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建築ライフサイクルとXRのつながりをめざして|XR STUDIOの挑戦

佐々木 大輔
日建設計 設計監理部門 テックデザイングループ DDL

1. はじめに

建築は完成するまでに多くの時間がかかります。特に大規模なプロジェクトでは、計画から設計、施工、完成までに十年以上かかることも珍しくありません。その間は図面やCG、模型などを通じて、まだ見ぬ建物の将来の姿を想像しながらプロジェクトが進行します。

また、建築設計プロセスでは社会情勢や関連法規、環境条件などの複雑な要件を把握する必要があります。これらの要件は年々複雑化しており、私たちに求められる要求水準も高くなっています。そのため、従来の設計検討やコミュニケーション方法では、設計者やクライアントが図面やCGを通じて理解するのが難しい場面もあります。

記事中のXRとは現実空間と仮想空間を合わせ、新たなリアリティを体験するための技術や概念で、VR・AR・MR・プロジェクションなどを使った空間が含まれます。XRは検索するとさまざまな説明がなされていますが、本記事ではこのような位置づけとしています

2. 建築ライフサイクルとXRを持続的につなぎ続ける

では、このような課題をどうすれば解決できるのでしょうか?それは、建築設計段階で何度も身体的に空間を体験し、経験値や理解の解像度を上げることがカギとなると考えています。Digital Design Lab(以下DDL)では、建築ライフサイクルにおいて身体的な空間体験を持続的に行える仕組みを作る「空間体験インターフェース」の研究に取り組んでいます。

建築におけるXRの普及は日々進んでいますが、それらは各フェーズの目的に応じて使われる一方で、次のフェーズへ移行した際に3Dモデルや設計に関わる情報が継承されないことが多くあります。このリサーチでは、一連の流れを技術的につなぐデータのプロセス・メソッドを構築することにより、各設計フェーズで個別に対応していたXR体験を、持続的に結びつけることを目指しています。

図1 建築ライフサイクルにおけるXRの体験プロセス

3. XR STUDIOとは

一連の流れを作る中で、XR体験ができる拠点を設けることが重要でした。そのために本社オフィスのPYNT内に設置されたのがXR STUDIOです。2023年4月にオープンしました。XR STUDIOは、4.8m×2.7m×2.7mの空間にプロジェクション、VR・AR・MRなどを設置し、さまざまなXR体験ができるスタジオです。ここに来れば、各フェーズで必要な検討がXRを用いて体験することができます。

図2  PYNT全体マップ
写真1 XR STUDIO全体

4.XR STUDIOでできること

XR STUDIOでは主に下記のような体験ができます。プロジェクトのフェーズや目的に合わせて使い分けています。

①Scale Calibrator
建築やプロダクトデザインの分野でよく使われている3Dモデリングソフトである「Rhinoceros」と「Grasshopper」を使用し、建物の3Dモデルを三面図に分解し投影することができます。大きさは原寸や1/100など、好きな縮尺に指定可能です。プロジェクトの計画構想から詳細設計に至るさまざまなフェーズにおいて、3Dモデルがあれば指定の寸法で三面図を投影できます。これにより、外壁タイルのピッチ、スタジアムの座席間隔、机や椅子の位置関係などをリアルタイムに原寸で確認することができるようになりました。特に社内検討で有効で、あるプロジェクトでは投影された三面図と内観モデルを何度も行き来し、スケール感を検討して活用していました。

写真2 原寸のマテリアルライブラリを投影し、サイズ感を確認
写真3 トイレの3Dモデル原寸三面図を投影し什器の位置を検討

②Projection Library
さまざまなモノの基本寸法や、日建設計がこれまで携わったプロジェクトを投影し、建築のスケールを掴むためのライブラリです。設計者にとって必須の感覚である基本寸法を身体で覚えることや、なかなか行く機会のない建築プロジェクトの寸法を知り、空間スケールとマテリアルを体験できます。

