WorkUP!EVENT#01NIKKEN インクルーシブデザイン研究チーム「これからの建築や都市を考えるための“インクルーシブデザイン”とは?」
目指すのは「様々な人のための未来のUDデザイン」
日建グループが今、インクルーシブな共生社会の実現のために推進しているのがインクルーシブデザインというアプローチ。「WorkUP!EVENT」は、多様性に配慮した都市や建築空間を創出するためのアクティブラーニングの機会として企画された公開セミナーで、今回はその第1回となりました。
共創の場「PYNT」での活動を推進している日建設計 石川貴之より冒頭挨拶。
石川:当事者意識を持つことは、頭で考えていても実は難しく、当事者と膝詰めで話をする機会がないとそうした意識を持てない。このイベントは普段感じることができない当事者意識を持つことを実感させていただく、非常に大事な機会であり、私たちもインクルーシブな社会環境をつくるために、まちづくりや建築のデザインに活かしていきたい。
続いて、ファシリテーターの飯田による「インクルーシブデザイン研究チーム(IDT)」の紹介。インクルーシブデザイン研究チームは、新たな社会課題への対応と多様な価値の創出を目的に、『当事者とともに、様々な人のための社会環境をデザインすること』を目指して2024年1月に立ち上げた日建グループの新たなプロジェクトチームです。
飯田:私たちは今、社会的障壁や多様性に対応できていない『社会モデル』について、みなさんとともに理解を深め、その障壁を取り除けるようなデザインを未来のユニバーサルデザインとして考えていきたい。IDTは、日建設計におけるユニバーサルデザインの実践を蓄積し、メーカーや大学、当事者などさまざまなパートナーとともに、より発展的に考えていくスキーム。この『WorkUP!EVENT』や、社内外での勉強会、視察会を通してインクルーシブデザインの研究を行っています。
こうしたIDTの取り組みを継続的に続けることにより、社内外とのネットワークを広げて、ソーシャルな広がりをつくり、インクルーシブデザインをムーブメントとして推進することを狙いとしています。第1回のゲストとして登壇した髙橋先生、織田さんも、共創パートナーの一員として紹介されました。
インクルーシブデザインは、特殊解から一般解へ
「ユニバーサルデザインの未来と当事者参画論」と題し、最初に登壇したのは髙橋儀平名誉教授。これまで髙橋先生はさまざまな形でユニバーサルデザイン(UD)に関わり、障害のある当事者の参画を実現してきました。その形は、バリアフリー法等の行政の政策、プロジェクトの基本設計後だったり、要求水準書の企画からだったりとさまざまの経験談を語られました。また、国連障害者権利委員会からの勧告についての紹介を受け、単に障害者を取り巻く環境への勧告ではなく、日本自身でインクルーシブな社会をどう創るかという段階であることを説明された。
髙橋:プロジェクトに当事者が関わることが重要です。設計者や発注者で当事者参画が有用であることは経験すればわかりますが、実際に経験している人は多くありません。そこをどう進めていくかがポイントで、今後は設計者や発注者と、当事者が勇気をもって共働作業の一歩を踏み出すことが重要です。
その論点として髙橋先生が挙げたのは、「バリアフリー法の義務基準」「デザインや景観との不適合」「事業収益や空間効率への影響」の3つ。さらに、ユニバーサルデザインにおいてはバリアフリー法の義務基準レベルの60点から70点を目標に置くこと、公平性が大原則であること、利用者の行動や生活を想像してリスペクトすることについて語られました。これらをかなえるために、発注者、設計者が、当事者を含む利用者とともに考える枠組みを構想することが欠かせないと言います。
髙橋:すべては出会いから始まります。私がこれまで50年間続けてきたのも、脳性麻痺の八木下浩一さんという当事者と出会ったから。当事者参画によるまちづくりや建築のプロジェクトは大変ですが、間違いなく『やってよかった』に変わります。そして、差別や偏見は簡単には解消されませんが、設計者や建築家の皆さんには「気づきをカタチに変えるデザイン力」があり、発揮できることを期待したい。
髙橋:身近に困っている人がいるのは自然なこと、しかしそれを特別にしてしまっているのは私たちだ。設計やデザインが常に特殊解から始まり一般解を見出していくのと同じように、バリアフリーやユニバーサルデザインも、特別なことから普通のことへとあっという間に変わっていく。
