経験と物語が支える魅力(2) [2020.7.28]
21. 魅力を語るナラティブ・ストーリー (p138-149)
22. 自らの存在を確認する (p150-158)
前回に引き続き、第4章 経験と物語が支える魅力 から、ナラティブ、ブランド・ロイヤリティ、コミュニティ文化と人工物 などについて学んでいきます。
魅力を語るナラティブ・ストーリー
ナラティブ(物語)の描く世界
138ページから、人工物の魅力とは何かを考える調査(荷方,2011)が紹介されています。大学生に「自分の持ち物について、気に入ってる理由をできる限り詳しく説明してもらう。」という調査です。
みなさんなら、どの持ち物を選びどんな理由を説明するでしょうか?
書かれているエピソードを読むとモノの魅力の多くが、美しさや価格、機能といった実質的な価値ではなく、ノーマンが言う「内省的な」価値、思い出など体験による感情や思考によって生み出された価値であることがわかります。
ここで語られているのは、自分の持ち物と言う人工物との思い出やエピソードについて紡ぎ出された「物語」です。経験価値を考えるとき、その経験の質的な世界は、このように様々なエピソードで語ることができるようです。
この物語をナラティブ(narrative)といい、近年の心理学はこの概念が人間の中で非常に大きな意味や位置を持っていると考えるようになりました。
(心を動かすデザインの秘密 p142)
[参考]ナラティブ・アプローチ(臨床心理学)
ナラティブの魅力
144ページからは ナラティブの魅力 として 関与 と「用意された物語」としてのブランド・ロイヤルティ があげられています。
関与
ある人工物に対する関心や重要さの認識、そして対象となる人工物にどれだけ深く・長い時間関わってたかという心の働き全体を関与と呼びます。
(心を動かすデザインの秘密 p144)
関与については、広告や消費者行動の分野で多くの研究、実践が行われています。
[参考]関与(マーケティング,消費者行動)
「用意された物語」としてのブランド・ロイヤルティ
みなさんが「ブランド」と聞いて思い浮かぶものは何でしょう? 美術大学ではブランドについての講義や演習もありますので、消費者としてだけではなく、デザイナー、クリエイターという作り手として「ブランド」というものに接している人もいると思います。ブランド論やブランドデザインについての詳しい内容は他の専門授業に譲るとして、ここでは経験価値やUXにおける「物語」と「ブランド」とのつながりを理解してもらえればと思います。
146ページの 図4-03 ブランドのデザイン の写真には身の回りにある様々な商品が写っています。みなさんの自宅や身の回りを見渡してどんなブランドがあるか探してみてください。まずは、この講義ノートを読んでいるコンピューターやタブレット、スマートフォンのブランドは何でしょう? 日々の作品制作に使うスケッチブックや画材のブランドは? いま着ている服のブランド、食卓に並ぶ食べ物や調味料、食器のブランドなどなど、わたしたちは多くのブランドに囲まれて生活しているのがわかります。
●考えてみましょう
身の回りにあるものの中で、あなたが購入前から「このブランドにする」と決めていたものはどれでしょう? 購入の際に「ブランドを気にして」買ったものは何でしょう? 逆に「ブランドを気にせずに」買ったもの手に入れたものはなんでしょう?わざわざそのブランドを選んだのはなぜでしょう? それらと、気にしなかったブランドとの差(ちがい)はありますか?それはどんな要素でしょうか?
