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学生時代の友達がいない自分への気持ちについて【ココロノマルシェご回答】

こんにちは!
自称・社会不適合者のための、生きやすさ創造カウンセラー
響心(にこ)です。

今回は「ココロノマルシェ」のご相談に回答します。

※ココロノマルシェとは?
無料のオンラインお悩み相談プラットフォームです。
根本裕幸師匠の「お弟子さん制度」を卒業した
実力派カウンセラーたちが、あなたのご相談にお答えします!


ご相談内容

たびたびお世話になってます。
お弟子さんにも何度か相談させていただきました。
自己嫌悪と少しずつ向き合っています。

以前、友達ができないことに関する悩みをお話しましたが、ここ最近趣味の場でも職場でも人とのコミュニケーションを昔より気楽にできるようになってきたかなと感じています。

ただ私の根っこにある思いはまだ変わっていないなと感じています。
それは『友達付き合いが苦手ですっと孤独を選んでいた自分自身』への恥ずかしさ、寂しさ、絶望感、悲しみです。
セルフイメージに『友達がいない自分』がこびりついていてデフォになってしまっている感覚があるんですね。
だから他の人が『友達と買い物した』とか『友達の結婚式に参加した』とか『友達と旅行した』とかとかそういうのを聞くと『自分にはそういう経験がない』『人生損してるんじゃないか』と感じてしまうんです。

今友達ができたとしても学生時代の友達がいないという事実を他人と比べてしまって、どこか自分が劣っているように感じてしんどくなります。
変えられない過去に執着してしまっているのは分かってはいるものの、『本当は学生時代にもっと友達とバカみたいに笑い合いたかった』『夜な夜な電話してみたかった』『一緒に旅行して青春の思い出を作りたかった』『20歳の誕生日に祝ってほしかった』『結婚式に呼んでもらいたかった』『結婚式に呼んでみたかった』『久々に会って「お互い老けたね」って言い合えるような友達がいたらいいのに』『他の人にはそういう友達がいるのになんで自分にはいないのか』『一人でも楽しめてはいるけど友達がいないのは人生損してる気がする』など、いろいろな思いが出てきます。

こういった過去への執着を和らげていくにはどうしたらいいでしょうか。

学生時代の友達がいない自分への気持ちについて(のんたむさんのご相談)|ココロノマルシェ

響心の回答

のんたむさん、はじめまして!
自称・社会不適合者のための、生きやすさ創造カウンセラーの
響心(にこ)と申します。

過去の自分が劣っているような思いがあるのですね。
変えられないことに対してネガティブな思いが湧いてしまうと
どう対処したら良いかわからなくなってしまいますよね。

ここまでののんたむさんの変化に触れながら、
ネガティブなセルフイメージと
今後どう付き合っていけば良いか?を記しましたので、
ご参考いただければ幸いです。


さて、のんたむさんは
自己嫌悪と少しずつ向き合ってこられた、とのこと。

ここ最近趣味の場でも職場でも人とのコミュニケーションを昔より気楽にできるようになってきたかなと感じています。

このように、以前よりラクになった実感もあり、
コツコツ向き合ってきた延長線上に変化を自覚できているのは
とても素晴らしいし、うれしいことですね!

そして、今回のご相談。

ただ私の根っこにある思いはまだ変わっていないなと感じています。それは『友達付き合いが苦手ですっと孤独を選んでいた自分自身』への恥ずかしさ、寂しさ、絶望感、悲しみです。セルフイメージに『友達がいない自分』がこびりついていてデフォになってしまっている感覚があるんですね。

これは、軽い部分が癒やされてクリアになってきたからこそ出てきた
次のステージの課題ではないかと感じます。

この思い自体は、以前からずっと抱えていた。
けれど、これまでは、目の前の問題に気を取られて
気づくこともなかったのかもしれません。

今は、これに対峙することができるほど
癒しが進んでいるのだと思います。

なので、ここまで進んできたご自分を
労ってあげていただきたいですし、
ネガティブな根っこが見えてきた現状も
順調に進んでいる証として受け止めていただきたいと思います。


ご相談文を拝見し、
もし私の対面カウンセリングにお越しいただいたら
これまでやってきた癒し等についてヒアリングしつつ
過去のご自分と向き合う方向で
お話を進めていきたいな、と思いました。

が、この場はテキストでの回答になるので、
過去の自分と向き合うにあたっての考え方をお伝えします。


「友達がいなかった」にもいろんなタイプがあります。

そもそも1人が好きだったり、
気が合う人がいなかったり、
友達付き合いより優先したいことがあったり、等
あえて友達をつくらない選択をするタイプの人もいます。

そういった人たちは
「友達がいなかった」という事実を
さほどネガティブに捉えていません。
事実は事実としてサラッとお話ししてくれたりします。

そう。実は
「友達がいなかった」こと自体は、単なる事実にすぎません。

そこに、のんたむさんの解釈が加わることで
恥ずかしさ・寂しさ・絶望感・悲しみなどの感情が発生しています。

文中、過去の自分にネガティブ感情を抱くことに対して
「過去に執着」という表現をされていましたが、
それは、角度を変えて見ると
理想的な友人関係の構築をそれだけ強く願っていた
のんたむさんの素直な気持ち
だと思うのです。

だから、執着(=のんたむさんの様々な思い)を
消そうとするのではなく、
ただただ受け入れて、感じてあげてほしいです。

「私って、友達がいなかったことを
恥ずかしいと思ってたんだ。」

「私って、友達がいなくて
寂しかったんだ。」
「絶望してたんだ。」
「悲しかったんだ。」

そのとき、湧いてくる気持ちを
否定したり責めることなく、ただただ見つめてあげます。
まるで、誰かの悩みをそのまま受け止めるように
過去の自分の思いをそのまま受け止めてあげてください。

過ぎてしまった事実は変えることができませんが、
それに対するのんたむさんの感情を解放して
ラクな見方に変換してあげることは可能です。

感情は、抑えず出し切ってあげれば昇華されていきます。
そのためには「感じ切る」ことが大事です。

このご提案は、その一助になる方法です。
もし書いた方がスッキリ感があるのであれば、
紙に気持ちを書き殴るのもOKですね!


深い感情って、根強い思考のクセも影響してきますので、
一発でクリアにしようとするよりは
長い目で見て寄り添っていく、付き合っていく
ようなイメージを持った方が
苦しくならずに済むと思います。

よろしければお試しください。


友達付き合いが苦手ですっと孤独を選んでいた自分自身

これがまさに
ご自身がコンプレックスに感じている部分だと思うのですが、
感情が解放されて視点が変わると
友達との付き合い方がわかるようになったり、
過去の経験から、孤独を感じている人の気持ちが理解できる。

いわば「人付き合いマスター」的な存在になれるのでは?
と感じます。

コンプレックスって、
裏を返せばその人の強みでもありますから。

のんたむさんの辛い経験が、
のんたむさんをさらに輝かせてくれる経験に変換できる日が
来ることを願っています!


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響心(にこ)
受け取り下手な私は「与える」「受け取る」が今年の課題です。 「おまえにチップ与えてやってもいいぜ」という方がいたら、受け取る練習をさせていただけたらうれしいです、、! より良い記事やカウンセリングを提供することで還元できたらと思っています。