見出し画像

創作都市伝説やってくる/ちょっと変な趣味/双眼鏡/猛スピード 「 双眼鏡の夜」~静寂を裂く者~後編

前編

あらすじ 後編 監視の罪と贖罪の旅


倉田直也は、裸の男に監視される恐怖の中で、かつて自分が双眼鏡越しに目撃した事件の記憶と向き合うことになる。
男は彼に、「次はお前が見せる番だ」と告げ、執拗に挑発し続けた。
追い詰められた直也は、ついに坂道で男と対峙する。

男は、直也の「観察者」としての罪を抉り出す。
かつて直也は、ある殺人事件の一部始終を目撃しながらも、ただその光景を見つめ続け、行動しなかった。

その結果、犯人は捕まらず、さらなる犠牲者を出した。男はその罪を象徴する存在だった。

坂道の上で、直也は男に突進し、激しく衝突する中で悟る。
男は現実の存在ではなく、自身の罪悪感が生み出した幻影だった。

男が消えた後、直也は自らの過ちを認め、全てを警察に告白することを決意する。

創作都市伝説やってくる/ちょっと変な趣味/双眼鏡/猛スピード 「 双眼鏡の夜」~静寂を裂く者~後編

第6章: 静寂の罠

背後に感じた気配に、俺は凍りついた。振り返ることができない。
もしもそこに「何か」がいたら――その恐怖が体を支配していた。

だが、じっとしているわけにはいかない。
俺はゆっくりと呼吸を整え、懐中電灯を手に取り、恐る恐る振り向いた。

「……誰もいない。」
そこには、ただの暗闇が広がっていた。

冷たい風が木々を揺らし、葉擦れの音が耳に響く。
気配は、ただの思い込みだったのか?

しかし、そんなことはない。坂道に刻まれた文字――「今度はお前の番だ」――あの言葉の意味が、ただの偶然のいたずらだとは思えなかった。

俺は急いでその場を後にし、自宅に戻った。

だが、家の中ももう安全だとは思えない。

どこかに、何かが潜んでいるような感覚が拭えなかった。


電話の呼び出し音

部屋に戻り、ようやく息をついたその時だった。
スマートフォンが鳴り響いた。画面を見ると、またしても「非通知」の表示が出ている。

俺は迷った。出るべきか、無視すべきか。しかし、逃げているだけでは何も解決しない。
そう思い、意を決して通話ボタンを押した。

「……もしもし?」
一瞬の沈黙。だが、やがて低い声が聞こえてきた。
それは、あの男の声だった。

「お前、見てるだけで満足か?」

「お前は……何が言いたいんだ?」

「お前がやらないなら、俺がやる。ただし、次はお前が観察される側だ。」
そう言うと、電話は切れた。

男の言葉の意味が分からない。

ただ、その声には確かな狂気が込められていた。そしてその狂気が、俺に近づきつつあるのを感じた。


自宅の異変

電話を切った後、部屋の中に不穏な気配が漂い始めた。

普段なら何でもない音――窓が風で揺れる音や冷蔵庫の作動音――すら、不気味に感じられる。

俺は意を決して部屋を確認することにした。
すべての窓、扉、クローゼット。
隅々まで調べたが、何もおかしいところはない。

だが、最後に目に入ったのは、自分の部屋の壁に貼られた一枚の写真だった。
それは、俺が屋上で双眼鏡を覗いている姿を写したものだった。

「なんで……こんなところに?」

手が震える。
その写真を見ていると、突然背後で何かが動く音が聞こえた。

俺は振り返り、そこに何があるのか確かめようとした――
だが、そこには何もなかった。


坂道への呼び出し

翌日、またポストに封筒が入っていた。開けると中には簡潔なメモが一枚。

「今夜、坂の上で待っている。すべてを教えてやる。」
俺は迷った。

だが、このままでは何も解決しない。

あの男の正体を突き止め、自分の中に残る疑問や恐怖に終止符を打つ必要がある。それが分かっていた。

その夜、俺は坂道へと向かった。
再び、冷たい夜風が頬を刺す。坂道の上には、あの男が立っていた。

「ようやく来たか。」
男は俺を見ると、いつものように不気味な笑顔を浮かべた。
そして手招きしながら言った。

「お前に見せたいものがある。ついてこい。」

「……どこへ行くつもりだ?」

「俺たちの罪を清算する場所だよ。」
その言葉が意味するものは分からなかった。

だが、俺はもう後戻りできなかった。

男の後ろ姿を追いかけながら、坂道のさらに奥深くへと足を踏み入れた。


第7章: 罪の影

男の後を追い、坂道のさらに奥へと足を進める。

舗装が途切れ、雑木林の中へと続く未整備の小道が現れた。
ここにこんな場所があるとは思わなかった。昼間に気づくことができたはずなのに――いや、気づかない方がよかったのかもしれない。

