一難去ってまた一難
慣れない町に1人転勤になった。
転勤先は世間一般でいう観光地、自然に囲まれ眺めがとても良く静かな環境、知る人は誰もいないがオアシスだと感じた。
しかし……
大変不便なのだ。
道は狭く急カーブ、急勾配。
自転車に乗っている人を見たことがない。散歩で歩く人は見かけるが、たまにである。
自動販売機の設置台数もかなり少ないだけでなく、コンビニやスーパーも近くに無い。
町とは違い、山だからな。
最寄りのスーパーまで徒歩で50分、帰りは60分強。
最寄りって何?
買い物に行く度豊かな自然に問うていた。
往路と復路の時間差、何故かって?
行きは只管下り坂、膝が笑う。
帰りは地獄の上り坂、息が上がる。
平地が無いのだ。
買った物を背負っての復路、地獄の特訓だと友人に話していた。
友人は大袈裟だと笑っていたが、1度遊びに来たら「確かに地獄の特訓だ…」と言い、それ以降は不便過ぎるから行きたくないと言う始末。
数ヶ月経って徒歩20分位の所にバス停を発見した。
分かりづらい所に設置されているんだな。これも山故か…。
路線図を見ると最寄りのスーパー近くを走っていることを知る。
ヤッター!
人が通らないのを良いことに、両手を挙げて変なステップを踏んで喜んだ。これを狂喜乱舞というのだろう。我に返ると恥ずかしい。
時刻表を見るとバスは1時間に1本あるか、ないか。
一瞬固まった。
背に腹はかえられねぇ!
地獄の特訓を考えればありがてぇじゃないか!
それからは、休みの日に計画的にバスを利用し買物に行くようになった。地獄の特訓から解放されたのだ。
しばらくの間、不便ながらも快適に過ごしていたのだが、思いもよらぬ事が起き始めた。
転勤先では単身者用社宅に入っていた。職場まで徒歩10分。
自分がネグラとして使わせてもらっていた部屋は何年も人が住んでいなかったらしい。
経年劣化は否めないが、入居時には住める程度に綺麗に掃除されていた。
エアコン装備されており、カーテンも備わっていた。
ベランダは広く窓からの眺めは最高!朝は鳥の声で目覚める。天気の良い休日は景色を楽しみながらお茶をしたり、食事をしたり、昼寝をしたり…ベランダで過ごす時間が長く飽きる事がなかった。
それがだ。
いつからか夜な夜なうなされるようになった。
嫌な夢を見ては目覚め、酷い時はジリジリと首を絞められているような苦しさを感じて目覚めることも…。
入居した時から家鳴りはあったが老朽化によるものと思っていた。
次第に音は強くなっていった。
こ、これは、もしや…
ラップ音というものか?
たまたま職場に霊感がとても強い人がいたので、聞いてみた。
「あのぉ……つかぬ事をお聞きしますが…実はカクカクシカジカで…ちなみにコレ、部屋の写真なのですが…何か感じますかねぇ…もしかしたら元々住んでいた街に帰りたいという思考の所為で、勘違いしてるだけなのかも知れないですが…」
写真を見るなり職場の人は
「ひゃッ!」
と声を出し、険しい表情になった。
「何者かは解りたくないわね…。大きな顔の男の人が窓にベトーっと張り付いてる。盛り塩した方が良い。それから窓際で寝てはダメ。夜は電気代が勿体無いと思うかもしれないけど、テレビでもラジオでも小さくても良いから音を流したままにしておいて。」
えぇぇええっ?
それって…
何かいらっしゃると言うことですかぁぁぁ!怖ぇぇぇぇぇ・・・
「大丈夫!兎に角盛り塩を欠かさないで!窓際で寝ない!音を出しておく!これだけでも変わると思うから!」
早速盛り塩を窓と玄関に置き、寝る位置を変え、休む時はテレビを点けっぱなし生活を始めた。
日数はかかったが、職場の人の言う通り次第に変な夢を見る回数は減り、首を絞められるような苦しさも減り、3ヶ月後には感じなくなった。
部屋のラップ音はその後も鳴っていたが、「老朽化による家鳴り」と自分に言い聞かせていたら、いつの間にかその音に慣れていた。
あんなに好んで過していたベランダには洗濯物を干す位しか出なくなったが……。
不思議な現象が減り安堵していたが、更なる一難が現れる。
身体を壊してしまったのだ。
命に関わるものでは無いが、仕事に大きく影響する事案が発生したのだ。
しばし、故障者として休職する事になった。
約1年休職したが、仕事に戻れる気配が無いため退職を決意した。
休職期間中になんとか新たな勤め先を決めたい。
しかし希望する場所はことごとく断られた。
年齢と体の故障を理由に……。
今は元々の生活拠点に戻り、新たな勤め先で働いている。故障する前のような働き方が出来なくなり、収入も激減したが、自販機は至る所にある。スーパーやコンビニ、医療機関、公的機関も近くにある。それに故障した体には道が平坦である事が大変嬉しいのだ。
しかし喜びも束の間……
戻ってきた途端にあらゆる物が価格高騰。低収入なのにどう生活すればええねん!
出来れば難は避けたいものだが、難を超えた先には箔が付くと勝手に思い込んでいる。
知らんけど。