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「2050年の社会とビジネス」を考える –「NIKKEN NEXT MISSION」1st SEMINAR

石川 貴之
株式会社日建設計総合研究所
代表取締役所長

これからの未来は「不確実」で「非連続的なこと」が起きると言われる今、そのような未来の社会や都市を見据えた時、私たち日建グループは「どのような中長期的な視点を持ち、どのような市場と課題を捉えて都市・環境ビジネスに取り組むことができるのか?」という問いを立て、社内外の人々と議論していくこととしました。

「NIKKEN NEXT MISSION SEMINAR」と名付けたこのイベント。第1回目のテーマは「2050年の社会とビジネス」です。ゲストには、アントレプレナー・フューチャリストの小川和也さん、エデルマン・グローバル・アドバイザリー マネージングディレクター兼日本代表の郡裕一さんをお招きし、日建設計から都市計画部長の西館沙織、設計グループ部長の羽鳥達也の2名をパネリストに加え、取締役常務執行役員の奥森清喜をファシリテーターとし、ディスカッションを行いました。

「2050年 人類の未来戦略」

資料1

小川和也さん(以下敬称略):「2050年 人類の未来戦略」と題して、お話しします。まず、今後の未来予測には「複雑性と不確実性が高まる」という認識が不可欠です。これまでの10年で1,000倍に進歩した技術は、次の10年で1,000倍進歩し、20年のスパンでは100万倍進歩するという考え方もあります。この速さは、400万年以上もかけてゆっくりと歩んできた人類の進化の速度とは合わないものです。「過去の積み重ねでは説明のつかないこと」が、これから起きる可能性があります。
 
そのうえで、未来予測に重要な原則は「必然性」です。長期視点での利用に違和感があるものは普及しません。過去を振り返ると、車や飛行機、電話のような技術には必然性があったと言えます。

2050年までに予測される主な出来事

ここから、2050年までに予測される主な出来事を年代ごとに整理します。
2030年代には通信が6Gになり、インターネットを通じたビジネスや生活ツールの開発が加速するでしょう。人工知能の「パーソナルエージェント」が進み、クローンやアバターが日常的なインターフェースになっていくと考えられます。空飛ぶクルマやドローンを使った新しい輸送も実現していくでしょう。

資料2

2040年代になると、人工知能が人間の知能をはるかに超え、人間の仕事が限定されていくでしょう。量子コンピューターも実用化されていくと考えています。人工知能と量子コンピューターという2つの技術は社会に大きな影響を与え、ロボット、建築現場、政治、経済など、多くの分野で中核を担うでしょう。

資料3

さらに人工知能の話をします。人工知能は、数理的に人間の脳を再現しており、徐々に生体の脳と人工知能はボーダレス化していくと考えられます。その延長線上は、コンピューターがつくる「人工生命」です。形を持ったものとは限らず、ネットワークを通じたウイルスのような人工生命も出現するでしょう。
 
ゲノム編集技術も発達し、生命の操作や人間と人工物の融合が進むでしょう。すると「ポストヒューマン」という概念になってきます。ゲノム編集で人間を理想的な状態にすることも可能です。例えば温暖化が進んだ時、人間を「50度の気温でも快適に生きられるようにする」といったことが起きるかもしれません。ホモサピエンスがポストヒューマンに置き換わるという意味では、初めて「人類が能動的に人類を書き換える」ことになります。これからの技術トレンドは、人間自身の「知能と身体」に関するものである点で、過去とは大きく異なります。

人間の「内在的な情報」が大きな価値に

では、そんな未来に対して、どんな将来ビジョンのフレームワークを持てばいいのでしょうか。「人間の(内部)状態」と「外部環境」という2つの要素が挙げられます。

資料4

人間は認知モデルによって、「外部環境」から「人間の(内部)状態」を変えていきます。外部のオープン情報については、人工知能が人間よりも賢い処理をしていきます。であれば、より重要になるのは、人間の中にある秘匿的な情報や、体の中に組み込まれている体験などの「内在的な情報」です。これまでの技術や未来予測で欠けてきた「遊び」の要素を考えることも重要です。「楽しい」と「遊び」の要素が、空間設計にも重要になると思います。
 