写真4 工事看板やA判サイズの紙などを一同に並べ大きさを比較
写真5 スカイツリー第二展望台を原寸三面図とイメージで再現
写真6 これまでに携わっている歴代カミオカンデの大きさ比較
写真7 絶対に入れないハイパーカミオカンデの内部を原寸で再現

③Dimension Explorer
実際の椅子にプロジェクションとMRが連動しており、寸法グリッドや椅子を動かすと、MRゴーグル越しに寸法や角度が追従します。同時にプロジェクションもインタラクティブに追従します。実態のあるモノをデジタルへ、デジタルを実態のあるモノへとシームレスに変換することで、多様な次元を行き来しながら確かなものの大きさの感覚を体験できることを意図しています。

写真8 実際のイスとプロジェクションが連動

5. XR STUDIOができたことによる影響

XR STUDIOができたことで、さまざまなプロジェクトで設計プロセスにXRを活用したワークフローを取り入れ、建築や空間感をより高い解像度で検討できるようになりました。空間を直感的に体験しながら会話する場ができたことが、プロジェクトでのコミュニケーションにつながっています。毎週1、2回のペースで、XR STUDIOを使用した社内プロジェクトレビューやクライアントへのプレゼンテーションが行われており、その反響から大阪オフィスにもXR STUDIOをつくり拠点を拡張しています。

写真9 スカイツリーから見える360度ビューを体験

6. これからのXRと建築の関係

以上、DDLの研究開発とXR STUDIOについて見てきました。現在の建築業界におけるXR関連の状況は、さまざまなツールが登場し洗練されてきていますが、フェーズごとに異なる技術やコンテンツが作られています。これらの技術を建築ライフサイクルという長いスパンで活用し、デジタルツインやミラーワールド、メタバースといった話題に対応するためには、フェーズによらない持続性あるデータフローや活用方法などさまざまな視点を踏まえ、これらを継承する流れを作ることが重要です。

特に、近年話題となっている空間コンピューティングは、現実の建築空間とデータ上の建築空間モデルを結び付けることが可能になります。これを実現するためには、これまで述べてきた一貫性のあるデータフローを確保することが必要です。このデータフローが確立されて初めて、異なる空間を結び付けた新たな体験が実現できるはずです。DDLでは、その一貫したストーリーを創り上げるべく研究開発に取り組んでいきたいと考えています。

PYNTのXR STUDIOでは、実践的な建築空間から社会課題、仮想世界へとつながる場を、社外の共創パートナーも含めて構築していきたいと考えています。見学やプロジェクトで日建設計へお越しの際は、ぜひXR STUDIOにもお立ち寄りください。

佐々木 大輔
日建設計 設計監理部門 テックデザイングループ DDL
2009年入社。2018年よりDDL(Digital Design Lab)。大規模プロジェクトのモデルデータマネジメントや、XR関連のR&Dをテーマに活動
 
角田 大輔
日建設計 設計監理部門 テックデザイングループ DDL部長
専門は先端のテクノロジー×情報によるデジタルデザイン。ルーズボールとして飛んでくる多種多様なプロジェクトに関わる中で、いかにして最高の提案をつくれるかを生業にしています。しくみとしてのアーキテクチャーに興味関心をもち、プロジェクトに関わりながらも、苦悩を重ねながら、新たなしくみづくりを様々なところで実装中。
 
戸田 勇登
日建設計 設計監理部門 テックデザイングループ DDL
2018年に入社。業務では3Dソフトでのモデリングからプラグイン開発まで手広く行っています。最近はARをメインに研究。炎天下でのAR@iPadのときの熱暴走に悩み中。
 
銭 イーエン
日建設計 設計監理部門 テックデザイングループ DDL
2020年に入社。3D空間に関するデジタル情報の可視化に興味を持っています。最近はGaussian Splattingの撮影にハマっています。

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