万太郎が見ている世界を映像化するために、私たちが考えていたこと
連続テレビ小説「らんまん」、今週放送された第21週「ノジギク」は楽しんでいただけましたでしょうか?
美しい菊の数々とともに、寿恵子さんが家族のために奮闘する素敵な週でした!
この週を撮影したのは7月前半。
…そう、菊の季節ではありません(一般的には秋です)。
担当者が全国の菊農家を探し回り、あの菊くらべのシーンを作り上げました。
「らんまん」には欠かせない“植物”ですが、今回の菊のように“本物”を使って撮影しているケースはごくわずか。開花時期と撮影スケジュールの調整が難しく、大抵は精巧な“レプリカ”を使っています。
そして実は、レプリカだからこそ、私たち撮影部にとっては良いことずくめなのです。
今回は、特に気合いを入れて撮ったこれまでの植物がらみのカットを振り返りながら、「らんまん」撮影部がどのような想いで収録に臨んできたかをご紹介します。
実はレプリカ?!本物ではないことの利点
改めまして、「らんまん」で撮影を担当しております
市戸達也と申します。
これまで私は、連続テレビ小説「あさが来た」、「べっぴんさん」、「なつぞら」、大河ドラマ「麒麟がくる」などさまざまなドラマの撮影に携わり、連続テレビ小説「ちむどんどん」で初めて“撮影チーフ”を担当。
今回の「らんまん」でも、収録後半から撮影チーフを担当しています。
“撮影チーフ”とは、魅力的なドラマにするために、映像の面から作品作りに直接関わり、演出(いわゆる監督)と協力して作品の世界観を具現化する、現場を先導するリーダーのような存在です。
冒頭でも少し述べましたが、「らんまん」に出てくる植物の中には、精巧なレプリカが数多くあります。
本作の撮影でレプリカを使う理由は大きく2つ。
まず、その時期に咲かない花でも、咲いた状態で見せられること。
そして、水が足りなかったり、スタジオが乾燥していたりといった要因で、しおれたり、枯れたりしてしまう心配がないことです。
これによって、私たち撮影部はいつでも・どこでも撮影できるというアドバンテージを得ることができています。
ドラマはみんなで作り上げる総合芸術
そんないつでも・どこでも撮影できるメリットが最大限に発揮されたカットがこちらです。
第2週「キンセイラン」第10回で放送された、万太郎が山で見つけたキンセイランに見ほれるシーンです。
レプリカとは思えないほど、綺麗ですよね?
このシーンで、万太郎が蘭光先生からかけられる言葉は、
「心が震える先に金色の道がある。その道を歩いて行ったらえい」
というもの。
花に美しい光があたることが、映像表現として必須でした。
このシーンを撮影したのは、高知県佐川町にあるナウマンカルスト。
朝日があたる時間をねらおうと、地元の方々の力も借りて、暗いうちからスタッフみんなで機材を背負って山道を登りました。
やっとのことで撮影現場に到着し、各部が準備を開始。
ようやく撮影できる!というタイミングになって、太陽が傾き、ちょうど花のところに木立の影ができてしまいました…。
「少し待てば日が射すはず…」と、待機するも、なかなか日が当たって来ない。
準備を整えていたスタッフみんなでやきもきしたことをよく覚えています。
なぜ撮影するまでにそんなに時間がかかるのか?
と、思われるかもしれませんが、その答えは、ドラマ作りは各部が協力し合うことでできる総合芸術であるためです。
カメラや照明や音声など技術的なことだけでなく、お芝居の修正といった演出面や、衣装直し・メイク直しといった美術面など、各部のベストな撮影タイミングをそろえられて初めて撮影ができます。
日光などの外的な要因が多い外ロケの場合、このタイミングを合わせるのは簡単ではありません。
しかし、だからこそ、ドンピシャのタイミングで綺麗な明かりで美しい映像が撮れた時は、チーム一体の達成感が生まれます。
それこそが、外でロケをする醍醐味でもあり、総合芸術であるドラマ作りの本質を感じる瞬間でもあります。
今回、そのタイミングを作ってくれたのが、キンセイランのレプリカでした。
レプリカを使ったおかげで、日光に合わせて時間も場所も容易に調整ができ、秀逸なカットを撮ることができました。
植物を「ぬすんで」・「せっしゅうする」
ロケだけでなく、スタジオでもレプリカの恩恵を受ける機会は多くあります。
例えば、第103回の、長屋の片隅に咲くカワラナデシコの白い花を万太郎一家が見つけるシーン。
草花ごしの万太郎たちの表情が印象的ですよね。
このカットには、ある秘密があります。
作品のなかで、カワラナデシコの花が植えられているのは、家の壁際👇
勘の良い方はお気づきかもしれませんが、これだと、カメラマンが花の後ろから万太郎たちの表情を撮影することができません。
では、一体どのようにして、上記のカットを撮ったのか。
その答えがこちら。
実は発砲スチロールでできた”地面に模した土台”に、植物を挿したものを、撮りやすい場所へと移動させているのです!
