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初めて出会った趣味と呼べるもの

 ずっと、趣味がないことがコンプレックスだった。

 自己紹介などの初対面の場で、挨拶の決まり文句のように趣味を聞かれる。その度に、いつも必死で”それらしい”ものを脳内から引っ張り出していた。新学期のクラスで自己紹介カードに趣味を書く欄があった時は、友人やクラスメイトの趣味を聞いてから書く。私にとって趣味を聞かれることは、いつも少しだけ苦痛だった。

 好きなアイドルや俳優、ドラマ、アニメ、漫画を熱心に語る友人のキラキラとした顔が眩しくて、羨ましかった。

 しかし、人生とは何が起こるか分からない。今の私は、週末のサッカー観戦を楽しみに生きている。

 週末は、応援するチームのユニフォームを着て電車に揺られ、スタジアムに向かう。スタジアムに着けば、スタグルと呼ばれるキッチンカーのお店で買うご飯を「美味い美味い」と頬張る。欲しいグッズとお財布を交互に見比べては頭を悩まし、「買い過ぎかな、でも今回だけ!」と毎週のように新商品を購入する。茶番劇ではない。こちらは、真剣だ。

 試合中は90分間立ちながら、選手に応援の気持ちを込めてチームの応援歌(チャント)を歌い、試合結果にも一喜一憂する。勝てば最高に嬉しいし、負けたら本当に悔しい。でも負けても、「次は絶対勝つ!」と心の中で闘志を燃やしながら次の試合を心待ちにしてしまう。

 あの頃の自分が、今の私を見たら、どんな反応をするだろうか。あの頃の自分に趣味を聞かれたら、今なら堂々と目を見て、「サッカー観戦」といえる気がする。

 「#ハマった沼を語らせて」の投稿コンテストが始まった記事を見て、真っ先に応援している”サッカーチーム”のことが浮かんだ。自己紹介で趣味を聞かれることが嫌いだったはずなのに、自分から書きたがっている変わり様。元々、「サッカーチームにハマって、サポーターになったこと」をいつか記事にしてみたいと思っていたこともあり、今回自分の推しである”横浜F・マリノス”(以下、マリノス)について書いてみたい。

 きっかけは、当時付き合っていた彼氏に誘われたことだった。恥ずかしながら、自分の出身地にサッカーチームがあることを、この時初めて知った。Jリーグのチーム名は1つも知らず、日本代表のサッカー選手も「本田、香川、三苫」しか分からない。それどころか、サッカーについて知っていることが、そもそも少なかった。「90分間を11人で戦うこと」「レッドカードが出たら、退場。イエローカードも2枚揃ったら、退場」の2つくらいの知識しかなかった。

 でも、二つ返事でOKした。単純に誘ってもらったことが嬉しかったから。ちょっとでも楽しめたら良いなと思った。彼も、元々別のチームのサポーターで、マリノスの観戦は初めてだと言っていた。初心者同士という部分も、丁度良かったのかもしれない。

 そして当日、まず人の量に圧倒された。新横浜駅に降り立つと、青いユニフォームに身を包んだ人で埋め尽くされた駅のフォーム。こんなに沢山サッカーの試合を見に来る人がいるのか、と驚いた。スポーツ観戦自体が初めての自分には、衝撃だった。

 スタジアムに着いてからも、終始活気に溢れていた。どのキッチンカーの前にも長蛇の列が出来ていたし、試合が始まってからも、マリノスサポーターの声量が大きくて、驚いたことを覚えている。

 この日一番魅了されたのは、マリノスの応援だ。実は試合前に彼が「マリノスのチャントを覚えていこう!」と提案してくれたおかげで、マリノスのサポーターが試合中に歌う応援歌をいくつか知った状態で、試合を見ることが出来た。部活の応援を思い出しながら、「歌いながら見るサッカーって、めっちゃ楽しい!」と試合そっちのけで歌っていた気がする。

 試合は、正直ボールが動いていることぐらいしか分かっていなかったように思う。けれど、最終的に試合にも勝ち、最高の一日を過ごした私は、「次は、あそこで見よう!」と彼にお願いした。ゴール裏だ。ゴール裏は、チームの応援に最も熱が入る場所。あそこで、ジャンプして手拍子して、大きな声で歌って、応援してみたいと思った。当時の自分には、選手と同じくらい、ゴール裏で応援しているサポーターがかっこよく見えて、憧れてしまった。

 それからは、よくスタジアムに行くようになった。選手も段々とわかるようになり、選手個人のものも含めると30種類を超えるチャントも全て覚えて歌えるようになった。ユニフォームも購入した。選手のナンバー入り。アウェイ遠征にも行くようになった。