月明かりが頼りない足元を照らす中、男は軽やかな足取りで先を進む。
俺は重い空気に耐えながら、一歩一歩を慎重に踏み出していた。

「……どこに行くつもりだ?」

声をかけても、男は振り返りもせずに笑っただけだった。


廃屋の秘密

小道の終点に現れたのは、一軒の廃屋だった。
錆びついたトタン屋根、ひび割れた窓、長い間放置されていたことを物語る枯れ果てた庭。

「ここだ。」
男は廃屋の前で足を止めると、俺を振り返った。
その目は暗闇の中でもはっきりと見え、不気味なほど輝いていた。

「ここで何をするつもりだ?」

「思い出させてやるよ。お前が見たもの、そして見なかったふりをしたものをな。」

廃屋の扉を押し開ける音が耳に響く。
男が中に入ると、俺も仕方なくその後に続いた。

中は予想以上に荒れていた。
床は抜けかけ、壁には不自然な黒ずみが広がっている
空気にはカビと湿気、そして何か焦げたような臭いが混じっていた。

「ここで……何があった?」

俺が問いかけると、男は手に持っていた小さな懐中電灯を床に向けた。
そこには――赤黒いシミが広がっていた。

「ここで死んだんだよ。お前が覗いていたあの夜にな。」

その言葉に、息が詰まった。
床のシミは、乾ききっていたものの、その形が「人」のものを連想させるように広がっていた。

「俺が……見ていた?」

「そうだ。お前は見ていた。けど、何もしなかった。警察にも言わなかった。いや、そもそも通報するつもりなんてなかったんだろう?」

男の声は低く、確信に満ちていた。その言葉に、否定する力すら湧かなかった。


罪の記憶の復元

男の言葉と廃屋の臭いが、封じ込めていた記憶を少しずつ引き出していく。あの夜、双眼鏡越しに見たもの。2階の窓から侵入する影。そして、その後に続く悲鳴――
そうだ、俺は見ていた。