我々ホモサピエンスは、ポストヒューマンに置き変わるリスクにさらされています。ホモサピエンスがこれまで生き残ってきた理由は、「愛情」という概念を持ち、協調能力が高かったからだと言われています。今の社会は分断や孤立が起きやすいですが、「2050年 人類の未来戦略」として「協調型」の都市や社会デザインに着目していくことが大事だと思います。

資料5

2050年の社会と日建設計のミッション

吉田雄史:ここからは、日建グループからのインプット「2050年の社会と我々のミッション(案)」となります。社内で「2050年の社会と我々のビジネス」を考えるワークショップを実施し、社員約300人が意見を出し合いました。それらの意見の中から、「社会を一変する可能性がある要因」として、以下の7つを抽出しました。


資料6

要因の1つ目は「人口減少、外国人受け入れ」。2050年の日本は、高齢化が一層進展します。人口は都心に一極集中し、郊外は無居住化する恐れが出てきます。外国人の受け入れも増加しています。
 
2つ目、3つ目は「地震、災害、国家間戦争のリスク」「気候変動、地球温暖化」。特に都市における安心安全のためのリスクヘッジや地球温暖化への対応が課題になります。4つ目は「グローバリゼーションの進展」。5つ目の「モビリティのパラダイムシフト」は、空飛ぶクルマの実現なども視野に入ってくると思います。6つ目は、先ほどお話のあった「生成AIの影響」。7つ目は、「格差、幸福度」。このようなことに対して、我々ができることを考えています。

2050年に向けて考えるべき4つのテーマ

西館沙織:次は、この7つの要因をもとに「2050年に向けて考えるべきテーマ」を4つに分類しました。

資料7

1つ目は「自然の価値を改めて考える」。人の健康や幸福において必ず必要であろう「自然体験への欲求」や、地球の持続性の根底となる「自然の循環モデル」。自然を生かした課題解決や、ビジネスに生かすワイズユースを考えています。
 
2つ目は「都市と地方の連携・自立の関係を考える」です。都市への人口集中を背景として都市と地方の格差は拡大し、地方においては益々現状のインフラを維持することは困難でしょう。さらに自然災害等のリスクに対して、道路・エネルギーなどのインフラの整備・維持管理、コミュニティ形成なども含め都市においても、地方においても自立化のための連携が重要になるでしょう。
 
3つ目は「国境や地域にとらわれない人のつながり方を考える」です。デジタルテクノロジーやモビリティの進化によって、人とのつながり方や体験がボーダレス化していくでしょう。国境や地域にとらわれない、人と人、人と場所のつながり方を考えることが重要になると考えます。
 
4つ目のテーマは「都市の再活・ポジティブ終活を考える」です。人口減少社会が到来し、さらに災害や戦争被害が発生すると、都市のスポンジ化(空き家、空き地等が多く発生すること)だけではなく、高層化した都市のディストピアが進む可能性があります。最悪のシナリオも視野に入れ、都市をポジティブに終わらせる、または再起していくことを検討しています。

ディスカッション:キーワードは「身体性への回帰」「ボーダレス化」「自然への回帰」

資料8

奥森清喜:第2部のパネルディスカッションに移ります。小川さん、西館沙織に加え、新たにエデルマンの郡裕一さん、日建設計の羽鳥達也に参加してもらいます。まずはお2人からコメントをお願いします。
 
郡さん(以下敬称略):私はエデルマンという会社で、パブリック・アフェアーズと呼ばれる、企業から公共セクターへの政策提言やNGO等様々なステークホルダーとの連携を通じて、社会課題解決とビジネス推進の両立を目指すクライアントの取組を支援する部門の日本代表をしています。「2050年はどのような社会か?」と言われても全く分かりませんが、「2050年も変わらない(であろう)人間の本質」を5つ挙げてみたいと思います。

