遠くに行きます、と息子
月よりも遠い、物理より遠い時間に消えたトム
トムは語り部の時、黒い外套に赤いマフラー、黒いハットでまるでマグリットの絵のようだった
『消えなさい、ローラ』
水槽の砂に埋まっているガラスの動物たち
馬、赤い薔薇、マジックの布、地球儀 など
上から砂が降っている 長い時間の経過を感じる
ローラが母と二重人格なのかと思った。ジムが毒入りのワインを送ったのかと思わせたり。
ミスリードが複数あって、推理要素もあって合間に挟まれるネタが小気味良い。
最後 大切な思い出のワインを飲まされた母への恨み ローラへの嫉妬 演じられないけど想像して苦しい。
待つということは何もしないこと
トムが死んだことがわかる 待つ必要がないのですよと葬儀屋
空中を舞うブルーローズ
蝋燭の火を消す 命が消えるような 口づけをするような
閉幕
舞台ならではの演出や演技がふんだんにあって、ああ、自分はこういった舞台が好きなんだと自覚することができた。
観終わって数ヶ月経った今でも、あの時舞台を観て感じた心の震えが蘇る。
観劇後、もう一度「ユニコーンを握らせる」を読み返す。
きっと語り部の女子高生は、ローラ伯母さんにとってのジムだったんだろうなと思う。
両の掌で本を握る。