ただ、見ていただけだった。
心の中では警察を呼ばなければと思いながらも、なぜか体が動かなかった。

双眼鏡の中の光景に釘付けになり、ただその「非日常」を眺めていた。

「お前が見ていただけじゃなく、楽しんでいたって言った意味、分かったか?」

男が床にしゃがみ込み、指でシミをなぞりながら言った。

「お前は覗くのが好きなんだ。だから、ここで起きてたことも“観察”してた。それだけだ。」

「俺は……違う!そんなつもりじゃなかった!」

叫び声を上げた俺を、男は嘲るような目で見下ろしてきた。

「違うだって?じゃあ、どうして何もしなかった?」

俺は答えられなかった。ただ、沈黙だけがその場を支配していく。


男の正体

「お前が何もしなかったから、俺がやったんだ。」
男の言葉に、胸が締め付けられるような感覚が襲った。

「……お前がやった?何をだ?」
「俺がそいつを殺した。
だが、それだけじゃない。あの後も、何度もやった。
お前が通報していたら、俺は捕まってたかもしれない。

でも、お前が黙ってたおかげで、俺は自由だった。そして……楽しかった。」

その言葉に、頭が真っ白になった。

裸の男――いや、彼は単なる狂人ではなかった。

彼は連続殺人犯であり、その凶行を俺が「見逃した」ことで助長してしまった存在だったのだ。


共犯者の影

「お前と俺は同じだ。」
男はにやりと笑い、俺に近づいてきた。

「お前は直接手を下してない。でも、俺の目から見れば、立派な共犯者だよ。」

俺は後ずさった。足が震え、言葉すら出ない。

「だから次は、お前が見せる番だ。お前がどれだけ“見られる”恐怖を味わうか……楽しみにしてるよ。」

そう言い残し、男は闇の中へと消えていった。

俺は追いかけることもできず、その場に崩れ落ちた。


第8章: 監視される者

家に戻った俺は、扉に鍵をかけ、チェーンロックをかけ、さらに家具を押し当ててバリケードを作った。

これで安全だと自分に言い聞かせながらも、その感覚は脆く、全く安心できなかった。

部屋の隅で膝を抱えながら、外からの音に耳を澄ませる。
誰かの足音が聞こえる気がする。
いや、もしかしたら風が木々を揺らしているだけかもしれない。だが、音が鳴るたびに胸が締め付けられるような恐怖が込み上げてきた。

ふと窓のカーテンを見た。その隙間から、外の何かがこちらを見ているような気がした。

「そんなはずは……。」

だが、双眼鏡を手に取る手は止まらなかった。

これが恐怖を煽るだけだと分かっていても、覗かずにはいられなかった。


監視される恐怖

窓から双眼鏡で外を見た。最初は何も異常はなかった。
静まり返った夜の街、坂道、誰もいない通り……だが、坂の上にふと視線を向けたとき、全身が凍りついた。

そこにいた。裸の男が、また坂の上に立っていた。
いつものように、満面の笑みを浮かべながらこちらを見ている。
そして、男は何かを手に持っていた――双眼鏡だ。

男がこちらを覗いている。
それが分かった瞬間、頭が混乱した。
まるで自分が双眼鏡の中に映し出されているかのような感覚。
視線が交差し、逃げ場がなくなっていく。

「どうして……どうして俺を……。」

双眼鏡を下ろした瞬間、電話が鳴り響いた。


電話越しの宣告

「もしもし?」
震える声で応答すると、男の声が返ってきた。

「お前、まだ見てるのか?」

「お前は……何がしたいんだ!」

「俺がしたいことは一つだ。お前に俺と同じ気分を味わわせることだよ。」
「何を――」

言葉を続けようとしたが、電話越しに男の笑い声が響いた。
その声はどこか別の音と混じっている。
気味の悪い笑い声の背後には、まるで何かを叩く音のようなものが聞こえた。

