生活ゴミまみれの街、電脳ジャンクがばら撒かされた砂浜、コンドムに汚された海

自然は汚い国では、部屋の中で潜む少年の頭の中で純粋な幻想が溢れ出そう
ゴミと沼を愛せず、山と海を愛する事は何処が悪いだろう?
例えそれは一生に掛かっても、旅をするための糧と足代を集める事ができなくても。
山と海とこの幻想への憧れは永遠とならば、もう食べる事も、歩いて金がかかる事も無ければ。
誰かが旅に赴く少年の自由な精神を妨げる事ができるだろう?
彼の髪が白くなったら、もう歩ける事は出来なくても。
すぐに鳥のように羽ばたき事を学べられるだろう。
人間はすべての幻想の星空を統べる唯一の主だ。
イギリス人やアメリカ人がそれはescapismなんぞを申するなら、彼らの段々スラム化してる街へ唾を吐き、一人の砂漠に溢れた真実の星を探すために存在する団地の小庵へ戻れ。
庵にいる無様と貧困の様子を見ず、頭の上に浮いて、貴方の視野外に存在するあの星を見る。あの星は貴方の故郷だ。いええ、貴方そのものかもしれない。ではなくば、なぜが貴方の視線はいつも彼処へ戻るだろ?あの星は貴方がここにいる星を見る眼そのものではないかな?
腹を治む、名誉を守る、そして家族の人と世界と国の治安への責任を果たす。それ以外の時間は土ではなく空と星の意味について考えてください。

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