換気をすると健康になって、仕事がはかどる?
鶴見 隆太
日建設計総合研究所 研究員
換気量を増やすと健康になる
新型コロナウイルスの流行によって、いままで以上に“室内の空気の環境が人の健康に与える影響”への関心が高まっています。テレビなどのメディアでは、スーパーコンピューターを使った飛沫のシミュレーションの様子などが報道されています。
室内の空気の環境はIAQ(Indoor Air Quality)ともよばれ、以下のように人の健康に与える影響が指摘されていました。例えば、換気量が22 m3/(h・人)の場合は、44 m3/(h・人)の場合と比べて、「短期間の病欠」になるリスクは1.5倍とされています。
さらに、換気が影響を与えるのは健康だけではないことが指摘されています。ハーバード大学の研究では(出典1)、室内の二酸化炭素(CO2)や揮発性有機化合物(VOC)の濃度が低い良好なIAQのオフィスでは、ワーカーの知的生産性が有意に向上するという結果を公表しています。
換気と知的生産性について明らかにしてみる
日建設計総合研究所でも東京大学(倉持勇汰氏)・慶應義塾大学(石橋由基氏)と共同で、メタアナリシスという手法を用いて、換気量と知的生産性の関係に関するエビデンスを整理することを試みました(出典2)。メタアナリシスとは、同じテーマに対して過去に発表された複数の研究結果を統合して、より信頼性の高いエビデンスを構築する研究手法のことです。主に医学の分野で広く活用されている手法ですが、今回は建築設計のためのエビデンスを作る目的で活用しました。
今回の調査では、5つの査読論文、のべ3,679人の被験者を対象にしたエビデンスの統合を行いました。その結果、換気量の増加に伴い、知的生産性の指標のひとつである、計算テストの回答スピードが有意向上することを確認しました。
また、この計算テストの回答スピードの向上効果については、換気量が38.5 m3/(h・人)まで持続することを明らかにしました。オフィスビルなどの換気量は、現在30 m3/(h・人)前後で設定されることが多いのですが、もう少しだけ換気量を増やすことで、ワーカーの健康度が増加したり、仕事がよりはかどるようになったりするかもしれません。
ただ実際の設計において換気量を増やすことは、建築工事費の増加や空調光熱費の増加にも関係するので、無制限にはできません。したがって、換気量を増加したときのベネフィットと、リスクをバランス良くとる必要があります。このようなエビデンスがあることで、ベネフィットをより正確に見積もることができるようになると考えています。
日建設計総合研究所では、大学と共同して将来の建築設計に資するエビデンスを構築する研究を行っています。今回の研究成果は、『International Journal of Environmental Research and Public Health』に掲載されました(出典3)。
鶴見 隆太
日建設計総合研究所 研究員
2017年日建設計総合研究所に入社。建物の低炭素化やエネルギーマネジメントに関するプロジェクトに主に従事。さんちかのAIスマート空調や、APECのLow carbon model town等を担当。大学院博士課程にも在学し人工衛星の技術を建築に応用する方法についても研究中。
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