「お前がやらなかったことを、俺がやる。」

電話が切れた後、部屋に静寂が戻った。

しかし、その静けさが余計に不気味だった。


部屋の異変

窓の外をもう一度確認しようとしたその時だった。
ふいに背後で物音がした。

振り返ると、机の上に置いていた写真の束が床に散らばっていた。風など吹いていないのに、どうして――。

俺は写真を拾い集め、手が震えるのを抑えながら一枚ずつ見ていった。
その中には、俺が撮った覚えのないものが混じっていた。

その写真には、俺がアパートの中で過ごしている様子が写っていた。
机に向かっている姿、ベッドで眠っている姿――どれも外から撮られたようなアングルだった。

「どうして……これが……。」
俺は写真を手にしたまま立ち尽くした。

その時、部屋の外で足音が聞こえた。


襲撃の予兆

足音はゆっくりと、階段を上がってくる音だった。
ズダ……ズダ……と響くその音が、俺の心臓の鼓動と重なり合う。

「まさか……。」
思わず口を覆った。

裸の男が来たのか?いや、こんな状況では誰が来ても異常だ。
俺は懐中電灯を握りしめ、玄関をじっと見つめた。
足音が止まり、今度はドアノブが回る音がした。

ガチャ……ガチャ……。
鍵がかかっていることを確認し、少しだけ安心しようとしたその瞬間――
ドアを叩く音が鳴り響いた。

ドンッ、ドンッ、ドンッ――次第に激しさを増し、今にも破られるのではないかと思えるほどだった。

「うわっ……!」
俺は思わず後ずさり、懐中電灯を床に落としてしまった。


決意

「待ってろ……。」
震える声で自分に言い聞かせた。
逃げることはできない。俺はこの恐怖と向き合わなければならない。

懐中電灯を拾い、アイロンを手にした俺は、玄関にゆっくりと近づいた。

足が震える。だが、これ以上逃げるわけにはいかない。

ドアを叩く音が突然止んだ。そして、静寂が訪れた。

俺は息を殺し、チェーンロックを外そうと手を伸ばした――


第9章: 闇の中の対峙

チェーンロックを外す手が、震えているのが分かった。
心臓の鼓動は耳に響くほど激しく、呼吸は浅い。

だが、ドアを開けなければ、この恐怖から逃れることはできないと感じていた。

「ここで止まるわけにはいかない……。」

そう自分に言い聞かせ、ゆっくりとドアノブを回す。

外には誰もいなかった。
冷たい夜風が吹き抜ける廊下。
だが、それはただの静寂ではなかった。何かが潜んでいる気配がある。

「……いるんだろう。」

声を出すと、廊下の奥、階段の影の中から、ゆっくりとした足音が聞こえ始めた。

ズダ……ズダ……ズダ……。

やがて、それは姿を現した。

裸の男だ。

月明かりに照らされたその姿は、やはり不気味だった。痩せ細った体、異様に白い肌、そしてあの笑み――。

「ようやく出てきたか。」

男は立ち止まり、こちらをじっと見つめている。

その目はどこか優越感に満ちていた。


男との言葉の応酬

「何が目的だ……俺に何をさせたいんだ!」

俺が叫ぶと、男は首を傾げた後、また笑った。

「目的だって?お前の目を見れば分かるだろう。」

「……俺は、何もしていない!」

その言葉に、男の笑い声が響いた。

「していない?そうだな、お前は“何もしなかった”な。それがどれだけ大きな意味を持つかも知らずにな。」

男は一歩、また一歩と近づいてくる。
その足取りはゆっくりで、だが確実に距離を詰めてくる。

「俺はお前に教えてやる。見ているだけでは終わらないってことをな。」

「どういう意味だ……?」

「お前の目がすべてを見ていた。そして、お前の沈黙がすべてを許した。だから、俺は続けられたんだよ。」


衝突

「黙れ!」

俺は叫びながら、手にしていたアイロンを振り上げた。
男に向かって力任せに振り下ろす。だが、男はそれを軽々とかわし、不気味な笑みを崩さなかった。

「そうだ、それでいい。お前もやれるんだろう?」

男はさらに挑発的に近づいてくる。
その目には、狂気だけではない何かが宿っている。

俺は何度もアイロンを振り回したが、そのたびに男は笑いながらかわしていく。彼の行動には確かな余裕があった。

「分かるか?お前は俺と同じだ。見ているだけでは満足できなくなる。それが“観察者”の運命だよ。」

「違う!俺はお前とは違う!」

「そうか?」
男は再び笑みを浮かべながら言った。

そして、その瞬間、俺の手からアイロンがすり抜けて床に落ちた。


真実の投影

男は手を伸ばし、俺の首を掴んだ。
その力は意外なほど強く、俺はそのまま壁に押し付けられた。

「見てみろよ。」
男は懐から取り出した写真を俺に突きつけた。

それは、あの夜、俺が双眼鏡越しに見た光景そのものだった。
窓から侵入する男の姿、そしてその後の惨劇。

「お前がこれを見ていただけで終わっていればよかったんだよ。でも、お前は目を離せなかった。もっと見たいと思った。それが、お前の罪だ。」
「俺は……俺は……。」

言葉が出ない。男の言葉が、胸に突き刺さるようだった。

「だから、次はお前が“見せる”番だ。俺に、何かを見せてみろ。」

