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楽しむ終活

公園で二本杖、毎日のようにお会いしますが、周りをゆっくり3周してベンチでひと休み。これがこの方の毎日の健康法なんでしょう。たまには鉄棒を握って背筋を伸ばしたり…。

最近はみんなと会うための外出もしなくなったというお年寄りはたくさんいます。友達も同じように外出がおっくになってお互いが「暖かくなったらね!」と。

「近くのスーパーに食料品、日用品だけ買いに行くだけであとはテレビのお守よ」とたまに会う方も笑って言われます。

独居老人が増えてなんと80歳前後の方があちこちに。朝の散歩や
ラジオ体操はその安否確認の場でもあるようです。

終活と言うほどでなくても考えることが多いそうで相談にのることもあります。私もそんな年代になってきたということでしょう。今ごろになって心配で夜も寝られないというおばあさんは今年90歳。気にしなかったということは幸せと言えばそうですが、やはりなんだかの形でだれかにお世話になること、あるいは迷惑をかけることがあるかもしれません。身体も頭も元気だから誰にも頼りたくないと言われますが、失礼ながら私も含めていつなん時、万が一と言う事態が来るかはわかりません。

子供さんたちはみんなそれぞれの家庭があって遠くに住んでいるので盆と正月に帰ってくるだけだそうです。お嫁さんにも気を使うとか…。

「焼いてもらうだけでいいのよ!」と皆さん口をそろえて言われます。盛大な葬儀は参列する人もいないので要らないということですが、倒れた時見つけて救急車を呼んだり、身内に電話したりとどなたかの手を借りることになります。

日頃から親しい人も同じ年代。身近な問題です。
断捨離して、身の回りの物は少なくと思ってもなかなか捨てられない。気持ちと行動はなかなか一致しません。この国は死を忌み嫌う。縁起が悪いと家族で話すことを遠ざけてしまう傾向があると聞いたことがあります。

これからの時代、最後への準備はゆっくりながらも自分の意思や体がしっかりしている時からするべきかもしれません。それは悲しい、寂しい、避けたいということではなく今までの自分に向き合って、いずれは誰しも行く世界への準備をすることだと思えば必ずしも悪いことではなさそうです。

身内の者であっても日頃離れて暮らしているとどこに何があるかさえ分かりません。何を考えているのか、またどうしたいのかも。

 私が里帰りする都度に「生命保険はあの引き出し。実印はココ。写真はこれにしてね。」と母は繰り返し言ってました。そんな縁起でもないことをと生返事で答えていましたが、いざとなってそのことの大切さがよくわかりました。同じように息子に話してもやっぱり生返事。でも私も同じだったよと聞き流されることにもどかしさは感じません。

そんな経験もあり私もエンディングノートに気が向けば書き込むようになりました。これが意外となかなか楽しいもので、主人との初デートはどこ?子供が生まれた時はどう感じたか?といった項目もあり、もちろん事務的な連絡場所や銀行関係などこの一冊でみんな分かるようになっています。

少々若め!の写真もはさみました。娘と行ったミラノのガレリア。それを彼女は見て吹き出すでしょう。若すぎる!って。

お別れ会にはカーペンターズにマイケルジャクソン、ポールモーリヤもいいなあ。食事はみんなでよく行ったお寿司や串カツ、てんぷらがいいなあと誕生日パーティーを計画するみたいに。


「お花は菊はやめてね。小さいころから菊はお葬式、仏壇の花だと思っていたから。」白いマーガレット、ブバリア、バラ、すずらん トルコ桔梗…。
息子たちは「こんなの無理!」と言いそうです。


もう一つ、海に流してほしい。以前「一部をそっと袋に詰めてセーヌ川に流してね。スープに入れる塩ぐらい。」


息子は笑って「そこまで行く旅費は置いといてね!」たわいもない笑い話ですが、実現は無理でもいつかそれを思い出す日が来るでしょう。

毎日の挨拶、立ち話。顔をしばらく見ないとちょっと心配。
久しぶりに会うと「良かったー」と思えるそんな小さな関係も良いことだと思います。

今日もいい日にしましょう!





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