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マッピング解法で解く!私大現代文《5》──関西学院大学(後編)
❖「尾行したくなる選択肢」を発見!
問六は「傍線部の内容」を問う設問,例によって傍線部と選択肢との対応関係を見るダイレクトマッピングから入ります。
問六 傍線部③「諸身分の美徳が同じ強度を持つとも限らなかった」とあるが、その説明として最も適当なものを次のイ~ホから一つ選び、その符号をマークしなさい。
イ 身分ごとに美徳に対する考え方が異なっており、自らの身分の美徳を強く尊重しようとする場合もあれば、唾棄しようとする場合もあったということ
ロ フラスンの美徳とドイツの美徳はそもそも異なるものであり、それぞれの美徳は他の国家には通用しなかったということ
ハ それぞれの身分の美徳がどれぐらいの強い力を持つかは時と場合によってさまざまで、他の身分に受容されることもあれば反発されることもあったということ
ニ 諸身分の美徳は不公平な身分制に根ざしており、不平等なものであったが、その不平等さが、時には不平等に感じられない場合もあったということ
ホ 同じ身分に属していても、国や地域が異なればその美徳の種類はまちまであるということ
傍線部「美徳が同じ強度を持つ」に着目すると,選択肢ハ「美徳がどれぐらい強い力を持つ(か)」が目に止まります。
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「強度を持つ」と「強い力を持つ」,妖しく引き合ってます。さすがにこれだけでハを正解認定できませんが,尾行する価値はありそうです。
次に,〔作業②〕《傍線部──本文》マッピングで参照範囲を確定させましょう。傍線部③を含む段落を引用します。
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❖傍線部の具体例を「参照範囲」とする
傍線部直後の「フランスのように・・・」で始まる一文には,傍線部の具体例が書かれています。本来「例えばフランスのように・・・」と書くところを,前後の文の関係が明白なので「例えば」を省略したのです。
「例えば」は「前に述べた事柄に対して具体的な例をあげて説明するときに用いる語」で,次の用例を見てください(デジタル大辞泉)。
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「球技、例えば野球やテニスが好きだ」
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「球技」を具体的に「野球やテニス」と分かりやすく言い換えて説明しています。同様に「フラスンのように・・・」で始まる一文も,直前の傍線部を分かりやすく言い換えて説明したものです。
したがって,この一文を参照範囲として確定できます。
❖尾行開始,証拠を見つけて現行犯逮捕!
では,尾行対象の選択肢ハに絞って,〔作業③〕《選択肢──参照範囲》マッピングをしてみます。結果を「言い換えマップ」にまとめました。
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傍線部「・・・限らなかった」がハの「・・・時と場合によってさまざま」に対応しています。また,参照範囲のフランスの例「より下の身分を魅了し巻き込んでいくこともあれば」が選択肢ハでは「他の身分に受容されることもあれば」,ドイツの例「違和感」が「反発」と言い換えられている感じです。
「感じです」では心許ないので,試しに上の2つの表現を参照範囲の該当部分に置き換えて読んでみましょう。
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フランスのように宮廷を中心に発展した「礼儀」が、《他の身分に受容されることもあれば》、フランス化した宮廷に《反発》を抱いた市民的中産階級が、自らの「文化」を発見しようとしたドイツの例もある。
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同じ趣旨であり,意味もズレていません。言い換え表現であることの証拠です。他に対抗し得る選択肢がないことを確認したら,その場でハを現行犯逮捕。実際の正解もハです。
❖「転落」に着目して容疑者を特定!
