オバさんも天使になりうる

出勤途中のこと
駅に向かう道で前を歩く男の子の背中を見てた
地元の道なんで顔見知りの子と会うことも多い
彼とは家の前くらいでしか挨拶しないけど
こちらは顔と名前を知ってるくらいの間柄

ああそうかもう大学生とかになったのか
まだ初々しい服装してんな
息子も夏ぐらいから色気付いたよな
急に「友達と高円寺行く」とか言い出したな
そのうち女の子に服選んでもらうようになって
知らぬ間に彼女できてたな
とまで考える余裕はなかった
まだ初々しい辺りで気づいてしまった

シャツ裏返しじゃね？

たぶんＴシャツの上からシャツ羽織ってるけど
その首元に白いブランドタグ
肩のほうに目を移せば縫い代ひらひら
リュックの陰から覗く脇にはGUの洗濯タグ

ハイ　裏返し確定

そこから短い葛藤が始まる
いきなりよく知らんオバさんに声かけられたら
ビックリするよね不審者よね

でもさ　気づかずに駅着いて電車乗って
さらにそのまま学校着いて友達に指摘されたら
どんだけの人に見られた？！って思うよね
今ここならよく知らんオバさんひとりだよね
可愛い女の子に冷たい目で見られたり
心ない同級生に冷やかされたりするより
100万倍マシだよね

オバさんが彼のリュックをポンポンするまで１分
葛藤の時間は若いときよりずっと短くなってる
「シャツ裏返しじゃないですか？」
と言ったらイヤホン取って聞き返したあと
シャツの前立てを確認して「ホントだ」と呟き
お礼を言って直し始める彼を抜かして
オバさんは颯爽と汗だくで駅に向かった

昔からけっこうそういうことには目ざとくて
ネズミの国帰りの電車内で
「俺知ってるぞォ　ダック・ドナルドだァ」と
ママの抱える雄アヒルのぬいぐるみを指差した
酔っ払いのおじさんの社会の窓が全開だったり
電車で眠りこけてるスーツ姿の男性のネクタイに
口から出たであろう飴玉がタイピン風に乗ってたり
ドア横に立ってる若い男の人のリュックが開いてて
かわいらしいパッケージのコンドームがいい感じに
リュックに乗ってたり奇跡の瞬間って起きるのよ

でも若いころはまぁせいぜい電車で座ってるときに
目の前に立ってた人のチャックが全開だったから
降りるときに立ち上がって耳元で
「チャック開いてますよ」って囁いたり
前歩いてる人に「カバン開いてますよ」って
さりげなく教えるくらいで
シャツの裏返しなんて気づかなかったけど
オバさんになると気づいちゃうから
「裏返しじゃないですか？」とか
「スカート捲れちゃってますよ」とか
売場でお客様対応しながら
「失礼します　肩にゴミが」とかやっちゃうのよ
「なんか落ちましたよー！」とかもう必死よね
気づかないでズンズン行っちゃうときあるからね

そうなってくるとオバさんの厚かましさとか
図々しさとか余計なお世話とかって
もはや神が与えし使命なんじゃないかと思うわけよ
可愛い子にプークスクスされたら立ち直れないけど
オバさん相手なら潔くネタに昇華できるわよ
これからも気づいたらそっと教えるわね
不審者だと思わないでね