[兄が死んだ③] 葬式。もう通常運転な私だった。
兄が死んだ①
「なぜ兄は、今日、人生を終わらせたかったのだろう」
兄が死んだ②
「親の愛情が計量計のように見えたら、皆苦しまないで済むのに」
葬式の日。
新品の喪服に袖を通す。
袖を通すと実感がわくのか、とても憂鬱な気分になった。
着替え終え、リビングへ行く。
娘が「かっこいいね〜」と言ってきた。
笑った。
父からチョコをもらった。
渡すことができなかった、父から職場の女子へのお返しホワイトデーチョコだ。
チョコの箱についていたハート付きゴムを、娘が気に入ってしまった。
頭にゴムを通し始めた。
ネックレスみたいになった。
いやいや今日、何の日か分かってる?いや、2歳にはわからんか〜と夫と笑い合う。
先日、父が「タバコ買いに行くの忘れてた」と言っていた。
火葬する際に、棺に一緒に入れてあげたいらしい。
夫もタバコを用意することにしたそうだ。
そうなると、私も何か棺に入れるものを考えなければならない。
アニメが好きだったからジャンプとか?
ググると、分厚い本はダメらしい。
手紙を入れる人が多いそうだ。
一人で部屋にこもり、紙とペンを持つ。
5分経過。
なに書けばいいんだ?
B4の紙がやたらと大きく見える。
全く思いつかず、斜め上を見あげて、口を半開きして「あー」と言ってみた。
視線の先に本棚があった。
記憶が正しければだが、初めてお小遣いで買った本が見えた。
「答えが運ばれてくるまでに」 時雨沢 恵一
高校生ぐらいの時に買った気がする。
買ってから6回引っ越しをしているのだが、ずっと連れてきた。
もう10年以上経ってるから日焼けしてボロボロだ。
この本は何度も何度も読み返した。
心が楽になる本だった。
あの時の私にとってはHP回復できる聖域のようなものだった気がする。
もう今は読み返すことはなくなった。
この本を兄の棺に入れよう。
最後に白紙のページがあった。手のひらサイズの本なので、このくらいのペースになら何か書ける気がした。
これ、私のおすすめの本です。
君の心は君のものだから、君の選択を責めることはしないことにした。
父や祖母やその他大勢はなんか色々言っているだろうけど、気にすんな。
私は君の苦しみを、多分だけど、気がついていました。
でも、悪いとは思っているけど、やっぱり家族だからといっても、私は君を愛することはできなかった。私は薄情な人間です。
でも君が、家族や人に対して愛情を求めた感情は、私なんかに比べて遥かに人間らしいものだったと思う。
にぃは認めたくないかもしれないけど、君は自分が思っている以上に自分のこと大好きだったと私は思うよ。
私も自分が嫌いで大好きなんだと認めたら少し楽になった。
次、試してみなよ。(失敗した時はごめん)
こんな感じのことを書いた。
酷い妹をもったものだなあ。
と思いつつも、嘘や綺麗事を言ってもバレる気がして、思いつくままに書いた。
準備は整った。
文字を書くことは私にとって、やはりよかった。
今日は、一昨日に葬儀場へ向かった時ほどの、憂鬱な気持ちはなかった。
葬儀場へ到着したら、兄はすでに棺の中に入っていた。
花が沢山飾られていた。
花の一つに、祖母の名前が大々的に書かれていた。
父と弟も喪服に着替えていて、準備万端だった。
葬儀場の人が
「足を崩してもらっていいので。足の痛みで気持ちがそれるぐらいなら、楽にしてくださって大丈夫ですから。お気持ちが大事ですから。小さなお子さんも、好きなようにしてていいのでね」
と言ってくれてた。
その通りだと思った。
"足痛いなあ"ってずっと考えているぐらいなら、兄との思い出でも思い出してあげた方がよっぽどいいだろう。
お坊さんがやってきた。
最近のお坊さんは坊主じゃないんだあ。
そしていきなり御経が始まるんだあ。
しっかりと葬式に出たのは初めてだった。
蝋燭の火が大きく揺れた。
見間違えだろうな。
父はずっと泣いていた。
目を閉じ、手を合わせている。
父は今、何を考えているのだろうか。
娘はお坊さんにビビって私の膝で小さくなっている。とても温かい。
私はすぐに足をくずしたが、父も弟も夫も足をくずさなかった。
15分ぐらい経った時、娘は動き出す。
少し助走をつけて、
何をする気だ、君…
畳に向かって正座ジャーンプ!
