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映画とコーヒー「愛を耕すひと」

外に出ないことには何も始まらない。いつも通り家に引きこもってダラダラするだけで時間が過ぎることを恐れて、とりあえず映画を観に行った。今まで大きな映画館にしか行ったことがなかったので、今日は新しい体験を求めて小さい映画館に行ってみる。目当ての作品があるわけでもないので、とりあえず上映が近い作品を選んだ。「愛を耕すひと」マッツ・ミケルセン主演の映画。どうやらデンマークの史実を基にしているらしい。つい最近日本での上映が始まったばかりらしく、館内にはポスターやインタビュー記事の切り抜きなどがびっしり。どうやらこの映画館の推しらしい。それにしても、小さめの映画館は映画愛に満ちている。ニッチな作品も多く上映されている。見回すと、客の年齢層も高く、いかにも歴戦の映画好きといった面々だ。

映画が始まるまでには少し時間があったので、映画館近くの喫茶店で時間を潰すことにした。南米の雰囲気が漂うオシャレな喫茶店。海外のインテリアやポスター、看板が所狭しと配置され、カラフルに彩られた店内はどことなくヴィレヴァンを想起させる。コーヒーとクッキーで1000円もしたことはとりあえず忘れ、店内の雰囲気とコーヒーを楽しむ。周りはカップルや友達同士の客でとても賑やか。1人でいることが少し寂しく感じるが、それも喫茶店を楽しむ良いアクセント。孤独ではなく、孤高を装い、1人音楽を楽しむ。最近は、まるで中毒にでも陥ったかのように、ビートルズのサージェント・ペパーズを繰り返し聴いている。ドラッグを匂わせるサイケデリックな曲調は、カラフルで陽気な店内によく合った。

上映の時間が近づき、喫茶店を後にして映画館へ向かった。最初にチケットを買いに入った時はちょうど上映の真っ最中だったのか、人が少なかったが、この時は次の上映を心待ちにした映画好き達で館内が賑わっていた。先に年齢層が高めと書いたが、それにしてもおじいちゃんとおばあちゃんが多い。今まで行っていたような映画館では味わうことの出来なかった雰囲気。この未知の世界に足を踏み込んだような阻害感と居心地の悪さが、まだ観ぬ映画体験の始まりを告げるようでワクワクする。

時間が来て、気だるそうにしたバイトの男の子がチケットを切り始めた。それに合わせて列ができる。人数はそこまでいないが、待機所が狭く、入口が小さいのでなんだか窮屈だった。若者は私だけで高齢者ばかりということもあり、高齢者達はこの映画館を自分の家とまではいかないが、近所の公民館ぐらいには自由に振る舞う。定年を迎え、暇になった毎日をここで過ごしているのだろう。先にも書いたように、私はこのアウェイ感を楽しんでいるのでそれは構わないのだが、厄介ジジイの存在だけは鬱陶しい。チケットを確認するバイトくんに、ポイントがどうだのと言って絡んでくる。映画館側に不手際があったのなら仕方がないが、それにしても態度が悪い。「ちょっとこれどうなってるわけよ(笑)」といった苦笑いをしながら文句を言われるのは流石に堪える。相手の不手際に対して、厳しいというか、「向こうも忙しいのだろう」といった配慮が欠けているというか、あくまで自分優先といった態度。自己中心的な態度というのは全年齢にあるが、この雰囲気は高齢者特有な気がする。そういえば、自分の父もこのような態度を店員にみせていたりしたような気がする。なんだか少し悲しくなる。
学生証の確認を怠った緩めのチェックを抜け、劇場内に入る。想像以上にこぢんまりとしているが、スクリーンとスピーカーが近くにある感じがして、これはこれで楽しい。相変わらず周りのおばあちゃん達はおしゃべりをしたり、スマホを見たりとのびのびしている。

「愛を耕すひと」は元軍人の主人公ケーレンが、母国デンマークが抱える不毛の地を開拓するために、嫌味な貴族達と闘いながら試行錯誤を繰り返すというものだった。主人公ケーレン大尉を演じた、マッツ・ミケルセンの演技は圧巻だった。ケーレンはあまり多くを語らない寡黙なキャラクターだが、彼の表情には現れないが、胸の内を強く蠢く感情を目の演技で強烈に伝えてくる。遠く未来、潤った土地を見据えて現実を耐え忍ぶような、どこか物憂げな眼が、最後の最後になって目の前にある大切なものを見つめるようになった。
タイトルにある「愛を耕す」というのは、正に土地を耕していく中で、出会った人々と築いた現実の中にある。そこに気がついた時心が震えた。しかし、これはただ愛の大切さを語るような在り来りな作品ではない。むしろ、愛の持つ無慈悲な側面を強く描き出している。いろいろ語りたいが、これ以上は言葉にするのが難しいし、映画館に行ってほしいので書くことは避ける。とにかく、差別へ立ち向かう姿勢や、貴族制社会の残酷さなど、この作品が描くテーマは、「愛」という普遍性と開拓というストーリーによって単なる伝記映画の枠を超えて、現代に訴えかけてきた。

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