ブランド・ロイヤルティ
特定のブランドについて信頼し好意を持って購入や利用を繰り返すことを「ブランド・ロイヤルティ」といいます。
高い品質だけではなく、信頼やイメージによってブランドの価値が認識され、それらは長い間かかって作られたナラティブ(物語)によって支えられているものです。
みなさんは、ネットでいわゆる「神対応」を称賛する投稿を目にしたことがあると思いますが(時々盛り上がりますね)、商品の品質の高さだけでなく、レベルの高い接客や、優れたユーザー・サポートなどが「物語」としてブランド価値を高めるということを示すよい例だと思います。(p147には、ロールスロイスやアップル、ジッポーなどの例が紹介されています。)
[参考図書]博報堂デザインのブランディング 思考のデザインとカタチのデザイン
ブランドに関する本はたくさんあるので、1冊だけ、永井一史先生(統合デザイン学科, HAKUHODO DESIGN)の著書を紹介しておきます。
自らの存在を確認する
アイデンティティと人工物
150〜153ページにかけて、心理学におけるアイデンティティの解説があります。アイデンティティーの表現のために様々な人工物が強く関わっているという点が重要なポイントです。
人によって求めるアイデンティティが異なるためその表現も様々です。例えば携帯電話のカスタマイズ(デコ電)をしたり、ネイルに凝ったり、お気に入りのブランド品を身に付けたり、ステータスとして高級なモノを購入したり逆に全身をファストファッションで揃えたり、あえてノーマルなコーディネートを選んだりなど。自分自身や周囲を眺めてみるといろいろな例が思い浮かぶのではないでしょうか?
このようにアイデンティティを周囲に発信する場合にモノ(人工物)を使って自分らしさを表現することがあります。同時に、生活の中でモノ(人工物)に記憶が付加されることは多く、様々なエピソードの記憶と人工物が結びつくことがわかります。思い出の品、記念品など、モノを見てそれに結びつくできごとを思い出すことはみなさんも数多く経験していると思いますし、そのようなモノは(思い出と共に)大切にされているのではないでしょうか。
コミュニティ文化と人工物
自分自身がどのようなコミュニティーに属しているかということも、アイデンティティーを示すものです(準拠集団)。様々なデジタルツールやメディア(これらも人工物です)は、このようなコミュニティーの形成や発展に大きく関わっています。自分自身もまた、そのコミュニティーに属することで様々な自己のアイデンティティーを表現することになります。twitter民、インスタ映えなどの表現も、ネットメディアの利用者のある種のアイデンティティやコミュニティ文化の特徴の一部を示していると思います。
p158で紹介されている「デザインド・リアリティ 集合的達成の心理学」では、プリクラ、コスプレ文化、ヤオイ・同人誌文化などを取り上げながら、社会、文化、コミュニティと人工物との関係性を深く考察しています。
●考えてみましょう
自分が帰属していると自覚しているコミュニティーにはどんなものがありますか?(ひとつではなく複数あると思います) そのコミュニティーは自分自身のアイデンティティとどのように関わっているでしょうか。
また、そこにはコミュニティーの文化として、モノの所有、ツール、言葉(ジャーゴンなど)の使い方など、どのようなもの(慣習・規範・ルールなど)があるでしょうか?
まとめ
経験と物語をキーワードに、ナラティブ、ブランド、アイデンティティと人工物、コミュニティーと人工物について学んできました。人工物のデザインをするにあたっては、その人工物が人々の生活や社会、コミュニティーにおいてどのような位置付けでどんな役割を果たすのか、また、どのように関係しているのかに思いを巡らせることも必要です。目の前のスマホ画面のUIを使いやすく美しくデザインすることはもちろんだいじですが、UXや経験価値のデザインが問われる時代には、人工物と社会やコミュニティーとの関係を考えるより広い視野が求められています。
次回(最終回)は、これまでのまとめとリフレクション(ふりかえり)となります。
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認知科学の本ではありませんが、将来UXデザインの仕事に就きたいひとに読んで欲しい本を紹介します。
「アフターデジタル2 UXと自由」, 藤井保文・著, 日経BP
デジタルが隅々まで浸透した「アフターデジタル」社会について書かれていて、キーワードは「UX」です。学部生には少し難しいかもしれませんが興味のある人は手に取ってみてください。最近出たばかりなのでまだ多摩美の図書館には入っていないようです。昨年出た「アフターデジタル」は蔵書がありました(7/26現在)。