だよね〜
かなり大きな音が響いたのだが、流石です、お坊さん。
微動だにせず御経を読み続けている。プロだ。
畳の部屋から出て、娘についていく。
何をしているわけでもなかったが、徐々にお腹が張ってきた。
普段、張り止めの薬を飲んでいるのだが、御経中に水を飲んでもいいのか分からず、少し我慢することにした。
30分程度で御経は終わった。
御経って思ったより短いのか。
後で夫に聞いたら、九州では何時間もやる。今日の御経は、かなり短いものだったらしい。
結局、男3人は最後まで足をくずさず正座していた。
夫は、父が足を崩していないから崩せなかったそうだ。
男3人、椅子にかけて身動きできなくなっている。
あれだけ葬儀場の人が言ってくれたのに…
なんで頑張るのか、私には理解できなかった。
葬式のあれこれの知識がなく、私が物を知らない無知だからそう思うのだろうが…。
父は何を、なんのために頑張っているのか…と内心思ってしまった。
御経が終わり、棺に花や物を詰める。
もう顔の布はかかっていない。
右半分はへこみ、倍以上に腫れていた。
少しどきっとした。
娘の方を見たが、お花に夢中だった。
丁寧に花や物を入れる。
父は大事そうに、小さな白い紙に包んだ何かを顔の近くに置いた。
中身は聞かなかった。
私も手紙を書いた本を、兄の足あたりに置いた。
「これ、私のおすすめの本。特別にあげるよ」
遺体になった後の兄にかけた、最初で最後の言葉だった。
コーヒーを葉っぱに湿らせて口に運ぶことを、葬儀屋さんが提案してくれた。
兄の顔を見たら死因は容易に想像できるだろう。
葬儀場で働いているのだから慣れているのかもしれないが、それでもこの人は私達や兄に対して丁寧に接してくれているのが伝わってきた。
花は、持ち帰る1つ以外は全て棺に入れていいと言ってくれた。
みんな最初は丁寧に1本ずつ入れていたが、徐々に雑になりドサッと入れていく。
私はそれをついツッコんでしまったが、だれも笑ってくれなかった。
当たり前か。
あれ?もういつもの私な気がする。
通常運転だ。
今日という日は、一生忘れられない日のはずなのに。
棺を車に乗せ、火葬場へ向かう。
車の助手席に座りシートベルトをすると、葬儀場の人が来た。
兄の遺影を渡された。
"え、私が持つんですか?"と内心思ったが、渡されるがまま持ってみた。
兄と目が合う。
なんか怖いなあ。
火葬場につくと、そこには沢山の喪服を着た人たちがいた。
同じような日に何人も亡くなるものなのかあ。
循環しているんだなあ。
火葬場に着いた後は、流れ作業だった。
大きな機械音がする部屋に着くなり、工事現場のような服装のおじさんが来て「あ、もういいですか?お別れです」
ボタンひとつ押して火葬開始。はい、次は控室場所に案内します〜
人を燃やすボタンを、電子レンジのボタン押す時と同じテンションで押せるようになるんだなあ。
人間って慣れるよね。
順応するんだね。
私達看護師も同じようなものか。
人の死に慣れていっている感覚がある。
棺を閉める前、兄の顔をまじまじと見た。
もう、どきっとすることもなかった。
見慣れてしまった。
火葬が終わるまで2時間程の待ち時間。
昼食メニューを見ると、冷凍のパスタ800円。
いい商売してるなあ。
父は火葬場の人の対応に不満を漏らしていた。
本当は火葬場にお坊さんを呼ぶことも考えていたらしい。
数年前父は、
「俺が死んだ時は葬式なんてやらなくていい!なんでかって?葬式なんて、あんな恥ずかしいことはないからなー」と言っていた。