問七は本文中の空欄補充(語句選択)です。
《本文》
例えば、騎士が【a】で、百姓が【b】であることは十分考えられた。騎士が勇敢さを追求すればいつの間にか【a】となり、農民が勤勉さを追求すればいつの間にか【b】さに転落しているといったことは、抑えるのが困難であった。
問七 空欄a、bに入ることばとして最も適当なものを次のイ~ホからそれぞれ一つずつ選び、その符号をマークしなさい。
空欄a イ 粗暴 ロ 勇壮 ハ 怠惰 ニ 完璧 ホ 神聖
空欄b イ 実直 ロ 賢明 ハ 無欲 ニ 頑迷 ホ 粗末
本文出典:『〈噓〉の政治史 生真面目な社会の不真面目な政治』(中公選書)p.186
本文で着目すべきワードは「転落」です。
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騎士が「勇敢さ」から転落する先として,プラスイメージの「勇壮・完璧・神聖」は明らかに違います。よって【a】は粗暴か怠惰かのどちらか。
農民が「勤勉さ」から転落する先として,同様に「実直・賢明・無欲」が外れ,【b】は頑迷か粗末かのどちらか。あとはお任せします。
《正解》a-イ(粗暴) b-ニ(頑迷)
❖難解な傍線部,ダイレクトマッピングは一時撤収
続けて問九。「傍線部の内容」を問うので,ダイレクトマッピングを試みますが,そう簡単ではなさそうです。
問九 傍線部④「この無数の落とし穴を首尾よく埋めたり避けたりする人は、美徳がいつの間にか情念に転落する無数の可能性を封じ込めようとしているのである」とあるが、これはどういう意味か。最も適当なものを次のイ~ホから一つ選び、その符号をマークしなさい。
イ 作法は複雑に作られていて、簡単には実践できないようになっているが、そうすることで簡単に各身分の差異を無化できないようにしている、ということ
ロ 作法は複雑に作られていて、簡単には実践できないようになっているが、それを完璧に実践することによって各々の誇りや自尊感情を守ろうとしている、ということ
ハ 作法は簡単には実践できないよう、複雑に作られているが、目に見えない作法も作っておくことで決して守れないようになっており、そのことが従来の身分制の維持につながっている、ということ
ニ 作法は簡単には実践できないよう、複雑に作られているが、それは、難解な手順を守らせることによってその文化の精神性を伝えるためである、ということ
ホ 作法は簡単には実践できないよう、複雑に作られているが、そう仕組むことで作法を守れない初心者に対する優越感を感じることができるようになっている、ということ
傍線部④の内容がとても難解なため,対応する選択肢が見えづらくなっています。いったん撤収しましょう。
❖傍線部「無数の落とし穴」の意味を探る
傍線部④の言い換え表現を選択肢の中に探そうにも,傍線部の意味が分からなければ,選択肢でそれがどう言い換えられているかを判断できません。
傍線部では「無数の落とし穴」が特に難解で,せめてこれがどんな意味かを理解してから,改めてダイレクトマッピングを試みることにします。
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傍線部「無数の落とし穴」は,直前の文から「このような複雑かつ可視的な作法」(の中)にあることが分かります。「このような」は,その前の段落の「茶道」や「剣道のような武芸」についての説明を指します。
ということは,傍線部「無数の落とし穴」は茶道や剣道の例(グレーの囲み部分)に書かれているはず。そう思って読むと,「無数」ではないですが,確かにたくさんの「落とし穴」があります。列挙しておきます。
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❖改めてダイレクトマッピングを試みる
言葉で表現できなくても,何となく分かりますよね。厳格な手順や所作を踏み外すと注意されてしまう,きちんと実践できたつもりでいても「いや,まだおまえは無心になれていない」などとダメ出しされる・・・・・・。
複雑で厳しい作法そのものが「無数の落とし穴」と言えます。それが分かってから,改めてダイレクトマッピングを試みます。
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傍線部「この無数の落とし穴を首尾よく埋めたり避けたりする人」が,選択肢ロ「それ(複雑に作られていて、簡単には実践できないような作法)を完璧に実践する」と対応しています。
選択肢ロの後半「各々の誇りや自尊感情を守ろうとしている」は,傍線部の後半「美徳がいつの間にか情念に転落する無数の可能性を封じ込めようとしている」(=美徳を守ろうとしている)と対応していそうです。
「対応していそう」では心許ないので,もう少し詰めておきます。
「美徳を守る」の言い換えが「各々の誇りや自尊意識を守る」であることを確認するため,本文に戻ります。その際,「誇りや自尊意識」を目印に,同じ語を本文中に検索すると素早く見つかります(目印ハンティング)。
すると,本文序盤に「身分社会においては、異なる美徳が、それぞれの身分ごとの誇りや自尊感情とも結びついた」とありました。
「美徳」が「誇りや自尊感情」と結びついている。そうであれば,「美徳を守る」を「誇りや自尊感情を守る」と言い換えられます。
これでスッキリ,正解は選択肢ロで間違いないでしょう。
実際の正解はと・・・・・・
❖正解割れる!難問それとも悪問?
