#末期がんと余命宣告
こんにちは!
子育てママに光を当てる
葉山おしゃれセラピスト
井川ともみです🌈
週末のまるで台風のような暴風が過ぎ去り
穏やかに晴れていた土日の葉山
やまない雨はない
嵐は過ぎ去っていくもの
なのですね。
自然の力をつい自然災害と呼んでしまいますが
全て自然の現象に過ぎないんだよな、
と
感じるこの頃です。
そんな嵐が過ぎ去ろうとしていた土曜日
朝早く
単身和歌山の父のところへ向かう予定でした。
早めに出発して
いつもは通り過ぎてしまう大阪で
メディテーショントリートメント
ロックアンドボタニカ、オーナーマキさんと
ランチをしてから
和歌山へ向かおうと思っていたのです。
が、
朝起きてまだ雨がやまない葉山
海が近いからか風も強く
朝方はかなり風の音が響いていました。
で
携帯を開いてみると
なんと東海道新幹線が止まっている!!
最寄駅
逗子駅から乗ろうと思っていた
JR横須賀線も止まっている!!!
えーーーー😱
横須賀線はともかく新幹線が止まっていたら
和歌山どころか大阪までも辿りつかない、、
ネット情報では
正午以降に運転再開見込みとのことだったので
大阪でのランチは諦め
お昼過ぎから行くことに。
病院の面会時間が17時までなので
和歌山の病院へ着くためには
遅くとも
15時までに大阪に着いて
和歌山行きの特急に乗らないと間に合わない💦
ので
まだ動いていないと思ったけれど
とりあえず
お昼前に品川駅へ行ってみることに。
横須賀線が止まっていたので
大幅にダイヤが乱れた京急線で
品川駅へ
新幹線乗り場には人だかり
大きな紙には
東海道新幹線18時過ぎまで指定席は売り切れ、🈵と、、、、
ガーーーン😭
自由席で行くには東京駅から出ないと乗れないと判断し
急いで東京駅へ向かうも
新幹線乗り場は凄まじい人だかり、、
どこが入り口かわからないくらい
人がトグロを巻いていて
放送では
電車に乗るためのホームに人が溢れているので
閉鎖中だとか
うーん
新幹線が動き出せば乗れるかな
と思っていた私が甘かったーーー😂😂😂
笑
もしかしたら
どこから始まっているのかわからない
このぐるぐる巻きの行列に並んで
数時間待てば自由席に乗れたのかも知れない
でも
こういう人混みと
みんなが焦っているわさわさしたエネルギーが
大!!の苦手なので
早々に新幹線は諦めることに
飛行機かバスか?
とその場で色々調べたけど
別の方法で向えたとしても
どのみち17時までに病院へは
間に合いそうにない、、
夜に和歌山についても
病院へ入れなくて父には会えず
意味がないので
とりあえず
氣持ちを切り替えて
一旦葉山へ戻ることに。
(これ以上人混みが無理だった😂)
都会への電車の旅を終えて?
笑
葉山へ戻ったらすっかり晴れていて
嵐の後の澄んだ空気とキラキラの太陽が眩しい
はぁ〜
やっぱり葉山が好きだわぁ〜
って一氣に緩んで
ま、なるようになる
仕切り直しだな
と
頭を切り替え
翌日、
日曜日の新幹線を検索しようと思ったけど
予約サイトが繋がらない
深夜バスも空席なし
うーんどうしたものか。。
ここまでくると
行くことを諦める、という手もあるのだが
なんだか
行って
ちゃんとリアルで父の顔見て
生存確認しないと
落ち着かない、、
というのも
あと一週間生きられるかわからない
と言われて
駆けつけた5月の半ばから
ベッドを起こして
病院のご飯も義理母
(20年前に母と離婚後すぐに再婚しています)
が持ってきた差し入れも
美味しく食べて
テレビ見たり
笑って話ができていたり
びっくりするくらい
復活していたような様子だった父
毎週行こうかなと思っていたけれど
まだ元気だから無理してこなくて大丈夫よ〜
と
義理母に言われて
待機中の落ち着かない氣持ちもありながら
いつもの日常も慌ただしく過ごしていたのですが
嵐が来る前日に
なんか急に元気なくなってきて
話しかけても
少し喋るだけですぐ寝てしまうし
このまま寝る時間が増えていって
亡くなります
って
看護師さんに言われた
と
連絡があり
とりあえず数日帰れないつもりの用意をして
行こうと準備していたのが
土曜日、だったのです。
まぁ
あと一週間と言われて
話もできないかと思っていたけれど
話もできたし
義理母との最後の時間もゆっくり過ごして
好きなもの食べて
20日も生きた父
命の力
生きる力って
本当にすごいな、と
できたら
もう一度話せなくなる前にやっぱり行きたいと
妹と相談して
その日の夜から
妹の車でふたり和歌山へ向かうことにしたのです。
長くなったので、一旦ここまで
続きます。
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