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地獄耳は、危険を知らせるサイン

良く聞く、地獄耳とは、自分の悪い噂を聞き逃さない人、つまり勘の鋭い人、回りから嫌われている人のイメージがある。

実は、別の意味があり、本当耳が良く聞こえ、聡明な人を差すと言う意味がある。

私が知る、Aさんは(女性30代会社員)特に色んな事が音や、声になって聞こえると言う。

Aさんは、幼い頃から他人が気づかない音に敏感だった。何かが起こる前に、空気の振動を感じ取るようにして音が聞こえてきた。
会社ではその能力で危険を回避し、重要な情報を掴むことで周囲から一目置かれていた。
だが、彼女の耳はただの利便性ではなく、時に恐ろしいものも拾ってしまうのだ。

Aさんが久しぶりに実家に帰る決断をしたのは、両親が彼女に頼んでいたリフォームの相談がきっかけだった。
昔ながらの古民家で、トイレは汲み取り式、風呂は薪で焚く。
どこか不気味な空気が漂う家だったため、Aさんはこれまで何度も足を運ぶのを避けてきた。
今回も気が進まなかったが、両親の頼みには逆らえず、しぶしぶ戻ることにした。

実家に到着すると、古びた廊下を歩くAさんの足音が響いた。家の隅々に埃がたまり、薄暗い空間が一層不安を掻き立てる。
家の巡回中、Aさんはふと、不自然に塞がれた壁に気づいた。
そこにはかつて「はばかり」と呼ばれた昔のトイレがあったらしいが、祖母が塞ぐように指示し、長年触れられていなかったという。

夜になり、Aさんは昔使っていた自分の部屋に戻り、布団を敷いて眠りに就こうとした。
静かな夜、家の軋む音や虫の声が彼女の耳に心地よく響いていた。だが、突如として、不気味な声が微かに聞こえ始めた。
年配の女性のしゃがれた声が、何かを呟いている。

その声は、壁の向こうからだ。Aさんはその場所が例の「はばかり」だと気づき、背筋に冷たい汗が流れた。
壁に耳を当てると、はっきりと聞こえたのは、祖母の声だった。
しかし、その声は彼女の知る優しい祖母のものではなく、怒りと憎しみを帯びた、冷たい罵詈雑言を母に浴びせているものだった。
Aさんは目の前の壁に、まるで祖母が封じ込められているような感覚を覚えた。
息を呑み、彼女は急いで祖母の部屋を確認しに行った。
祖母は、デイサービスで疲れて寝ているはずだ。
襖を開けると、暗闇の中で小さくなった祖母が静かに寝息を立てている。
安堵する一方で、ではあの声は誰のものなのかという恐怖が再び胸に押し寄せてきた。

その時、廊下の奥に父の姿が見えた。いつの間にか起きていたのだろう、彼は青ざめた顔でAさんに囁いた。

「お前も、聞こえたのか…」
Aさんは、うなずくことしかできなかった。

「台所で話そう…」
父の背中を追いかけながら、Aさんは胸の中で次第に膨らむ不安に押しつぶされそうになっていた。
この家に何が隠されているのか、そして、封じられた「はばかり」の壁の向こうにいるのは一体誰なのか。
だが、それを知るためには、夜の闇の奥深くに潜む真実に向き合わねばならなかった。

台所に座り込んだAさんと父は、互いに言葉を失っていた。
台所の古びたランプの薄明かりが、二人の顔をぼんやりと照らしていた。Aさんは父の青ざめた顔を見ながら、ゆっくりと口を開いた。
「お父さん…あの壁の向こうで聞こえた声、祖母の声だったよ。母への罵詈雑言を…」
父は重い沈黙の後、深く息をついて話し始めた。
「お前には話してなかったが、あの『はばかり』には秘密がある
。実はな…お前の祖母、つまり私の母は、ずっと嫁いできたお前の母に対して恨みを持っていたんだ。
外では優しく振る舞っていたが、裏では激しい怒りと嫉妬を抱えていた。」
父の声は震えていた。
Aさんは幼少期、祖母と母が仲良く見えた記憶しかなかった。
だが、その裏では、長年にわたり母は祖母からの静かな虐待に苦しんでいたという。
特に、「はばかり」で祖母は悪意を持って母の陰口を言い続けていたのだ。
「母がこの家に嫁いできた時、祖母は表向きは歓迎していたが、実は内心では息子を取られたという思いが強かった。
それが積もり積もって、あの『はばかり』で毎日のように母の悪口をこぼしていたんだ。誰も聞いていないと思ってな…しかし、家というのは、人の思念を吸い込むものだ。特にあの『はばかり』は、祖母が何十年も母の悪口をこぼし続けた結果、怨念が渦巻く呪いの場所になってしまった。」
Aさんは、身震いした。家の壁にさえ、何十年もの憎しみと悪意が染み込んでいるというのか。