髙橋先生の講演はそんな言葉で締めくくられました。
人がつくった制度は、人の手で変えられる
続いて「車いすでもあきらめない世界をつくる活動」と題し、織田友理子さんが登壇した。織田さんは22歳で、筋肉が徐々に萎縮する進行性の難病『遠位型ミオパチー』という病気であることがわかり、その後、車いすユーザーに。当初は障害をなかなか受け入れられなかったものの、夫の言葉で意識が変わり、今では社会に貢献できるようになりたいとさまざまな活動をされています。遠位型ミオパチーの治療薬がないため、製薬会社と新薬開発の交渉をして厚生労働省の製造販売承認を得たり、車いすでの街歩き体験やみんなでつくるバリアフリーマップのアプリを開発したりといった活動で、数々の輝かしい賞を受賞されています。
織田:これまでの活動で感じたのは『人がつくった制度は、人の手で変えられる』ということです。バリアフリーの義務化がされてなくても、これから先の未来は、皆さんの手で誰でも不便なく、自由に、ワクワクするような建築が増えたらいいなと願っています。今は駄目でも未来は違う、そう思ってやってきました。人は存在そのものに価値があり、誰でも、どんな状況でも、生きていれば、『100人いれば、100通りの幸せの形』があるはず。私自身は重度障害を持ちながらも、社会貢献で活躍させていただけており、この世界に感謝しながら、みんなで変わっていきたいと思っています。
織田さんから、「車いすユーザーにとってうれしいバリアフリー事例」を紹介してくれました。ロサンゼルスのスタジアムの車いす席の目線の高さに障害物がなかったり、車いす用スロープと階段の動線が歩行者と同じで嬉しかったり、エレベーターが斜めに移動したり、ロサンゼルスの飲食店入口は段差がない良い事例を紹介。さらに「車いす利用者のお困りごと」として、日本における飲食店で出入口の段差や入口への遠回り動線、トイレの便器に座ることが困難なので、蓋があるよりも背もたれがあった方が嬉しい事例、車いすの低い目線で使用できるトイレの洗面鏡の高さへの配慮、福祉機器とデザインの両立の可能性という課題を紹介。織田さんいわく、重要なのは「当事者感覚」でより使いやすいものを期待しています。
織田:小規模店舗におけるスロープ設置補助という政策提言も行っていますが、そもそも入口に段差がなければいいと思う。10センチでも段差があればアウト。これを繰り返し言い続けていると心が折れそうになります。車いすユーザーにとって、本当に障壁が多いことを理解していただけたらと思っています。
このような当事者目線を生かし、織田さんが行っているのが、バリアフリーマップアプリ「WheeLog!」の走行データを活用した評価手法を提案するなどの、アクセシビリティを評価する取り組み。さらに現在は、当事者参画制度や小規模店舗においてスロープ購入の補助や仕組みを国に提案する検討を進めているそうです。
皆様が先導的に早い段階から当事者参画を実践してほしいな
織田:施主さんのご理解があればと思いますが、設計プロセスにおいてより早い段階から、当事者参画、インクルーシブデザインを取り入れて、すべての人のためにまちづくりが実現することを願っています。誰もが安心して利用できる建築物をつくることで、そこがシンボルとなり、過ごしやすい、生きやすい社会になっていくはず。建築に携わる皆さんには、どうか頭の片隅で、社会的弱者が本当に暮らしやすいものを提供できているかを今一度考えていただきたいです。皆さんが、そんなまちづくりを主導的に実践していただける方々であることを心より願っています。
当事者参画は、「知識」と「つながり」で広がる
講演のあとは、髙橋先生と織田さんによるパネルディスカッションが行われました。互いに相手に聞いてみたいことに回答する形式で、まずは織田さんから髙橋先生へ、「当事者参画を建築の分野で推進するための重要なポイントは?」という質問から。これに対し、髙橋先生が挙げたのは、当事者自身が少しでも建築の知識を持つこと。
髙橋:今後、当事者参画が広がっていくときに、当事者自身に少しでも建築や制度の知識があれば、行政や設計者との交渉がうまくいくようになると思う。当事者側も力を付けるということです。あとは、「当事者団体同士のつながり」で障壁を感じたことがあるので、当事者間の様々なネットワークがあるからこそ、その壁を上手く取り払って、まとめあげることができて前進すると思う。
