『どこにでもある鍵屋...UNLOCK』 02.2
開かなくなったもの、なんでも開けます。 by 鍵屋
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このお話は、こちらの続きです。
第二話『白雪姫の遺言』
奥で作業していた虎史が、ノートパソコンと紙とペンを持って表れた。
「晏理、大丈夫?開きそう?......あ。こんにちは。虎史と申します。」
老紳士に向き直った虎史は丁寧に挨拶した後、木箱の鍵の方を向いた。
「虎史、ありがとう。とりあえず、今この文字列を平文に直そうと思ってたんだけど...。シーザー暗号がダメで、アナグラムを疑ってたとこだったの。でも、分かち書きされてるし、換字式を疑うのが定石だとは思うんだけど。」
「エニグマは試した?」
「エニグマ?なんだっけ、それ。」
「エニグマ暗号機。第一次世界大戦後に開発されて、第二次世界大戦時にドイツ軍が利用してたことで有名な暗号だよ。大戦中に連合国はその暗号の復号に成功してた。それが、ドイツ軍が敗北した一因じゃないかと言われている。暗号文はいたちごっこなんだ。暗号を作っては解読される。解読されるとなるとまた強い暗号文が必要になる。けれど、そこに規則性がある限り、破られないことはない。この繰り返しだよ。弱い暗号文を使うくらいなら、最初から使わない方がマシ。...そう、完全に秘密にする場合はね。でも、あわよくば誰かに解読して欲しいとなると話は別。」
虎史はその木箱に想いを馳せた。そして老紳士に視線を移した。
「これ、1950年ごろのものなんですよね?」
「ええ。そのように聞いております。」
「なら、エニグマ暗号機で解ける暗号かもしれないよ。晏理。確か、アラン・チューリングがエニグマ暗号機で解読したのが、1940年代だったはず。その少し後に作られた暗号文なら、可能性はあるんじゃないかな。
でも...手がかりが何もない状態でエニグマ暗号機で解く暗号を解読するのは難しすぎる。6桁の英語アルファベットなら、26の6乗でしょ。...全通り試す方が早いかもね。皮肉だな...。」
そう自嘲気味に言うと、虎史は考え込んでしまった。やけに時計の音が大きく聞こえた。
その直後、サキがベットで体を伸ばしながら鳴いたのを聞いた。
晏理は、ベットに向かいサキを抱いて、自分の足の間に納めながら、つぶやいた。
「そこまで、わかっているのなら、六文字の意味のある単語なんじゃない?エニグマか、アラン・チューリングにまつわる六文字の単語で何か思いつくものはないの?」
虎史は口元に両手を持ってきて、そのまま合わせた。
「EnigmaもTuringも六文字...もしくは、Appleか...」
「Apple?」
「そう。リンゴ。チューリングは青酸カリの染み込んだリンゴを齧って自殺したとされてる。Apple社のロゴマークが一口齧られてるのも、それが由来だっていう都市伝説もある。」
それを聞いた晏理は箱の元に向かい、しゃがみ込んだ。そしてダイヤルを合わせる。
A...P...P...L......E ...カチッ...
「ビンゴだよ、虎史。さすが。」
虎史は深いため息とともに、椅子の背もたれに身体を預けた。サキがベットの上から虎史の元にふらふらとやってきた。
「開きましたか。さすがプロの方々ですね。ありがとうございます。では、中身を拝見させてもらっても?」
「もちろんです。どうぞ。」
晏理は丁寧に木箱を老紳士のもとに手渡した。それを受け取った老紳士は、ゆっくりと、しっかりとした手つきでその木箱を開けて中身を見た。
「これは...書簡でしょうか。手書きで、正方形が三つ書かれていて、一つ目には水玉模様が、二つ目には縞模様が、最後は網目模様ですかね。それと...これは数式ですか?」
「そのようですね...。なんでしょうか。」
つづく
※フィクションです
では、また次の機会に。
参考にした文献は以下
"THE CHEMICAL BASIS OF MORPHOGENESIS" (A.M. Turing, 1952,Biological Science)