男はそう言い残すと、首を掴んでいた手を離し、ゆっくりと後ずさった。

そして、廊下の暗闇の中へと消えていった。


新たな視線

男がいなくなった後も、俺はその場から動けなかった。
全身が震え、膝から力が抜けていた。

「見せる……番……。」
その言葉の意味が、頭の中で反響していた。

そしてふと、背後から視線を感じた。

振り返ると、坂道の上に新たな影が見えた。

それは――俺自身のように見えた。

その瞬間、すべてが闇に飲み込まれるような感覚に襲われた。


第10章: 贖罪の夜

廊下の闇に飲み込まれるような感覚の中、俺はその場で動けずにいた。
坂道の上に見えた影、それが本当に自分だったのか、それとも――いや、考えたくない。

全身の震えが収まらない中、懐に手を入れた。
そこには、あの男が押し付けてきた写真がまだ残っている。
恐る恐るそれを取り出し、明かりの下で見つめた。

写真には、俺がかつて双眼鏡で見てしまった犯罪の瞬間が映っていた。
窓を破る音、女性の悲鳴、そして――命を奪われる瞬間。

「あの時、俺は……。」
脳裏に、あの日の記憶が鮮明によみがえった。

通報しようとした俺の手は、電話に触れることすらできなかった。
代わりに、双眼鏡を覗く手だけが止まらなかった。


追い詰められた意識

男が言った「次はお前が見せる番だ」という言葉。その意味が徐々に明らかになってくる気がした。

俺はどうすればいい?贖罪とは何だ?あの男が望む「見せる」こととは、一体何を指しているのか。

ふと、窓の外を見ると、坂道の上にはまたしても男の姿があった。
こちらをじっと見ている。あの双眼鏡で俺を覗いている。

「……これ以上、見られるわけにはいかない。」

俺は意を決して双眼鏡を手に取り、屋上へ向かった。


屋上の対峙

屋上から双眼鏡で坂道の男を覗くと、彼は笑いながら手招きをしていた。
その仕草に怒りと恐怖が入り混じる。
だが、俺はそのまま双眼鏡を外し、声を張り上げた。

「何を見せろって言うんだ!俺に何をさせたい!」
その叫び声に、男の笑い声が闇夜に響き渡った。

「お前に選ばせてやる。観察者として生きるか、それとも行動するか――どちらかだ。」

「俺は……俺は……!」

言葉が詰まる。その選択肢は、どちらも俺にとって地獄だった。

観察者でいる限り、俺は過去に縛られ続けるだろう。

しかし、行動するというのは、何を意味しているのか――。


決断の瞬間

坂道を駆け上がることを決意した俺は、男の元へ向かった。
夜風が全身を切り裂くように冷たい。
それでも足を止めることはできなかった。

坂の上で待ち受ける男。その目には、期待と狂気が入り混じった光が宿っていた。

「さあ、どうする?」
男の言葉に、俺は拳を握りしめた。

その瞬間、胸の中にたまっていた全ての怒りと恐怖が爆発した。

「お前の思い通りにはさせない!」

俺は全力で男に突進した。だが、男は再び余裕の笑みを浮かべ、身をひるがえしてかわした。

「いいぞ、それだ。それが、お前の本性だ。」


最終対決

何度も挑む俺を、男は笑いながらかわしていく。
そのたびに、彼の言葉が俺の耳に響く。

「お前は俺を否定するふりをしているが、本当は気付いているはずだ。お前の中には俺がいる。そして、俺の中にもお前がいる。」

その言葉に、全てが繋がった気がした。

あの男は、俺が作り出した幻影なのかもしれない。罪悪感が具現化し、俺を追い詰める存在として現れたのだ。

だが、真実がどうであれ、このままでは終われない。
俺はついに男を地面に押さえつけ、その顔を見つめた。

「これが……お前の望みだったのか?」

「望み……?」
男は笑みを浮かべたまま、最後の言葉を残した。

「俺の望みじゃない。お前の望みだ。」
その瞬間、男の姿はぼやけ、やがて消えていった。


贖罪の始まり

夜が明けた頃、俺は警察署の前に立っていた。これまでの全てを話す決意ができていた。
男の正体が何であれ、あの時俺が沈黙してしまった罪を告白することでしか、救いは得られない。

中に入ると、受付の警官がこちらを見た。

「どうされましたか?」
俺は深呼吸し、すべてを話し始めた。

「数年前、ある事件を目撃しました。でも、通報しませんでした。それが……ずっと俺の中で、消えない罪になっているんです。」

警官は静かに聞いてくれた。

その後、俺はすべての記憶を語った。

裸の男のこと、自分の趣味、そして坂道で起きたこと――。

警察を出た後、初めて胸が軽くなった気がした。あの男の影はもう消えたのだろうか。


エピローグ: 坂の上の影

ある日、俺は再び坂道に立っていた。
だが、そこには誰もいない。ただ、遠くに明るい空が広がっている。

だが、ふと気付く。
遠くから、誰かがこちらを見ている気配がした。
それが幻覚か、それとも現実か――もう確かめるつもりはなかった。

物語の幕は降りたが、観察者であった自分の罪は永遠に消えることはないだろう。それでも、俺は生きることを選んだのだ。

―完―


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集