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#29 ホーフブルクとベルヴェデーレ(ウィーン)
ハプスブルク家の王宮・離宮として建築され、現在まで残り続ける宮殿はウィーンに多いです。ウィーン滞在中に宮殿は3つまわりました。最初はシェーンブルン、次にホーフブルク、最後はべルヴェデーレです。今回はホーフブルクとべルヴェデーレの記録をつけたいと思います。
ホーフブルク
ホーフブルクは建築されて以来、ハプスブルク家及び神聖ローマ帝国皇帝の王宮として利用されてきました。中は見学可能で、シシィ博物館をまわりました。シェーンブルンで買った「シシィチケット」によって、入場可能でした。(シシィチケットを持っていなければ、列に並ぶ前に券売機で購入する必要があります。)
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ちなみに王宮の広場にはこんな大きな像が2つも並んでいました。調べてみたら、1つは「カール大公像」とのこと。カールという名前は、カール大帝(フランク王国)、カール6世(マリア=テレジアの父)など世界史の教科書に出てくるので「どのカールだろう?」と考えていました。しかし、私にはあまり馴染みのない存在がこの「カール大公」でした。現地にも「カール大公」とは誰なのかという説明があまりなかったので帰国後に調べました。そしたら、ナポレオン戦争時にオーストリア軍を率いて勇名を轟かせた軍人だったようです。
現地に行くことで、知らなかった土地や存在が馴染みのある存在になっていくこの感覚!やっぱり旅はたまりません!
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ちなみにこの王宮に行きたかった理由として、「ガイドブックの定番スポット」だったからが挙げられますが、実はもっと強い動機がありました。NHKの「映像の世紀シリーズ」でナチスやヒトラーをテーマにしてオーストリア併合の話題になると、だいたいヒトラーが演説をしたこの王宮の映像が映し出されます。なので、実際に現場を見てみたかったんです!
ホーフブルクはオーストリアの象徴といっていい場所だったんですね。
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べルヴェデーレ
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次に向かった宮殿はべルヴェデーレ。ここは離宮だったようです。中は美術館になっています。とても人気の高い観光地なのでチケットがすぐに売り切れていました。
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チケットは時間予約で、私が入場券を手に入れた時間は15:00くらいだったのですが、17:30頃にならないと入れない仕組みでした。その2時間半くらいで宮殿直ぐ側のレストランで夜ご飯を食べました。
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入場時間となり、美術品をみてまわりました。この美術館で最も有名というクリムト作の「接吻」。本物かレプリカかわかりませんが、とても近くまで寄れて、写真も当たり前のようにOKになっています。文化財の保護体制として大丈夫なのか興味深いところでしたが、この美術館を面白いものとしている要因の1つではありそうです。
ウィーンの観光地はどこも豪華でハプスブルク家がいかに栄華を極めたかわかります。第一次世界大戦で王家は解体されますが、その影響はうまでも色濃く反映されていることがよくわかりました!
以上、ウィーンの2つの宮殿でした。