『君たちはどう生きるか』は『くるみ割り人形』だった話。作品の類似性(解説/考察)
※この記事には『くるみ割り人形』の類似性にのみ言及し、吉野源三郎先生の同名小説には全く言及していません。
※この記事は『君たちはどう生きるか』と『くるみ割り人形』のネタバレを含みます。
『君たちはどう生きるか』を観に行ったら、『くるみ割り人形』だった話。
私は出不精なので、公開4か月後になっても『君たちはどう生きるか(THE BOY AND THE HERON)』を観ていませんでしたが、最近公開された英語版予告編を観て、「これは『くるみ割り人形』だ!」と感じたため、観に行きました。
で結果、「本当に『君たちはどう生きるか』は、宮崎駿版『くるみ割り人形』」だった。という話です。
観る前に周囲の友人から聞いていた評判で共通するのは、
難解で
現実と非現実の境目がよくわからない。
というものでした。
そしてこれは、『くるみ割り人形』をベースにしていると思うと、とても的確な表現だなと思います。
『君たちはどう生きるか』がなぜ海外でウケるのか、くるみ割りを通すとわかってくるかもしれません。
三鷹の森ジブリ美術館企画展示「クルミわり人形とネズミの王さま展」について。
2014年、宮崎駿監督“引退後”の初仕事として注目を浴びたのが、三鷹の森ジブリ美術館企画展示「クルミわり人形とネズミの王さま展」でした。
AERA 2014年8月11日増大号の表紙にもなり、こちらにも詳しいことが載っているのだけれど、残念ながらこちらは現在は販売されていません。
宮崎駿監督の「『くるみ割り人形』の正直な感想」というページは重要だと思うので、そこだけここに載せます。
ちょっとワラワラっぽい子も居ますね。
そして三鷹の森ジブリ美術館のHPにも『くるみ割り人形』についてこう書いてあります。
これは私の周囲の友人達の『君たちはどう生きるか』の感想と一緒ですね。
『君たちはどう生きるか』を『不思議の国のアリス』だと感じた人も居るかもしれませんが、どちらかというと『不思議の国のアリス』には、「ここから幻想でここから現実です」という線引きがあるため、『不思議の国のアリス』的なのは『千と千尋』だと思います。
『くるみ割り人形』は、そのような線引きが無いのが特徴のメルヘンです。
くるみ割り人形(くるみ割り人形とねずみの王様The Nutcracker and the Mouse King)について。
そもそも『くるみ割り人形』とはどのような作品なのか。
『くるみ割り人形』はチャイコフスキーのバレエで有名ですが、これは実は別小説をアレクサンドル・デュマ((『三銃士』の作者))が編集したものを元にしており、
元々は、ドイツの作家、E.T.A.ホフマンが書いた『くるみ割り人形とねずみの王様』という児童小説です。
E.T.A.ホフマンが書いた『くるみ割り人形とねずみの王様』は難解だったため、デュマがわかりやすくエンタメっぽく編集したものがバレエに採用されたという形になります。
ホフマン版『くるみ割り人形』について簡単に説明すると、
==
主人公はマリーという女の子で、ドロッセルマイヤーおじさんからクリスマスのプレゼントにくるみ割り人形をもらいます。くるみ割りを助け、愛したマリーですが、お礼にくるみ割り人形にお菓子の国に連れて行ってもらい、夢のような時を過ごしました。それは夢と思われましたが、後日、ドロッセルマイヤーおじさんの甥っ子と名乗る男の子が尋ねに来て、自分はくるみ割り人形本人でマリーを迎えに来た、と言ったのです。マリーは人間になった彼の手をとり、お菓子の国に行って彼は王様、マリーは女王様となるのでした。
==
という感じです。これはめちゃくちゃ端折った簡単なあらすじで、類似点を分析するにはさらに細かい部分を説明する必要があります。
『君たちはどう生きるか』と『くるみ割り人形』のストーリー・シーンの類似点について。
まずドロッセルマイヤーおじさんですが、これは作者のホフマンをモデルとしており、主人公のマリーはホフマンの友人の娘マリーをモデルにしていると言われています。
このドロッセルマイアーおじさんが曲者で、本当か嘘かわからないことを言ったり、柱時計のフクロウかと思うといつのまにか人間になっていたりします。
・鳥かと思ったら人間 は類似点ですね。
ドロッセルマイヤーおじさんは、マリーだけにくるみ割り人形の悲しい過去について語ってくれます。(これは本来ならもっと後に判明する話なのですが、分かりやすさ重視でここに書きます。)
ある王国のお姫様が、ねずみの女王に呪いをかけられました。そこで時計職人のドロッセルマイヤーという男が王様の命令で呪いを解くことになったのですが、それには条件を満たす人間が必要でした。(この時計職人は、言いづらいだけで、ドロッセルマイヤーおじさん本人のことだとマリーは気が付きます。)
・時計モチーフ(『君たちはどう生きるか』では眞人の部屋の時計がアップで映ります。)
こちらの世界とあちらの世界で同一人物の人間が居る。が類似点です。
時計職人(ドロッセルマイヤー)が姫様の呪いを解く条件を満たしている人間を探していたところ、自分の甥っ子が条件に合致することに気が付きました。呪いを解いた人間は姫と結婚できる約束でしたし、甥っ子を連れて城に戻りました。
