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障がい児のための「日々の生活」の場を考える|第1回 障がい児のための空間づくりを手掛けることになったきっかけ

中島 究(きわむ)
日建設計 設計監理部門 設計グループ
ダイレクター

日建設計は、1999 年から 2023 年の 25 年に渡り、障がい児者の生活空間のあり方を 10 のプロジェクトにおいて思索、実践してきました。
今回、この note という媒体を用いて、これまでの私たちのとりくみの軌跡を全8回で振り返るとともに、将来へ向けて、障がい児に寄り添い、私たちができることを考える機会としたいと思います。

写真1 びわこ学園医療福祉センター野洲(旧第二びわこ学園)

重症心身障害児の女の子との出会い

今から25年前の1999年11月、私は滋賀県野洲市(当時野洲町)の旧第2びわこ学園(現:びわこ学園医療福祉センター野洲)を上司と2人で訪問していました。当時、私たちは第2びわこ学園の移転新築プロポーザルに応募しており、現状の建物や使用状況をプロポーザルに応募した他の設計事務所と一緒に視察させていただくことが目的でした。
視察の途中、廊下でストレッチャーに乗せられ、人工呼吸器をつけた2、3歳ぐらいの女の子に出会いました。そこで見た光景は、私にとっては衝撃の体験で、こんなに幼気な女の子が背負っている障がいの過酷さに愕然としたことを今も決して忘れません。
びわこ学園は西日本で初めて開設された重症心身障害児(重度の身体的障害と知的障害を持っている子供)のための施設です。ベッドに寝たきりで人工呼吸器がないと生命維持ができない子や身体障害の状況に応じてオーダーメイドで作られたベッドのような車椅子に乗っている子、身体障害は軽度でも重度の知的障害によって行動制限が伴う子など、とても重い障がいとともに、これからの長い人生を過ごしていかなければならない子ども達の存在を初めて自分にも関わりのある世界として認識したのでした。

写真2 建て替え前の第二びわこ学園

障がい児の息子さんを持つお母さんの言葉

当時日建設計には、障害者スポーツセンターといった建物の実績はありましたが、障がい児が生活するための建物を設計した実績が全くありませんでした。プロポーザルを提案するにあたり、上司も私も何が大事で何を提案すべきなのか、そもそも私たちは重症心身障害児のことについて何もわかっていないじゃないか、、、と視察後に絶望的になったことが思い出されます。
そこで、まずは障がい児のことを知ることから始めようということになり、知人を頼って、障がいを持つ息子さんを持つお母さんで、自ら障がい児のためのグループホームを立ち上げて運営している方に障がい児の生活の実態を教えていただくことにしました。伺ったグループホームは土間のある、何の変哲もない、ごく一般的な住宅でした。彼女がそのグループホームを立ち上げた経緯は次のようなものでした。
あるときお母さんが息子さんと一緒に障がい児のための入所施設(日々の生活を行いながら、障がいのケアや治療、リハビリなどを受けることができる)をいくつか訪問したそうです。するとどこに行っても息子さんは怯えてしまいます。彼女自身もいずれの施設もいわゆる「施設」であって、生活の場ではないと強く感じたそうです。その時に息子さんが生活する場所は「施設」ではなく、生活するための「いえ」であるべきだと。ただそういった「いえ」のような入所施設は自分の周りにはなかったので、自分で古屋をリフォームし、他の障がい児と一緒に生活するためのグループホームを立ち上げるしかない、と決意したということでした。
この時に私たちは、今回のプロポーザルで提案する建物は「施設」ではなく、障がい児が日々の生活を安心して過ごせるための「いえ」のような空間でなければならないと心に決めました。そして私自身、障がい児の「建物」を設計するにあたっては、「施設」という言葉は決して使うまい、と決めたのでした。このお母さんと息子さんが、「ここなら生活できる」「このいえだったら住みたい」「ここだったら安心して息子を預けられる」という場を作り出すことが私たちの使命だと考えるようになったのです。
これが私の障がい児のための空間を考える上での原点であり、この信念に基づいて、一貫して25年間取り組んできました。

写真3 びわこ学園での日常の様子

わからないことは素直に聞こう

私たちは設計のプロフェッショナルですが、障がい児の建物に関しては全くの素人でした。わからないことをさもわかったかのようにふるまうことは、決してあってはなり得ません。
通常の設計プロポーザルでは、「我々はこんなに素晴らしい豊富な実績と経験があります」「これらの実績を踏まえて、こんな素晴らしい提案ができます」というアピールをします。しかし実績も経験も知識さえもない状況で、どういった提案がありうるのか?
 