 「わざわざ北海道に行かなくても、神奈川で試合見られるじゃん」と不思議そうに尋ねてくる母親に、「アウェイの方が不利なんだから、選手を後押ししに行きたいんだよ」と答えるくらいには、もうマリノスの沼に足を突っ込んでいた。でもまだこの時は、足までくらいだったように思う。

 もう一段深く、マリノスにハマった自覚のある試合がある。2024年4月24日に行われた、ACL準決勝第二戦-蔚山現代との試合だ。これは、国内で戦う試合とは別で、アジアの王者となるサッカーチームを決める為の大会の試合だった。既にこの試合の時点で、クラブ初の快挙となるベスト4入りを果たし、後2回勝てば優勝という大事な一戦。平日にもかかわらず、多くのサポーターがスタジアムに駆けつけていた。

 最初は、良かった。前半、13分と21分に続けて、マリノスがゴールネットを揺らす。「いけるいける」とマリノスサポーターのボルテージも上がる。31分にも追加点が入り、このまま押し切ろう!やってやろう!という空気がスタジアム全体を包んでいた。

 流れが変わったのは、前半39分。マリノス側の選手が一発レッドカードで退場した。

 大丈夫、大丈夫と落ち着こうとするマリノスが動揺している隙をついて、相手チームが36分、42分と前半の終盤にかけて一気にゴールを量産し、スコアを同点に戻してしまった。(第一戦の蔚山現代のHOME戦との合計点で決勝進出が決まるため、0-1で第一戦を終えたマリノスは、この時点で3-3(第一戦:0-1, 第二戦:3-2)というスコアになっていた。)

 押し込まれる展開が続く。本当に厳しく長い時間だった。相手選手がマリノス側のゴールに近づく度に、マリノスのサポーターは番犬の如く選手を威嚇した。1人退場した10対11の数的不利を、少しでも緩和できるなら何だって良い。相手のチャンスが来るたびに祈るように声を張っていた。それしかできないことが、もどかしかった。

 なんで、サッカーのサポーターはジャンプするのか。よく話題になるが、私はこの時、答えが分かった気がした。それ以上のことが出来ないからだ。応援しているチームの選手がどれだけ苦しい戦いを強いられても、サポーターとして試合中に出来ることは、本当に限られている。だから、それが選手の力になってもならなくても、なることを祈って声を出して飛び跳ねる。とにかく、必死だった。

 そして、この時は本当に声と祈りが届いているのではないかと思えるほど、幾度となく作り出された相手のチャンスを、ギリギリのところで回避し続けた。一度は相手のゴールを知らせる場内アナウンスが響きわたり、絶対絶命のピンチに見舞われた。しかし、そのゴールがビデオ判定で取り消される。退場者が出た後も後半最後まで両者無得点のまま試合を乗り切り、延長戦まで10名の選手で戦い抜いた。

 そして、PK戦にもつれ込む。人生初めて生で見るPK戦に、心臓が止まる思いだった。マリノス側の選手は5名ともゴールを決めて、決勝への切符を掴み取った。五人目のゴールが決まった瞬間、スタジアムが揺れた。比喩ではない。本当に揺れていた。

 この日、私は初めてスタンディングオベーションを見た。2階の奥の方に座っているサポーターまで総立ちして、鳴り止まない拍手。緊張の糸がぷつりときれたように、自分の頬にも涙が伝った。サッカーを見て、泣く日が来るとは思わなかった。選手の顔もサポーターの顔も、まだ鮮明に覚えている。選手が目に焼き付けるように、サポーターを見回す時の表情。マリノスの選手を誇らしげな表情で、一心に讃えるサポーターの顔。飛び交う選手への声援。一生この日を忘れないだろうなと思った。

 あの日の気持ちは、いまだに言葉で上手く言い表せない。喜び、安堵、賞賛、感謝。色々な気持ちが混ざる中で、「マリノスに出会えて、良かった」と何度も何度も強く思った。

 私はあの日を境に、両足どころか上半身までしっかり沼にハマり、温泉のように心地よく浸かっている。

 毎試合勝てるわけではないし、夏は暑くて冬は寒い。お金だって飛ぶ。でも、全部全部ひっくるめて、総じて楽しい。趣味があるってこんなに素敵なことなんだと思ったし、多分今マリノスについて書いている私の顔は、あの頃憧れた友人たちのように輝いていると思う。

 2025年2月15日、今年もまたシーズンが開幕した。サポーター歴3年目。これからもずっと、この沼にハマっていたい。


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