『どこにでもある鍵屋...UNLOCK』 02.3
開かなくなったもの、なんでも開けます。 by 鍵屋
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このお話はこちらの続きです。
第二話『白雪姫の遺言』
「え...。本当に?......見せて。」
いつの間にかベッドの上でサキと遊んでいた虎史がその言葉を聞いて、驚いたように飛び起きて、その書物を見にきた。
「何か知ってるの?」
「fish...zebra...すごい。こんなことがこの時代に?」
「これはすごいものなの?」
「うん!」
目を輝かせながら虎史は嬉々として語り始めた。
「まず、多分これは1952年に発表されたアラン・チューリングの論文の下書きか何かだと思う。チューリングは、暗号解読の仕事を終えた後に、晩年は生物学の研究をすることになるんだけど、その時期の論文だね。発生生物学において、今でも大きな影響を及ぼしている。コンピュータシミュレーションが今ほど発達していなかった時代に、この数式からどんな模様が生まれるかというのは難しくて、1970年代にシミュレーションの技術が確立されてからやっと論文になったんだよ。でも、これ見て。水玉もストライプも網目模様も全部書いてある。これが1950年のものだとして、アラン・チューリングの脳内ではこの画像が見えていたのだとしたら、こんなすごいことはないよ。やっぱり、天才だったんだね。」
「そんなにすごいものなんだ。中身がわかってよかったですね。」
「はい。これで安心して、引き継げます。ありがとうございます。お世話様でした。」
老紳士は深くお辞儀をして、帽子をかぶり、箱とスーツケースを手に、もと来た道を帰っていった。
陽がでているにもかかわらず、その道の空気は魔女が駆け回った後のように澱んでいた。
「こんな興奮ひさしぶりだよ。晏理。いいものが見れた。」
「発生学好きだったもんね?」
「うん!でもどうしてappleだってわかったの?」
「実はね。虎史が考える間に、頭の中で計算してたの。もし、この鍵を作った人が、開けてほしいと願っているならば、暗号をわざわざ難しいパターンにしないんじゃないかと思って。一番簡単な一個ずらしを続ける復号を試してみたの。そしたらね。One bite, and Snow White will sleep forever.って文が浮かび上がった。これ、白雪姫の有名な一文でしょ?アランチューリングとリンゴのエピソードがあるって聞いた時にピンときたんだよね。」
「なーんだ。晏理の方が先に辿り着いてたんじゃん。」
「いや。虎史の話を聞いてなかったら、この暗号を解読できたところで、鍵には気づけなかったよ。」
「...そういえば、チューリングは何故これを人に託したんだろう。難しいように見えて簡単なダイアルで開くようになってたわけだし、隠そうと本気で思っていたようには思えないんだよね。」
「うん。きっと誰かに見つけて欲しかったんだと思うよ。しかるべき人にね...。それは叶わなかったみたいだけど。
本当に、リンゴを食べて永遠の眠りにつくのは誰なんだろうね。」
After storyに続く
※フィクションです
では、また次の機会に。
参考にした文献は以下
"THE CHEMICAL BASIS OF MORPHOGENESIS" (A.M. Turing, 1952,Biological Science)