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プロ野球を侵食する『時短』の波


あらゆる分野を侵食する『時短の波』

最近はあまり時間をかけないで楽しめるコンテンツが人気らしい。TikTokやYouTube Shortsがその代表例であり、実際に大きな人気を博している。

驚いたことに、中には映画を倍速で観る人もいるようだ。各シーンの絶妙な間や映像の中に現れる細かい変化などを全て無視して、消費時間の削減を優先順位の一番上に置いた故の行動である。個人的には、これは映画監督の作品作りに対する情熱や、俳優の努力の滲んだ演技に泥を塗るような行動だと思うため、決してそのような行動をすることはないし、そもそも映画というある種の『芸術』に対してまで時短を求めるという思考が理解できない。

『時短』は確かにある場面では効果的であるかもしれないが、全ての分野で追及されるものではないと思う(そもそも私は大した人間でないため、あらゆる場面で時短を追及したところで生産性の無いダラダラとした時間が増えるだけというのもある)。

そんな中、その波はまた違う分野にも押し寄せ、現在進行形で侵食している。その分野は野球である。

プロ野球に時短は必要なのか

昨今、メジャーリーグならびにプロ野球では『時短』が大きく叫ばれている。その結果として、メジャーリーグでは大きな変化としてピッチクロックが導入された。日本のプロ野球ではまだ大きな変化は無いが、登場曲の秒数変更などが行われ、変化の小さいところからジワジワと時短させていくという思惑が感じられる。

なぜ時短を進めているかというと、スピーディな展開を望む若者から人気を得るためらしい。これは恐らく冒頭のTikTokなどの短いコンテンツに対する若者の反応を踏まえた考え方だろう。ちなみに私はまだギリギリ若者に分類される世代だと思うが、自分達がこういった時短を求めていると解釈されていることを非常に残念に思う。

世間の動向を踏まえて何かしらの策を講じることは素晴らしいと思うが、野球において"時短=人気の向上"は当てはまるのだろうか。私にはその因果が成立しているようには思えない。何事においてもコンテンツの人気の向上には新規層の取り込みと同時に、既存ファンの離反を防ぐことが必要である。SNSでの大衆の反応を見る限り、私はこうした時短ムーブが多くのファンの支持を得ているとは思えない。

新規層の取り込みについて、果たして今まで野球観戦をしてこなかった人々が、「なんか以前より試合時間が短くなったそうだし、野球でも観に行こうか」という思考になるだろうか。そういった層は元々野球に興味がないから観戦しに来ないのではないか。興味を持てない理由は試合時間が長いからなのであろうか。私はそうは思わない。そういった層には野球が既に持っている魅力を伝えていく方が有効だと思う。

そもそも球場は好きなタイミングで入れて、帰りたいタイミングで帰れるものである。野球観戦は別に時短しなくとも元々自分の都合に合わせてフレキシブルにすることが可能な娯楽だ。また試合終了まで観ていたいと思う人々はもはや新規層ではなく、立派なプロ野球ファンと言えるのではないか。そのような"プロ野球ファン"の人々は前述のとおり概して時短をあまり求めていない。ちなみに一回退場してまた球場内に戻ることが可能な球場もあるので、観戦に疲れたのであれば、席を立って球場内外を散歩してみるのもいい。

『時短の波』の副作用

こうした時短ムーブに関して懸念していることが2つある。1つ目はボールの反発係数だ。

2024年のプロ野球の投高打低はハッキリ言って異常であり、多くの人々がボールの反発係数に対して疑念を抱いている。野球の最大の醍醐味は試合終了までまで何が起こるかわからないことや一発逆転であり、これは他のスポーツにはあまり見られない特徴だと思う。ホームラン数や平均得点が非常に低い値を示している今年のプロ野球は、そうした醍醐味が最大限に削がれた状態であると言える。

選手会は今年のボールの反発係数は基準値内であるとの発表をしたが、2011-2012の統一球問題の前例があるし、実際に異常な状況が続いたまま前半戦が終わろうとしているため、個人的にはあまり信用していない。これは推測の域を出ないが、もし『時短』をさせるためにボールの反発係数を低めに設定しているのであれば、これは愚策と言わざるを得ない。野球の持つ本来の魅力を捨て、時短すれば人気が上がるという机上の空論を優先することは賢い対応とは言えない。

もう1つの懸念が、審判の対応である。

6月15日の日本ハム対巨人2回戦にて、今まであまりなかった光景が見られた。9回表二死一塁の場面で、打者マルティネスの放ったショート内野安打の一塁上での判定を巡り、巨人阿部監督からリクエストが求められた。スロー映像を見る限り、非常にわかりづらいタイミングであり、試合を左右するような重要なシチュエーションであるため、あらゆる角度からの映像を何度も見て判断するべきプレーであった。しかし審判団は裏に行くやいなやすぐさまグラウンドに戻ってきて、判定通りセーフであることを宣告した。これに対してSNS上では「本当に映像を確認したのか」と物議を醸した。

ハッキリとわかる映像が無かったため判定通りとしたという可能性もあるが、審判の対応はとても複数の映像を確認したとは思えない早さであった。もしこの対応が『時短』というコンセプトの元に行われたものであるなら、NPBは非常に危機的な状況にあると言わざるを得ない。

前述した通り、人気の向上には既存ファンを留めておくことも非常に重要である。上記の審判団の対応を見てプロ野球ファンは何を感じただろうか。私は20年以上プロ野球を観てきたが、その熱量を打ち消しかねない程の不信感を抱いた。先発投手のグリフィンはこの回まで好投を続けていたが、この判定をきっかけにバルドナードにマウンドを譲り、試合後には判定についてネガティブなコメントを残した。結果的にそのまま巨人が勝利したからまだよかったものの、もしこの判定がきっかけとなって日本ハムが逆転勝利を納めていたら、巨人ファンの中には「頑張って応援しても審判団の理不尽な対応でイライラさせられるだけだから、もうプロ野球を観るのはやめようかな」と思う人も現れたであろう。これに限らず、NPBならびに審判団はファンが納得する対応や立ち振る舞いをすべきである。今回は巨人ファン目線で記事を書いているが、『時短』という至上命題が続く限り、この事象は全ての球団、そしてそのファンに起こり得るものである。

まとめ

先日、延長戦にタイブレークを導入する案があるとの記事を読んだ。それは本当にファンが望んでいるプロ野球の姿なのだろうか。なにか今のNPBの時短ムーブには、意味のないKPIを追い続けて本来のノルマ達成を忘れている会社員のようなチグハグさを感じる。

近年はメジャーリーグのルール変更に追従する流れがあるため、『時短の波』からは逃れられないのかもしれないが、同じスポーツでも日本には日本のプロ野球がある。NPBにはもう一度『どうしたらプロ野球人気が向上するか』から考え直してほしい。

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