「旦那さんは赤の他人。」/ショートストーリー

「だからね。結婚する前に言ったでしょう。」
「えっ。」

母は苦笑している。
本当に覚えていない。
母に何を言われたのだろう。

わたしは実家に遊びに来ていた。
母とは仲の良い友達みたいな関係。
それに比べ、父とわたしは父親と娘という関係のそれ以下でもそれ以上でもない。
母は料理教室を自宅でこじんまりと開催している。
わたしは母の教え子でもあった。
そのおかげで、旦那さんの胃袋を掴んで結婚したと友達に言われたことがあった。
そう言われるのには理由がある。

旦那さんとわたしは年が離れている。
旦那さんは見た目もかなり良い。
次男だしね。
そして、ある程度名の知れた会社で専務なとどいう職に就いているからだ。
それらが全てじゃないけれど、他人様からみたら旦那さんは結婚相手として結構な好条件なのだろう。

結婚したのは3カ月前だ。
みんなに祝福された。
両親も喜んでいたはずだ。
結婚に対して母から苦言めいた事やまして反対された記憶がない。
記憶を辿ってみるが思い出せない。
それとも思い出せないほど、うかれていたのだろうか。

いや。うかれていたのかもしれない。
初めて、旦那さんの両親と食事をしたときにちょっとした違和感を感じたのだが、わたしはそれを見ないようにしてしまった。
だって、本当に旦那さん自身が好きで好きで仕方なかったから。

だが。
結婚してまだ間もないと言うのに、今日わたしは母に愚痴を聞いてもらっている。
旦那さんとその両親についての愚痴を。

あの時感じた違和感がちょっとしたどころでなく、わたしをひどく落ち込ませることなのだと実感する日々。
旦那さんの両親とは住む世界が違うと言うか、価値観がまるで違う。
同居はしていなくても、付き合いがあるわけだからこの先うまくやっていけるのだろうか。
なにより、旦那さんがわたしの話しに親身になってくれないのだ。
自分の家族寄りの話しかたをしてくる。
あんなに好きで好きで仕方なかった旦那さんがまるで違うひとに見えて不安になる。

母にそんなことを延々と訴えていたら、言われたのだ。
「あなたが彼を紹介してくれて、あちらのご両親にも会ったときにね。ああ。これはって思ったの。」
母はそこで一口紅茶を飲むと穏やかな顔で話しを続けた。
「でも。あなた。彼に夢中だった。反対しても仕方ないし。だから言ったでしょう。」
なにを言われただろう、わたしは。

「彼は赤の他人。真っ赤な赤の他人。それは結婚しても変わらないって。」
わたしはあっとちいさく叫んだ。
とても大事なことを忘れていたのだ。
「ちゃんと良い距離をとりなさい。夫婦であっても。彼のご両親ともね。同居だったら大変だったわよ。」

旦那さんが赤のヒトだということをすっかり忘れていた。
旦那さんとご両親は本当に赤でも真っ赤のヒトたち。
わたしは正反対の青緑のヒトなんだもの。
母も青緑のヒト。
父は白のヒトだから誰とも合うのだ。

わたしたちは生まれながらの色を持っている。
普段はわからないけれど、意識すればちゃんと見える。
同じ色のヒトたちとは相性が良い。
反対側のいわゆる補色のヒトたちとは、惹かれやすいのだが一時的なもので結局合わないことが多い。

わたしは色違いに対して高をくくっていたのだ。
もしかしたら、いつかは自然と混ざり合うこともできるのかもしれない。
父と母のように。
無理やりに相手の色に混ざろうとか、逆に自分の色に混ざってほしいとか思わずに結婚生活を続けてみよう。
どうしてもだめだったら仕方ない。

「お父さんは生まれながらの白のヒトじゃなかったのよ。」
母はそう言って、手作りの総菜をお土産にと渡してくれた。
旦那さんの大好きなクリームコロッケだった。

わたしは笑顔で実家を後にした。



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