えっ,選択肢ニ?
ちょ,待てよ。なんでなんで??
私が見ているのは「大学受験パスナビ過去問ライブラリー」,『全国大学入試問題正解』(旺文社)の解答・解説です。そこでは問九の解答はニと明記されています。
ちょっと待っててくださいね。急いで丸善に行って,赤本の解答を確認してきますから。おっと,マスク忘れずに。
・・・・・・戻りました。はあはあ,アヂー。
み,見てきましたよ~(買わないんかい!)
赤本の解答は,私と同じ選択肢ロでした。
旺文社(ニ)と赤本(ロ)で正解が真っ二つに割れています。
どちらも予備校の精鋭講師陣,あるいは大学院生・教官レベルのプロによる執筆(と伝え聞きます)。
それで正解が割れたということは難問,もしくは悪問と考えられます。実際はどうなのでしょう?
❖難関私大の入試ではたまにあること
実は,大手予備校の解答速報で「正解が割れる」ことがたまにあります。たとえば2022年度入試では,早稲田大学教育学部の現代文で,駿台と河合塾が公表した「解答例」が割れました。
しかも,問題文となった出典の著者が,大学の公表した「解答例」に疑義を呈したのです。一時期,SNS上で話題になりました(3月中旬)。詳しくは著者ご自身による寄稿(下記)をお読みください。確実に悪問です。
こうした問題を教材とする現代文の学習は,いたずらに混乱を招くだけなのでやめたほうが良いと思います。
そう言いながら,今回この問題をわざわざ私が取り上げたのは,「これも試験のリアル」ということを受験生の皆様に知っておいてほしいからです。
❖作法を「学ぶ人目線」か「教える人目線」か?
改めて問九,旺文社が正解とした選択肢ニを,マッピング解法で検討してみることにします。
「難解な手順を守らせることによってその文化の精神性を伝えるため」は、茶道と剣道の具体例から,「茶道」と「剣道」を一括りにして「文化」,「無心であることも大事」と「勝つことが全てではない」を一括りにして「精神性」と言い換えた,とみなせないこともありません。
ただ、この問題を解いた受験生の多くは,ニの「文化の精神性を伝える」が本文に書かれていないとして,早い段階で消したと推測されます。
実際,ロとニのどちらが「最も適当」かと言えば、傍線部の意味をヒネらずに言い換えたロだと思います。つまり,傍線部は「作法を学ぶ側の目線」で記述され,それはロも同様です。ところが,ニは逆の「作法を教える側の目線」で記述しています。その点でロが勝っています。
私の感想としては,確かに難問かもしれませんが,悪問ではありません。
❖難問は割り切って「捨て問」とするが吉!
ちなみに,難関私立大学の入試現代文では,こうした難問が1~2題は潜んでいると考えるのが現実的。老舗の学参出版社や大手予備校ですら正解が割れるのですから,高校生レベルの知識と解釈力では太刀打ちできません。
ただ,マッピング解法は少し特殊かもしれません。問九に関しては,「無数の落とし穴」の意味が分かってからのダイレクトマッピングで,ほぼ迷わず選択肢ロに行けました(ニは傍線部との対応がない)。
もちろん、マッピング解法で正解を絞り切れない問題もあります。その場合も明らかに難問。もし本番でそうした問題に出会ったら,割り切って「捨て問題」としてかまいません。そこでムダな時間を消耗するより,確実に得点可能な問題に時間を使って加点するほうがはるかに得策です。
このあと,問十と問十一に傍線部問題がありますが,これは単純な「語句の知識問題」(易しい)ですので取り上げません。大問を通じて問九がヤマ場となります。ここを正解できる受験生ならラクに9割は超えるでしょう。
ちょっとしたアクシデントのために長くなってしまいましたが,最後までお付き合いいただき,ありがとうございました。
よい夏休みを!