そこで私たちは次のようなことを考えました。
「わからないことはわかっているプロの方達に素直に聞こう」
「障がい児のことを日々そばで見守っていて、障がいのことを深く理解しているスタッフの方達と一緒に空間を創り上げるプロセスと手法を提案しよう」
「わかったふりをした案を提案することは絶対にやめよう」
 
具体的には、
①スタッフと共に空間を考える参加型設計
②障がい児のケアを設計者も行い、生活の実態を体験する泊まり込み調査

の2つを提案の骨子とし、設計案はあえて提示しないことにしたのです。
まずは設計者が既存の状況を肌身で感じて、障がい児とスタッフの日々の生活を深く知ること。そして障がい児を一番よく知っているスタッフの皆さんが、自ら空間を考える試みを行うこと。私たちはそのプロセスを通じて、障がい児のための生活空間のあり方を学び、思考すること、にしたのです。
これらの2つの取り組みに関しては、後の回でご紹介します。

写真4 参加型設計の様子とその成果品

社会とつながる障がい児のための生活の場を考える

もう一つ別の観点での私たちからの提案は、建築を通じて「障がい児と社会の関わりを創り出す」というものでした。
そのヒントとなったのが、びわこ学園の創設者である糸賀一雄先生の言葉で、「この子らを世の光に」というびわこ学園の理念でした。普通「この子らに世の光を」ではないかと考える人が多いと思うのですが、「この子らを世の光に」という障がい児と社会の関わりの視点が提示されたことは、私たちがこの施設の設計を進める上でも大切な道しるべとなりました。西日本初の障がい児のための生活の場が、非常に崇高で深い思想に基づいて創設されてきたことが覗われます。
近年、特別支援学級のように障がい児と健常児が同じ学校内で過ごすインクルーシブ教育や街中にグループホームや支援センターなどの障がい児者のための様々な居場所が整備されるなど、障がい児が社会に受け入れられる環境・インフラの整備が徐々に進んできました。
しかし、今から約60年前(1963年)のびわこ学園開設当初はもちろんのこと、私たちが参加した設計プロポーザル実施段階における社会の状況をふり返ると、障がい児と社会との接点を設けることはまだまだ非常に困難な時代でした。そんな中、プロポーザルの要項には、先のびわこ学園の理念に基づき、「障がい児と社会のふれ合いの機会を設けたい」という強い想いが書かれていたのです。
本計画は現地建替えではなく、別の敷地への新築移転が前提でした。新たな敷地は県の公園と隣接していました。そこで私たちは、障がい児の日々の生活の様子を地域の人たちが感じられるように、びわこ学園の敷地を公園の入口として捉え、生活機能を持った建物を公園に続く敷地内中央の通路に面して「いえ」のように分散配置し、その生活ゾーンの向かい側に、障がい児のリハビリに使われる陶芸工房や地域の人たちを招き入れてセミナーやイベントなどを行うことができる地域交流センターなどを配置しました。これにより、公園への経路を障がい児と社会との接点とし、敷地全体を社会に開かれた場として位置付けました。

写真5(左) 玄関に移設した「この子らを世の光に」の石碑
写真6(右) 障がい児と社会との接点となる敷地中央を貫く園路

こういった提案を評価いただき、プロポーザルに当選することができたのです。
私はこの時に考えたことが原点となり、その後25年間、自分なりの信念を持って障がい児のための生活の場を考え続けることになりました。
次回以降では、びわこ学園から取り組んできた私たちの悪戦苦闘の軌跡についてご紹介したいと思います。

中島 究(きわむ)
日建設計 設計監理部門 設計グループ
ダイレクター
30年超の設計活動を通じて、「熊本県立熊本かがやきの森支援学校」「こんごう福祉センター かつらぎ・にじょう」「北九州市立総合療育センター」などの障がい児者福祉施設や医療施設を手掛けるとともに、「京セラドーム大阪」「滋賀県立琵琶湖博物館」「中之島フェスティバルタワー(フェスティバルホール)」「ミクシィ本社」「須磨区役所・保育所」など、スポーツ施設、文化施設、オフィス、庁舎など、幅広い分野の設計実績を持ち、日本建築家協会優秀建築賞、BCS賞をはじめとする数多くの賞を受賞している。
2016年にはFCバルセロナのホームスタジアムである、カンプ・ノウ スタジアム国際コンペで優勝したチームを率い、スポーツエンターテイメント施設のエキスパートとして数々のプロジェクトに携わってきた。
一級建築士、日本建築家協会登録建築家、日本建築学会会員、認定ファシリティマネジャー、インテリアプランナー。

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<クレジット>
写真1,6 エスエス
写真2,3 提供:びわこ学園


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