『カレー野獣館 緑』 追篇完全版
龍歯拾箔医
何人もの人間が竜の歯と勘違いしており、何人もの人間が竜のせいで脱殻になっている
眼窩に無数の未知の金属を貯め込んで痛みで暴れ続ける竜、空を飛べなくなってから這うことをうまく学べない竜、数珠玉のようになる虫歯が猟者から狙われ無理やり虫歯をつくらされ続ける龍歯拾箔繁殖場から逃げてきた竜などさまざまな病んだ竜たちがこの丘で休んでいる
そこにまたあらゆる医術者から見放された者、この丘で自死しようとしに来た者、竜とともに死にたい者たちがこの丘にやってくる
この丘に自生する寝顔茸、霞違茸、縞火茸、襖茸、雪玉尾、雪廼茸、蜻蛉茸、彗茸はいずれも毒茸で食せないためにわたしが茸食いたさにおかしくなりはしないかと蝿茸や馬蹄茸や房すぐりを瓶詰にして麓から届けてくれる者もいるが、それらを丁寧な調理などまったくしないですぐに縞火茸や霞違茸などの少しの毒のある茸と一緒に煮込んでしまって、放置してあるのを、また麓から新しい瓶詰を運んできた者がそれを飯にかけて食してなにやら喜んだり麻痺したりしている
いまだ何人かの人間は勘違いをしており、何人かの人間は湿り気のある風とともに飛翔すべく長い長い間待っている
そしてそのうちの何人かは痛みで暴れる竜の殺意なき飛翔にまきこまれあっけなく死ぬ
減速しなければいけないこれからの飛行を繰り返し何回も何回も竜に教えこむ
根本的に異なる二種類の飛行を教えこむ
そんな竜の治療ともいえない行為の手助けをする人間たち
彼らが竜のうえに乗ることができたとしても竜たちも病んでいる
竜たちがいきなりはばたきをやめて乗っている人間が落ちてもわたしは構わない
肉はどこで腐っているか
腐肉をつきとめる虫たちの中には痛みを伴わずに人をこの世から消し去る麻酔を使うものもいて、それらの虫をこそ探しに来ている者たちもいる
炎天下で腐りたいものもいる
自死したい者もここに来る
竜は次々に逃げてくる
ほとんど飛ぶことのできない竜と無理心中のようにして丘から飛行する人たちが突然落下する横を巨大な蜻蛉が飛行する
てっとりばやく神格化された遠くの丘々には竜骨で占いをする詐師たちが小さな城を構えるにいたっている
この丘にも病気の竜の欠けた骨で無理やり占う者たちもいたがしかし彼らがどう占おうともここに集う者たちの暇な死の奇欲をどうにもこうにもなにすることもできない
そこに集っていく者が持っていた金はこの丘に来るまでに幾多の術者たちに奪われる
病骨を占ってもなんの益もないことを知った者たちはとうに去り、病み竜の皮を欲しがる商人たちもいまはいない
しかし白い重低音をたて続ける密閉された施設でどの竜を待っているのか知らないが、常に竜への治療を観察している存在がある
その白く曲がった汚れることのないふりの建物に曲がった光の照り返しの悪魔よけをまく者たちもすでにこの地を去った
暗い空とうす汚れた空が抱き合っている日にこそ飛行したい灰色の人とそれを覗きこむ灰色の竜が丘の上にいる一方、病んだ母竜の乳を絞って丘の上に乳城をつくる子たちがいる
竜たちとの共存はもっともっといろんなやり方があったはずだったが、いくつもの戦やいく種もの薬を新たに欲しがる者がそれらのありえた生を逃げてきた生を恥ずかしそうにやっと発症した共感しあう鱗をきりがないほどに潰していく
竜たちが過去に負った傷たちに勝手に感傷を感じた無数の者どもが今日も多数やって来たが彼らは数週間後には浮き沈みする飛翔が大好きな竜の背から滑り落ち、大樹の腫れ物にすらなれずそのほとんどが死んでいる
そうして腐った肉が肥やす層のなかから蜻蛉たちが孵化していく
また逃げてくる
竜が
病んだ竜が生んだ子の竜がその蜻蛉の飛翔を追っていくが剥離しやすい羽を持つ子竜の翼も蜻蛉の羽も突風が吹くともげてしまい、それらを暗算する目の見えぬ竜の子
幾多の竜が地を這っていてそこから海に戻ろうとし薄目をするものもいるが彼らが生き延びているはずもない
わたしはここで眼窩に無数の未知の金属をため込んでその痛みで暴れ続けている竜、空を飛べなくなってから這うことをうまく学べないでいる竜、海に戻ろうとする竜、その虫歯が宝石よりも貴重な石になってしまう竜、どんな闇のなかでもはっきり視えてしまう竜、自ら湯掻いた鱗で竜手術を難儀する医師まがいの真顔の竜、声の発条を明らかにし過ぎてしまう竜、苦悶が増すごとに巨身になってしまい続ける竜の治療をしている
しかしそれは治療とは呼べない
丘にはまた新たに逃げるように新しい茸が生えてくる
冷堕琉古
身体の熱冷まそとおもい地下鉄
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