感性と感情の認知科学[2021.6.1改訂]
教科書について
今回からは、教科書「心を動かすデザインの秘密 認知心理学から見る新しいデザイン学 」(荷方邦夫 著, 実務教育出版)から特に重要な項目を取り上げて学んでいきます。ガイダンスで説明した通り、美大の学生にもわかりやすく書かれていますので、一般の認知科学の専門書よりも理解しやすいと思います。授業でふれない部分は各自の興味に応じて読んでみてください。
本の構成
本全体の構成については、以下の目次と 図0-03 本書の概要図(p022)で把握することができます。概要をざっと見て構成を確認しておきましょう。授業回数が限られているのですべての章を取りあげることはしません。理論編で扱うのは主に第2,3,4章の内容です。
心を動かすデザインの秘密
目次
序 章 心ときめく日常生活の心理学
第1章 魅力あるもののフィールドウォッチング
第2章 感性と感情の認知科学
第3章 感じることはわかること
第4章 経験と物語が支える魅力
第5章 デザインの現場では何がなされているのか
第6章 魅力・感動デザインの光と影
第7章 実践から理論へ
最終章 デザインとデザイン学の向かう先へ
心を動かすデザインの秘密 図0-03 本書の概要図 (p022)
序章 心ときめく日常生活の心理学では、日常生活の中のモノ(人工物)・デザイン・人間の心について、そしてモノの魅力と認知心理学の関係について語られます。さらに、デザインとは何か?という議論(p024〜)があります。序章の最後には、行動経済学者ハーバート・サイモン(Herbert A. Simon)の以下の言葉が紹介されています。
行動経済学者ハーバート・サイモン(Herbert A. Simon)はデザインについて、「誰もが現場をより良いものに変えることを目指して、創意工夫すること」であるとしました。(心を動かすデザインの秘密 p030)
[参考]サイモンの著書「システムの科学」 第3版
「人工物の科学はいかに可能であるか」(下記サイトの内容紹介より)
第1章 魅力あるもののフィールドウォッチング は、人工物を観察するフィールドワークについて、そして魅力あるモノ(人工物)と人との関わりについて考察しています。石のオブジェや看板、万年筆、デコ電(スマホ)が事例として紹介されています。
第2章「感性と感情の認知科学」では、人間の認知プロセスを解説し、デザインや感情との関係について明らかにしています。
12. 人間の内側では何が起こっているか
意思決定 と 感性・感情
お気に入りのセーターを見つけ出すときの例が書いてあります(p050-51)。まず読んでみてください。
●考えてみましょう
みなさんならどのように「お気に入りの1枚」を見つけ出すでしょうか? 季節柄、セーターでは実感がわかないと思いますので、「Tシャツ」に置き換えて考えてみましょう。あなたがTシャツ1枚をお金を払って買うときの「選ぶ基準」は何でしょうか?「お気に入りの1枚」をどのようにして決めているのでしょう?
たとえばこのたくさんのTシャツの中から、どうやって1枚を選びますか?
ユニクロ UT:
https://www.uniqlo.com/jp/store/feature/uq/ut/top/
ZOZOTOWN Tシャツ/カットソー:
https://zozo.jp/category/tops/tshirt-cutsew/
(これはあくまでも考えるための例です。他の使い慣れているサイトでもかまいませんし、店舗での経験を思い出してもよいでしょう。)
>>>お気に入りの1枚を選ぶ あなたのTシャツを選ぶ基準 はなんですか?