さらに織田さんからの「50年後、どのような未来が想像できますか?」という問いかけに対し、髙橋先生は「織田さんはどんな未来を描きたいですか?」と逆質問。織田さんの答えは……。
織田:以前、日建設計さんにうかがったときに、空飛ぶクルマを研究されていることを知って、すごく夢が描けたんです。50年後には車いすごと空を飛べるんじゃないかって。私はそんなふうに、全然バリアフリーとか思わないような、誰もが過ごしやすい世界が構築されていていたらすごく嬉しい。車いすだと不便だと感じることがまったくない、そんな社会を皆さんとつくっていきたいと思い描いています。
当事者の声が、世の中を変えていく
続いて、髙橋先生から織田さんへ、「バリアフリー評価活動の先のステップは?」という質問です。この問いに対し、織田さんは評価活動を行っている理由として、当事者の意見が個人的な要望と捉えられがちであることを挙げました。
織田:これまで『まあ、君はそうだろうけど』と言われるようなことが本当にたくさんあり、当事者の個別的な要望をあげているだけに見られがちで、悔しい思いもしてきました。だからこそ、学術的な評価指標をつくるだけではなく、それをもとに『当事者に意見を聞くことが有用だ』と感じてもらえる取り組みを行っていきたいです。当事者の文句だけを騒いで言うのではなく、社会のためにつながる戦法だと思ってやってきました。
実際にバリアフリー化、ユニバーサル化を実現するところまでは絶対にやっていかなければ、というのが織田さんの答え。さらに、これからは髙橋先生とも活動していきたいという考えがあると言います。髙橋先生も織田さんに対し「これからも当事者としての意見を言い続けてほしい」と要望。
髙橋:織田さんが掲げる『車いすでもあきめない』というミッションは、『白杖でもあきめない』だったり、『補聴器でもあきめない』だったり、いろいろとあるはずです。こうして諦めずに言い続けてきてくれる人がいるかどうかで、私たちができる次へのステップの仕方が変わってくると思う。
髙橋先生は経験上、『当事者の声がなければ、世の中は変わっていかない』と感じており、織田さんを激励されました。それは、制度も、行政も、設計も同じだと言います。
髙橋:聞くことはいくらでもできても、実際に行動に移すことはなかなかできません。でも、言い続けてくれる人がいることで変わるのは間違いない。その変化が50年後なのか、もっと遅いのか、もっと早いのかは、当事者の声次第なのだと思う。
織田:髙橋先生が当事者はしっかりと言った方がいいですとおっしゃってくださるので、私もしっかりと言うことができます。そして、これからも言い続けられるように頑張ります。
社内においてIDTの取り組みを支援頂いている、日建設計 高野恭輔より最後の挨拶。
高野:我々の胸に刺さるお言葉を言ってくださったので、私としてはすごく責任を感じた2時間でした。それがいろんな方のためのデザインになっているか、今一度自問自答しながら、今日のお話を頭の中で繰り返し思い出して、日々の設計活動に反映できたらと思いました。今日のこの場で聞いた話で、何かあらためてこれを機会に考えるという時代ではないと思っていて、次は行動しないといけないフェーズになっていると、つくづく感じました。貴重なお話、ありがとうございました。
今回は、インクルーシブデザイン研究チームの初の公開イベントであり、建築や都市をデザインする者が、重度障害を持つ織田友理子氏のご登壇で特定の制約を持つ当事者の特性やニーズを深め、当事者意識を持つことの重要さに気づかれた方もいると思います。今後、私たちは「気づきをカタチにかえるデザイン力」を身につけ、発揮していきたいと考えています。
[NIKKENインクルーシブデザイン研究チーム]
日建設計:石川貴之、高野恭輔、飯田和哉(当執筆者)、西勇、中川一晃、岩永文英、車戸高介、青谷 瑞紀
日建設計総合研究所:児玉健、岡万樹子、今枝秀二郎
当チームは、日建グループ内の建築設計・都市計画の専門家や、障害などの特性を持つ当事者で構成されています。さらに、社外のパートナーとも協力しながら、ユニバーサルデザインおよびインクルーシブデザインの実践を通して「当事者と共に、様々な人のための社会環境をデザインする」ことを目指しています。
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