「母が弱ってからは、祖母も表立って口に出すことはなくなったが、それでも、あの場所で彼女の怒りは消えなかったんだ。
そしてついには、母への憎しみがあの壁に封じ込められてしまった
。今では、その怨念が形を持つようになって、時折誰かの耳に届くんだ…お前が今夜聞いたようにな。」

Aさんは信じられなかった。
祖母は優しい人だと思っていたし、そんな暗い感情を抱えていたとは想像もできなかった。しかし、父の言葉には嘘がないことを感じ取った。
「でも、どうして今夜、私がその声を聞いたの?」
父は苦しげに顔を歪めた。

「それは…お前が、この家の血を引いているからだろう。お前は特別な耳を持っているだろう?その耳で、長年封じられてきた祖母の怨念を感じ取ってしまったんだ。」

父の言葉を聞いて、Aさんは全身が冷たくなった。彼女の地獄耳は、危険を察知するだけではなく、この世ならざるものをも拾い上げてしまうのだ。
「それなら…あの壁はどうすればいいの?リフォームの話が出ているけど、壊してしまえばもっと酷いことが起こるの?」
父はしばらく沈黙した後、低い声で答えた。

「壊すことはできない。お前の祖母は、あの場所に怨念を残したまま、この家を去ろうとしている。
あの壁を壊せば、その怨念が家全体に広がり、もっと恐ろしいことになるだろう。だから、祖母が生きている限り、あの『はばかり』は封印されたままでなければならないんだ。」

Aさんは、目の前にある事実の重さに押し潰されそうになった。
この家に潜む怨念は、祖母が命尽きるまでそこに居続ける。
彼女の「聞こえる耳」は、今後もこの家の奥深くに隠された感情を拾い続けるのだろう。

その夜、Aさんは眠れなかった。
廊下の奥に封じられた「はばかり」から、また声が聞こえてくるのではないかと、耳を澄ませてしまう自分がいた。

翌日、Aさんと父は、地元の神社に相談し、神主にお祓いを依頼することにした。神主は古くから家や土地にまつわる霊的な問題に精通しており、祖母の怨念が「はばかり」に染みついていることをすぐに理解した。

「この家には長年の思念が溜まっています。そのまま放置すれば、家全体に悪影響を及ぼすことは避けられません。しかし、お祓いと適切な儀式で鎮めることができるでしょう。」

神主の言葉に、Aさんと父は安堵した。
神主は、その場所がただの「怨念の溜まり場」ではなく、ある種の神聖な力も宿していることを説明した。

長年にわたる祖母の怒りや憎しみは確かに危険だが、その感情自体が強力なエネルギーとなり、正しく祀れば家を守る力にもなり得るというのだ。
お祓いの日、神主は真っ白な装束をまとい、家の中を清めながら「はばかり」に向かった。
古びた壁の前で、神主は長い時間をかけて祈りを捧げ、鈴を鳴らし、怨念を鎮めるための儀式を行った。
Aさんはその様子を見守りながら、自分の耳に再び不気味な声が聞こえるのではないかと恐れていた。しかし、神主が儀式を進めるにつれて、家全体が静まり返り、どこか清浄な空気が流れ始めるのを感じた。
儀式が終わると、神主はAさんと父に向かって話し始めた。

「怨念は鎮まりましたが、この場所が二度と悪い思念を呼び寄せないようにするために、ここに祠を設け、日々の祈りを捧げることが重要です。
特に、お祖母さまの魂が安らかに眠るように、彼女への感謝の気持ちを込めて祈りを続けることが必要です。」

その後、Aさんの家では、封じられた「はばかり」の前に小さな祠が建てられた。家族は毎朝、祠に向かって祈りを捧げるようになった。
特に母は、祖母の苦しみや憎しみを受け止め、彼女の魂が安らかに成仏するようにと、心を込めて祈り続けた。

それからしばらくして、Aさんは家に帰る度に、かつて感じた不気味な気配が消えたことに気づいた。壁の向こうからはもう声は聞こえないし、家全体がどこか落ち着いた雰囲気に包まれていた。祖母もその後、静かに亡くなったが、家には彼女の怒りや憎しみはもう残っていなかった。