ところが、甥っ子は姫にかけられた呪いを解く際にねずみの女王を倒してしまったため、ねずみの呪いでくるみ割り人形に変身させられてしまったのです。姫の呪いは解けましたが、姫はくるみ割り人形になってしまった甥と結婚することはなく、ドロッセルマイヤーおじさんはくるみ割り人形とともに城を去るのでした。
その後も、ねずみの女王の子孫である、ねずみの王様(頭が7つある)が、くるみ割り人形の命を狙いにやってくるわけです。ねずみの王様がねずみの兵隊を連れた姿は、『君たちはどう生きるか』のインコの王様とインコの兵隊の姿にとてもよく似ています。
・王様、兵隊モチーフが類似点です。
ねずみの王様とくるみ割り人形はマリーの家で争いになります。その時マリーはくるみ割り人形を助けるためにねずみの王様にくつを投げつけ、腕を痛めて床に倒れ伏します。そのまま意識を失うのですが、目を覚ますとマリーは自分のベットに横になっていて、外科医の先生と母親がそばにいるわけです。
そこでねずみとくるみ割り人形の話をすると、おかあさんは 夢でも見たのかしらというふうでちょっと相手にしてもらえません。あなたは夜中誰も見ていないときにガラス戸棚に肘があたって腕を切ったのよと言われます。
・外科医が必要なケガをして目が覚めたらベットだった。さきほどあったことを話しても夢だと思われる。同じ展開ですね。
ねずみの王様は夜な夜な、マリーのもとに表れて、くるみ割りをかじって欲しくなければ、お前のお菓子や服をよこせと言い、マリーが朝起きると本当にねずみによってマリーのお菓子や服が食べられてしまっています。
・アオサギが眞人のところに来て、眞人に嫌なことを言うシーンによく似ています。この辺からかなり"現実"と"幻想"があいまいになってきます。ある日、くるみ割り人形が目を覚まし、マリーへ感謝を伝え、ねずみの王様との決着のために剣が必要だと話します。マリーは兄弟に事情を話し、兄弟のおもちゃの兵隊の剣を譲り受け、それをくるみ割りに渡します。かくしてその剣のおかげでくるみ割りは7つの頭をもったねずみの王様に打ち勝つことができたのでした。
そのお礼にくるみ割りはマリーをお菓子の国に招待します。このお菓子の国は、マリーのクローゼットのコートの袖から入ることができるのですが、『君たちはどう生きるか』でもクローゼットにあった棒を使ってアオサギと対峙したり、その棒がそのまま残っているかどうか、クローゼットを開いて確認するシーンがあったりして、かなり重要なモチーフになっています。また、眞人が大伯父に会うときに開いたドアもちょっとクローゼットと引き出し風だと思いました。これは流石に考えすぎかな。
・重要モチーフ クローゼット
お菓子の国でマリーはとてもすてきな時間を過ごしました。そして目が覚めたあと、周囲からはそれは夢と思われましたが、彼女の手元にはねずみの王様が被っていた7つの王冠も残っていました。
・眞人の手元に石が残っていたのと似てますね。
そしてドロッセルマイヤーおじさんの甥っ子という男の子が尋ねに来て、自分はくるみ割り人形本人でマリーを迎えに来た、と言い、彼女はお菓子の国の女王様となるのでした。
『お菓子の国』、『塔の中の国』とは?
ここで重要なのは、「マリーが現実の世界から離れて行った、『お菓子の国』ってなんなの?」ということです。
実は悲しいとこに、現実のホフマンの友人の娘マリーは病気がちで若くして亡くなっています。
そしてそんなマリーに向けてこれが書かれたということは、
・お菓子の国とは、亡くなったマリーがハッピーエンドを迎えられる別世界なので、生前・死後の世界と言って良いと思います。
おじさま(ホフマンでありドロッセルマイヤーおじさん)は若くして亡くなったマリーのために、特別な世界を作ったわけで、『君たちはどう生きるか』の塔の中の国も同等ではないでしょうか。
『君たちはどう生きるか』のラスト、崩壊していく世界でヒミが「おじさま、ありがとう」と言った時、私は、ホフマンが子供のために物語を作った意味があったなと思いました。宮崎駿監督が子供たちのために世界(物語)を作っていたことにも通じるなと。
『君たちはどう生きるか』は古典メルヘンへのリスペクトと回帰と言える作品だと思います。
『不思議の国のアリス』と思って混乱するくらいなら、『くるみ割り人形』を読んだ方が良い!と色んな人に伝えたくてこの記事を書きました。
また、「宮崎駿監督が商業主義を意識せず、リミッターが外れるとこのような表現になるのだ」という意見もあり、いや、それはホフマンへのオマージュなんだよ、宮崎駿監督は相変わらず、人に伝えるための丁寧な表現を心がけているんだよということも言いたくて書きました。
作品が難しいなと感じた人のために、ちょっと参考になれば嬉しいなと思います。
<参考>
(1)三鷹の森ジブリ美術館企画展示「クルミわり人形とネズミの王さま展」当時のファミ通の記事。
宮崎駿監督“引退後”の初仕事 三鷹の森ジブリ美術館“クルミわり人形とネズミの王さま展”をリポート - ファミ通.com
(2)原作の細かい箇所の確認については、中央出版株式会社さんの『くるみ割り人形』(作:E.T.A.ホフマン 絵:サンナ・アンヌッカ 訳:小宮由)を参考とさせていただきました。マリメッコのデザイナーとして活躍するサンナ・アンヌッカによる挿画が魅力の素敵な本です。
くるみ割り人形│アノニマ・スタジオ|中央出版株式会社
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?