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昭和の台風
台風は近畿地方に上陸とか。ここはまだほとんど降らず、風が時折うなりを上げ渦を巻いて庭を通って行きます。
各地で台風被害が出そうですが、どうか被害が最小限でおさまりますようにと祈るばかりです。
なぜか小さなころ「台風は怖いもの!」と思っていました。
上陸となると家の周りの飛んでいきそうなものをかたずけたり、
雨戸の外からばってんに板が釘で打たれました。その後は外にいる人もなく辺りはひっそりしていました。これが嵐の前の静けさ。
何度も台風の目が通り過ぎたような現象に出会いました。激しい雨風が急におさまってぽっかり穴が開いたような…。うっすら青空が見えたこともありました。今、目!が上を通過中!幼心にも不気味さを感じました。
当時は夏よりも秋にやってくるイメージでしたが、これも温暖化が影響しているのでしょうか?
もちろん市場もしまってしまうので、何日分かの食料や生活用品を準備して備えておかないといけません。
携帯電話もない時代。黒電話が頼りです。
懐中電灯や大きなロウソク、古新聞は雨が吹き込んできた時に使うのでしょうか?ただ一度も使われた記憶はありませんでした。
フジは玄関のたたきでうずくまっています。時折風のうなりを聞いて「何モノ!」と言う感じで首を上げますが、すぐにうずくまって静かにしていました。
今の我が家では同じようにニケが窓の外の様子を耳を立てて窺がっていますが、いつもと変りない室内なので安心して定位置で転寝をしています。
当時は大体停電しました。真っ暗な部屋でラジオを付けて状況を確認します。急に真っ暗になるのでマッチとロウソクは部屋の真ん中のテーブルに待機しています。
風が子供心にも恐ろしく家を丸ごと吹き飛ばしてしまいそうで不安でした。
台風になれば物置から出してくる大きなロウソクは何度も使われていて溶けた蝋が垂れる途中固まって不思議な鍾乳洞みたいに重なっていました。
本も読めず退屈しのぎにみんなでトランプ。分かりやすいババ抜きが定番です。外は大嵐。風の渦巻く音や大きな木の揺れる様子が激しくて、「早く通り過ぎて!」と思ったものです。
次の朝、いつもより日の出はまぶしくてまっさらな空気に洗われた庭はちぎれた葉っぱや枝があちこちにちらばって台風の凄まじさを残していました。
そんな庭に出してもらえたのが嬉しいのか秋田犬のフジはあちこちを探検して、何か新しいものはないか懸命に鼻を働かせていました。いつも小さな小枝を咥えて犬小屋に運ぶのがおかしくて…。
外に出ると大概大きな看板は飛んでいて、それに分厚い瓦の断片があちこちに転がっていました。並木も何本かは折れていたりと嵐の過ぎ去った後の街はなんだか寂しくもあり静かでした。それに反してキラキラ光る太陽はもう大丈夫と言わんばかりに街の隅々まで照らしているように見えました。
いくらすごい台風でも1泊もすれば去っていくのだからそれまでの我慢と父は言っていました。なるほど2泊した台風の記憶なし。と感心しながら後かたずけのお手伝い。家族みんなで…はこんな時も一緒でした。
次の日が遠足や運動会の時は父の言葉が希望の一言でした。
スッカリ帳消しをしたような青空の朝なら母親が慌ててお弁当を作ってくれました。
いくら自然現象と言ってもできるなら最小限の大きさ?で上陸してもらいたいものです。
今朝はまだまだ通過中らしく時折庭の木を平手打ち!水槽はさざ波が立っています。
散歩がおあずけのニケは退屈そうにガラス戸から庭を眺めています。
どうか被害が少なくすみますように。