いざ自分の身内が死んだら、色々やりたくなってしまうものなのかな。
私は死ぬ前に、葬式の形式や御経についても全て指定して書き残しておこう。と父を見て思った。
火葬終了までの待ち時間、机に遺影を置く場所がある。
そして移動している時、遺影を前から見えるように持ち、歩く。
チラチラと周りの視線を感じる。
はいはい。若者の遺影で気になりますよねー。
死因とか気になりますよねー。
確かに周りの人達の遺影は、全てお爺さんかお婆さんだった。
なぜ遺影を見せびらかすようにして、歩かなければならないんだ。
周りの視線に苛立ちを感じ、私は途中から脇で抱えるようにして遺影を持っていた。
罰当たりな行動?なのかも分からないが、見世物じゃないんだよ。という気持ちが勝ってしまった。
火葬が終わった。
兄は白い骨になっていた。
なんか、あっけないなあ。
骨を箸で拾って入れる。
九州では家族や親戚中の人みんなで骨を入れるらしい。なので余裕で1時間ぐらいかかるらしい。
夫にそれを聞いていたから、今からが大変と思っていたが、工事現場のようなおじさん2人でちゃっちゃと箱に入れていっているのを、ただ眺めているだけで終わった。
「喉仏が、仏様が手を合わせているように見えます。こんなに綺麗に残ることは滅多にありません。専用の箱をご購入されて別で飾られる方もいらっしゃいますが、いかがしますか?」
いや、こんなタイミングで商売するな。
雑な火葬場なら、最後まで雑であれ。
こんなことはちゃっかり商売して、小銭を稼ごうとするな。
父が買うなんて言い出したらどうしようかと思ったが、断っていた。
よかったー。
娘は遺骨を見て、夫の背中に回っていた。
2歳でも、本能的に人骨に恐怖心を感じるものらしい。
やっと全ての儀式が終わったーーー。
と思ったが、父が夜ご飯はどうするか聞いてきた。
夫が気をきかせ、「今日ぐらいは家族一緒にご飯を食べて過ごそうか」と言ってきた。
まあ、確かにそうだ。
早く家に帰りたかったが、このメンバーでご飯を食べるタイミングはこの先何年、もしかしたら何十年先までないかもしれないから、夜ご飯を一緒に食べることにした。
娘が偏食の時期のため、「焼き肉は?」と父に提案した。
焼肉屋さんなら、偏食娘が絶対的に食べる、タンと唐揚げがある。
「お前な、人が亡くなった後は肉食べちゃいけないんだぞ」
「なんで?」
「そういうものなんだ」
意味を理解していないことを何故そこまで準ずれるのだろうか。
九州の一部の地域ではそういう風習があるらしい…。
定食屋さんで夕食を済ませた。
父の自宅に行き、祭壇?のようなものの組み立てを夫が手伝ってくれた。
そこに大きな遺影を飾る。
父は毎日、この遺影を見て過ごすのか…
私は無理だなあ。
正直そう思ってしまった。
でも、夫が亡くなった後に自宅に置くことを想像したら、別に嫌ではない。
あ、私は兄だから嫌なのか。
やっと自宅に帰れた。
どっと、疲れがきた。
慣れない儀式もだが、自分が思う以上に頭がフル回転していたみたいだ。
疲れすぎて無口になってしまう。
機嫌が悪いと夫は思ったのか、「大丈夫?」と聞いてきた。
疲労から本当に言葉を発する余力もないと弁明した。
最低でも、1ヶ月は父と会いたくないなあ。
休憩をくれ。
距離を置かせてくれ。
今日も3人で川の字で寝る。
娘より先に寝てしまった。
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