資料9

1つ目は「物語の力」。様々なボーダーを越えて人が繋がっていく時、物語の力は特に重要だと感じています。2つ目は、「信じたいものを信じる」。3つ目は、「気持ちいいかどうか」。先ほど身体性の話が出ましたが、人々は「正しいか」より、「気持ちいいか」で様々な選択を行っていると思います。4つ目は「『役割』『使命』の重要性(Ikigai)」。私は以前、経産省で「人生100年」というプロジェクトを担当しました。そこで感じたのは「自分にどういう役割があるか」が、人間が生きていくうえでとても重要な意味を持つということです。5つ目の「誰も1人では生きられない、よね?」は、人間には誰かと繋がるコミュニティがとても大事だという意味です。
 
羽鳥達也:私は普段、設計デザインの仕事をしています。設計以外にも、津波の時にどこへ逃げるべきか、どのくらい時間がかかるのか、インターネットにはない情報を地元の人たちと一緒に可視化する「逃げ地図」という新しい避難地図を開発し、全国に普及しています。同時に、過疎によりインフラの維持が難しくなった地域を持続可能にしていくためにインフラをモビリティが代替する「モビリティ・インフラ・システム」という「動くインフラ」を構想し、実装に向けて検討を進めています。そのような未来に対してよりよい社会基盤を実装しようとしてきた経験から、本当に役に立つものを実装しようと思うと、非常に手間がかかることを実感しています。

資料10

アメリカにおいて社会のスマート化に対する取り組みは日本に比べ20年ほど先行していますが、「SIDEWALK TORONTO」の挫折のように新しい技術による机上でのアイデアの導入が、市民の多大な反発を招いた失敗の歴史があります。それを乗り越え、複雑な現実の課題を直視し本当の協調を育んでいる「ARRAY OF THINGS」などの取り組みに反映され、実装が進んでいます。そうした経験や実例から2050年のビジネスを考えると、面倒なことにこそ価値があるとポジティブに考え、現実を直視することが結局のところ重要でかつ難しいことかなと思います。
 
奥森:続いて、私から議論の3つのキーワードを提示します。1つ目は「身体性への回帰」。郡さんは「気持ちよさ」のように表現されていました。2つ目が「ボーダレス化」。様々なものの境界がなくなって一体化することです。3つめは「自然への回帰」。これらが融合して2050年にどう展開していくのかについて議論をしたいと思います。小川さん、まずはこれまでの登壇者たちの話を聞いて、ご意見をお聞かせください。
 
小川:「助け合い」や「愛情」は、ホモサピエンスが生き残ってきた要因で、すごく偉大なことです。実はホモサピエンスは全てが生き残ってきたわけではなく、相互扶助能力が高い集団が相対的に残ってきたと言われます。しかし、最近学生と接していると、スタンプ1つでコミュニケーションができる反面、愛情を体感している人が少ない印象です。そういう中で、都市や建物が「ホモサピエンスが生き残ってきた理由」を支えていけたらいいなと思いました。
 
奥森:郡さんは人の繋がりにとてもこだわっていらっしゃる印象です。都市というフィールドで考えた時に、どういう繋がり方があるでしょうか?
 
:私が「人生100年」のプロジェクトで一番感じたのは、日本の場合、特に大企業に勤める男性は、仕事以外のコミュニティがないことです。定年になった瞬間に、自らが属するコミュニティが失われてしまう。複数の繋がりを普段から主体的につくっていくことも大事でしょう。
 
奥森:確かに人生100年と考えると、繋がりを発展させられるコミュニティや都市をつくることは大きな課題です。羽鳥さん、「逃げ地図」で、コミュニティ内の見えないものを可視化するプロセスはどうでしたか?
 