さて、お気に入りの1枚は見つかったでしょうか? 多くの候補の中から1つを選び出す時の心の働きを「意志決定」といいます。
人間は、色やカタチ、柄、サイズ、イラストのテイスト、素材、価格、その他、とても多くの条件をいちどに検討して、自分にとっていちばん良い答え(お気に入りの1枚)を選ぶというとても複雑なことをごく短時間のうちに行なっています。意志決定にあたっては感性や感情も重要な役割を持っています。(p052-53)
意思決定にあたって、膨大な情報処理を行っているのは人間の脳です。人間の情報処理や認知のメカニズムについて解明していくのが認知心理学、認知科学という学問分野です。
認知科学の誕生
認知科学では人間をコンピューターのような情報処理システムであるとみなします。
コンピューターの中での入力と出力が、人間における刺激と反応の関係に対応するなら心の中身はコンピュータの中で働いている「プログラム」と言う情報処理に対応しています。コンピュータがそうなら、人間もきっと似たような働きをしている。この前提を採用することによって、人間の内部での働きを情報処理システム、あるいは「心のプログラム」として扱うようになったのです。(心を動かすデザインの秘密 p055)
認知科学は「モデル」を使って心の働きを解明しようとします。コンピューター上に、あるシミュレーション・モデルを作り、そのモデルの挙動を検証することによって人間の心の働きを把握しようというものです。以下の日本認知科学会の説明も読んでみてください。
認知科学とは - 中島秀之 -(日本認知科学会)
13. 人間の情報処理
知覚 と 注意
図2-01 人間の情報処理系とコンピューター (p058)を見てみましょう。右側はコンピューター、左側は人間を表しています。
コンピューターでは、マウスやキーボードから入力された情報がコンピューター本体のCPUで処理され、映像や音声で出力されます。
これを、情報処理系としての人間(脳と身体)と対応させると、目や耳などの感覚器を通じて入力された情報は、脳に伝わり情報として理解されます(「知覚」)。脳は多くの情報から特定の情報だけを選んでいます(「注意」)。
図2-30 図と地の反転 (p060) は「注意」を説明する例です。黒い模様と背景の白い部分のどちらに注意を向けるかによって、文字列が見えたり見えなかったりするのがわかります。美大で学ぶみなさんにはなじみのある例ではないでしょうか?
短期記憶 と 長期記憶
図2-01 の左側で、感覚系から入力された情報が保存されます(「記憶」)。 記憶には大きく分けて短期記憶と長期記憶があります。短期記憶はコンピューターでいうとメモリ、長期記憶はハードディスクに相当します。長期記憶に保存された情報が「知識」です。
p061-063に、短期記憶と長期記憶それぞれの特徴が解説されていますので、ふたつの記憶の違いを理解しましょう。
記憶に関する理論のうち、「忘却」(思い出せなくなること)は検索の失敗によるもの、検索の失敗の理由が他の情報との「干渉」によるものという点はとても興味深いです。忘却や干渉に関して、おじいちゃんの昔話やアイドルの顔を見分けられないなどの事例が紹介されていますが(p062)、何か自分の経験で思い当たることはあるでしょうか?。
記憶の話は、あとで扱う第3章 情報量のコントロールで、マジカルナンバー7±2、チャンク、リハーサル、情報の外化などにも関連してきますので、記憶の仕組みの概略を把握しておきましょう。
●考えてみましょう
短期記憶、長期記憶の概念を使って、日常生活の中の「ものを覚える」ことや「憶えている」こと、「思い出す」ことを説明してみましょう。
最近、「覚えようとしたこと」「憶えたこと」は何ですか。それはどのような経験でしたか?(どうやって覚えましたか)。また、思い出そうとしても「思い出せなかった」経験はありますか? それをあとで急に「思い出した」ことはないでしょうか?
それらは、短期記憶や長期記憶、忘却や干渉などの言葉(概念)を使うと、どのように説明できるでしょうか?
感情と認知
様々な研究から、人間の認知活動は感情に影響を受けることがわかっています。この点はコンピューターのロジカルなシステムとは大きく異なる点です。このような感情を伴う認知活動は「熱い認知」「温かい認知」と呼ばれています。(p064-065)
感情や感性を扱うことに長けた美大のみなさんにとって、感情と認知のこのような関係は、興味深いことではないでしょうか?
今回のまとめ
意思決定や知覚、情報処理のしくみ、記憶など人間の認知のしくみについて学んできました。理論編に入って専門用語が増えてきますが、用語の細かな定義にこだわるよりも概要をつかむようにするのがよいかと思います(何度も言いますが暗記する必要はありません)。
一見難しそうに感じる理論でも、認知科学で扱っているのは「人間」の認知の仕組みですから、自分自身の日常生活での思考や経験と照らし合わせてみると納得感が得られたり理解しやすいのではないかと思います。
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