Aさんは自分の地獄耳を通じて、家族の歴史と祖母の心の闇に触れた。しかし、その闇を解消し、祖母の魂を鎮めることで、家には新たな安らぎが訪れたのだった。祠の前で祈りを捧げるたびに、Aさんは祖母に対する感謝と、家族の絆を深く感じるようになった。

Aさんは、祖母の死後、実家に戻る機会が増えていた。リフォームが完了し、かつての薄暗く不気味な雰囲気はすっかり一掃され、明るく住みやすい家に生まれ変わった。
Aさん自身も少しずつ、この家に対する不快感や恐怖心を薄れさせ、心地よさを感じ始めていた。

その日、Aさんは仕事が終わると急に実家に戻りたくなり、連絡もせずに夜遅くに家に着いた。時計を見ると、午後8時を過ぎていた。家の中は静かで、父はどこかへ出かけていたようで、母しかいないようだった。
Aさんは玄関を開け、リビングに向かう途中で、母の小さな声が聞こえてきた。
母が電話で誰かと話している。相手は誰なのかは分からなかったが、その声ははっきりと耳に届いていた。
Aさんは無意識に足を止め、耳を澄ませた。
「やっと死にやがった…あのくそばばあ…」
母の言葉にAさんは衝撃を受けた。母が祖母に対してこんな激しい感情を抱いていたなんて想像もしていなかった。

「アイツがトイレで私の悪口言ってるのはずっと分かってたし、夜になると聞こえてくるんだよ。でもね、あの『はばかり』のせいでどんどん酷くなっていった。だからリフォームしようって正解だったわ。」

Aさんの心臓が一瞬、止まるような感覚に襲われた。
リフォームは単に家を新しくするためのものではなかったのだ。母は意図的にあの「はばかり」を封じたのだ。

「それに、私もね…屋根裏で5寸釘を打ち続けたんだ。アイツがまだ生きていた頃から、毎晩のように釘を打って…」

その言葉を聞いた瞬間、Aさんの頭の中に記憶が急激に蘇ってきた。祖母が亡くなる前、Aさんにだけ聞こえた祖母の憎しみと呪いの言葉。忘れようとしていたが、今、その全てが鮮明によみがえってきた。

忘れたかっのだ、今日の夜が峠です医師の説明を受け、親戚が集まり見守る中、祖母が病院で息が完全に停止したのが、そこにいる者は皆分かった、
次の瞬間、祖母は目をカッと開き、上半身を起こしたまたま、近くにいたAさんに抱きつくような格好になり、その後ベットに何事もなかったように戻り動かなくなった。
あの時、祖母はAさんに向かってこう言っていた。

「この家の女は…皆、私を裏切る…あの嫁も、そしてお前もだ…私の言葉を忘れるな…私が死んでも、この家には私の呪いが残る…私の怨念は消えない…」
Aさんはその言葉を封じ込め、忘れようとしていた。
しかし今、母の言葉を聞いてしまったことで、その記憶が一気に呼び戻された。
祖母の呪いが、まだこの家に残っているのだという恐怖が全身を貫いた。

震える手で壁に寄りかかり、Aさんは母がまだ話し続けていることに気づいた。
「…でも、リフォームのおかげで、もうアイツの声は聞こえなくなった。これでやっと静かになる…」
Aさんは、その場から逃げ出したい衝動に駆られたが、足がすくんで動けなかった。
母が祖母に対して抱いていた憎しみ、そして屋根裏で行われた「5寸釘」の儀式。
これが祖母の怨念をさらに強め、家全体に呪いをかけたのだろうか。
リフォームによって見た目は一新された家。
しかし、その根底に流れるものは何も変わっていなかった。祖母が亡くなっても、その呪いはまだこの家に息づいている。
そして、母もまた、その呪いの一部となっているように思えた。

Aさんは胸に重くのしかかる恐怖と共に、祖母の呪いがいつか再びこの家を覆い尽くすのではないかという不安を拭い去ることができなかった。

Aさんは、この日からまた実家に戻ることが億劫になった。
そして、忘れていた祖母の最後の言葉が耳から離れない。
あれには続きがあった。
「あいつは、お前の母はもう死んだか?、だったら次はお前の番だ。」
最後にあったAさんは、げっそりと痩せ青白い顔でこう言っていた。
最近、私の家のトイレから、24時間絶え間なく、祖母の怒声が聞こえ
る、どこに行けばいい。」と言ってふらふらとどこかへ歩いて行ってしまった。

これがAさんを見た最後でした。

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