羽鳥:最初は「逃げ地図」のアイデアが住民の方々に「役に立たなそう」と言われました。しかし、私たちが「どこまで津波が来て、どこを登ればいいのですか?」と尋ね、地元の人たちが「教える側」になった瞬間に、一気にことが動き始めました。それは街づくりでも同じです。与えられた街づくりとかシステムだと、みんなが「気持ち悪い」んです。主体性を取り戻すことが、「身体性への回帰」と繋がっている気がします。

資料11

奥森:次に西館さん、「ボーダレス化」について思うことを教えてください。
 
西館:様々な異なる文化、背景を持った人間の価値を共有するコミュニケーションのあり方が、より重要になると思います。グローバルな世界で、文化や背景が違う人々の「ホモサピエンスとしてここがいいんだ」という共通項を見つけること。それができれば、日建設計として全世界で提案できることが増えていくのではないでしょうか。

「面倒くさい」ことに革新データがある

奥森:「自然への回帰」に話を移します。羽鳥さんのモビリティ・インフラのような話も含めて、ものの流れ、循環方法を変えていくことは、建築・都市の大きなテーマです。その中で、自然をどう捉えていくか、考えを教えてください。
 
羽鳥:まさしくこの場も、CO2を排出して電気や物品が運ばれることによって成り立っています。自然への回帰を考えると、人口拡大、大量消費の時代につくられたものの流れも、既存のボーダーを超えて変えていく必要があります。それはとても障壁が多く、難しいことです。しかし、日建設計はこれまでもボーダーを超えてきましたし、こういった「面倒くさい」ことにこそ、本当に革新的なメタデータがあるはずです。
 
奥森:「面倒くさい」という言葉に関して、私も複雑なものがより複雑になってきている実感があります。我々がやること、社会の課題は変わらないかもしれないけど、それを追い求める方法が、今までの延長線上ではないということです。小川さん、郡さん、総括的にコメントをいただけますか?

様々なものを同時に存在させていくことが、日建設計らしさ

小川:私は最近、身体性を取り戻すために屋久島に行きました。複雑な山の変化を瞬時に捉えていく人間は、やっぱりすごいと思ったんです。一方で、ラグジュアリーが好きな友人は、「山は不快でしょうがない」と。今、こういう両極の異なる考え方が、世界で同時に存在しています。1つの方向性をつくることが難しい時代に、建物や都市も、多様なアプローチをしていく必要があるでしょう。「こんなことやっちゃっていいの?」というテーゼをどんどん提案し、様々なものを同時に存在させていくことが、日建設計らしいのだろうと思いました。
 
:私にとって都市の魅力とはやはり、ヒト・モノ・カネ・情報が集積することで新しい何かが生まれ続ける、という点にあります。「気持ちよくて、ワクワクする都市」。日建設計にはそんな都市をつくり続けてもらえたら嬉しいです。
 
奥森:期待に応えられるように頑張ります。2050年を考えるうえで、「身体性への回帰」「ボーダレス化」「自然への回帰」の重要性は共有できたと思います。都市を形づくるには10年、20年かかるので、先を考え、バックキャスティングしながら落とし込んでいくことが必要です。次回は、個別テーマを設定して議論を深めていきます。

<ゲストプロフィール>

小川和也
アントレプレナー/フューチャリスト
グランドデザイン株式会社 代表取締役社長・北海道大学客員教授
アントレプレナーとしてテクノロジーで社会課題解決のグランドデザインを描く一方、フューチャリストとしてテクノロジーを基点に学際的なアプローチで未来のあり方を提言。
 
郡裕一
エデルマン・グローバル・アドバイザリー マネージングディレクター 兼 日本代表

<クレジット>
資料1~5:小川和也氏作成資料より
資料9:郡裕一氏作成資料より

石川 貴之
株式会社日建設計総合研究所
代表取締役所長
専門は都市計画。大規模再開発やインフラシステムの海外展開業務を経験する中で、様々な地域と組織で人や技術が繋がり、新しい空間やスタイルが生まれる「イノベーション」の空間や仕組みに興味を持っています。

イベントは、2023年4月にオープンした、日建設計が運営する共創スペース“PYNT(ピント)”で開催されました。社会を共有財の視点で見つめ直し、思い描いた未来を社会に実装するオープンプラットフォームを目指しています。暮らしにある「違和感」を一人一人が関わることのできる共有財として捉え直すことで、よりよい未来を考えるみなさんと共同体を作りながら、イベント・展示・実験などを通して解像度を上げ、社会につなぐステップを歩みます。

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