京都の人
その人の性格、こちらが受け取る印象が本当にその人なのかはわかりません。やはり自分の考えや感性のフィルターを通してその人を見ているので、きっと100人いたら100人の見方があるように思います。
結局自分と同じような考え方をしている人には好意的で、違えば…。
「こうでないと」とか「きっと」と言う言葉をよく使う人はなかなか自分の意見を変えるのが苦手だと聞いたことがあります。
みんないい人。これは間違いないのですが、そこから複雑な感情の交差があってつまらぬ人間関係のひずみに悩んでいる人の多いこと。
そんなことどうでもいいことと人が言っても自分の考えが正しいとあたかもこれが正義だと言わんばかりの人もいます。
ストレートにものを言うことは時として正しいのですが、人を傷つけたり不快にするものです。
そういえば京都の人の会話。
私は京都の知り合いや友達が大好きです。
先日テレビで京都の言い回しをカードにして京都人を理解してもらおうという内容の番組を見ました。
京都の人=いけず(意地悪)とか何を言いたいのかわからないと聞くことがありますが、本当は相手の人への心遣い、ストレートに言うより深い思いやりがあるようです。
どっちつかずではなくて本当ははっきりとしたいし、こうしてほしいという思いが隠れています。
「娘さん、ピアノ上手になりはったねえ。」と言われたら…。
私なら「うるさくてすみません。」と言います。そう思われていると思うからですが、普通は「ありがとうございます。」と満面の笑顔で答えるそうです。
どちらも間違いではありませんが、なんとなくモヤモヤがどちらかに残ります。
有名な「お茶でも」は最後の送り出しの言葉だそうです。気持ちよくお別れ。
私たちにもよくあるカラオケでの会話。しばらくして一人が「用事があるからそろそろ。」と言った時、一言「もう一曲だけ歌ってけば?」「ありがとう、又ね。」とそうすると退席する人もなんとなく退席しやすくなるそうです。気持ちよく送り出してあげる話術の一つだそうです。
それを聞いてなるほどと思えるかどうか。
付き合えば付き合うほど奥深い京都の人はなかなか魅力的です。
本音と建て前。直接言わないことの難しさもあります。
今はそんな面倒くさいことなんか時間の無駄と言わんばかりにはっきりものを言う方が良しとされている傾向がありますが、悩んでいる人が多い分、空気を読むことってやっぱり大切なようです。
LINEや電話でもそんなことがよくあります。相手は良かれと思っていてもそうでない場合、返信のし方に気を使いますがなかなか気付いてくれない。
それを工夫することに結構知恵を絞ります。
分かってもらおうとするから疲れるのであって、それはそれ。
今日もいい日にしましょう!