今回は、壁からカメラが入れる分だけずらし(現場では「ぬすむ」という用語を使います)、被写体の高さもかさ上げしています(現場では「せっしゅうする」という用語を使います。ちなみに由来は、昔ハリウッドで大活躍した早川雪洲さんという日本人俳優を踏み台に立たせることで、外国人俳優との構図上のバランスを整えていたことを、ハリウッドで「せっしゅうする」と呼んでいたのが、日本をはじめ世界に広まったそうです)。
「らんまん」では、花ごしに人を撮ることがとにかく多いため、現場では地面に生えているはずの植物の位置を「ぬすんで」、「せっしゅうする」のは日常茶飯事です。
これにより万太郎をはじめとした、花を愛でる人たちの表情をしっかりと表現することが可能になります。
収録の流れとしては、俳優部にお芝居をしてもらう前に、事前にスタッフが演者の代役となって、人物や植物の見え方、カメラ位置などを細かく確認してから本番に臨みます。
ちなみに「らんまん」では、植物が見えるカットはすべて、植物監修を担当する専門家(写真左)が、その見え方が不自然ではないか、確認をしてから撮影に臨みます。
例え、レプリカの植物であっても、カメラへの見え方がその植物の在り方として正しいかを確認し、美しく見えるよう向きを回転させたり、角度を調整したりします。
それが植物を扱うこのドラマのこだわりでもあります。
心象表現としての植物の生かし方
このように自由が利くレプリカだからこそ、ドラマの登場人物たちの“想い”に寄り添ったカットを撮ることもできています。
例えば、第15週「ヤマトグサ」第75回のラストシーン。
寿恵子が「万太郎さん。お話があります。どうでもよくない方の話です」と伝える場面。
このセリフ以外に説明は無く、3本のタンポポごしのカットが入り、万太郎の笑顔で第15週は放送を終えます。
これは正に、寿恵子のお腹に赤ちゃんが宿り、
「家族が3人になりましたよ」
という寿恵子の幸せな想いを込めた報告を暗示しています。
セリフやナレーションによる説明ではなく、映像の中で“心象表現”の手段として植物を使えることも、このドラマの強みです。
ちなみに、台本の時点ではこのシーンに「タンポポ」という文言はなく、演出の意図で取り入れました。
タンポポを3本にして、このような見え方にしたのは演出・美術・撮影の各部が意見を出し合ってできたものです。「らんまん」の現場で、私たち撮影部は常に植物を良い感じの場所に配置して、画作りしようとねらっています。
他にも、第18週「ヒメスミレ」のラストカットが強く印象に残っています。
この週は、朝ドラとしては珍しい、主人公の子どもが急に亡くなってしまうという衝撃の展開でした。撮影部としても、我が子の死に対する万太郎と寿恵子の辛さ・悲しみをどう表現するか、苦労して撮影した週でした。
そして、ラストカット。
台本にも当初の演出プランにもなかったものですが、撮影部からの提案で、2人の背中を感じるカットの画面左下にヒメスミレを映しました。
この花は、娘の園ちゃんが初めて見つけた花。
園ちゃんの「ありがとう。これからも2人の幸せを見守っているよ」という想いを、ヒメスミレに込めたのです。
このように、「らんまん」に出てくる草花には、ひとつひとつに物語があります。その草花がもつ意味を意識して、映像で紡いでいくこと。
撮影チーフとして、難しいですが、やりがいを持って臨んでいます。
VFXで魅せる技
ところで、植物ごしに立っている人物を撮ろうとすると困ることがあります。天井の照明器具が見切れてしまうのです。
そこで、いつもお世話になっているのがVFX(※)チームです。
天井に照明器具があるスタジオ撮影では、空は見えません。
一方で、植物を扱うドラマにとっては、お日さまも重要です。
そこで、VFXの力で、照明器具も、下の映像のように綺麗な空に合成で変えてもらっています。
※VFX:視覚効果(visual effects)の略
このように、建物の端(エッジ)に沿って、丁寧に空を重ねて描いてもらえるからこそ、撮影部は、下からあおって撮ることができ、スタジオの中での映像表現の幅が大きく広がっています。
ちなみに、VFXは写り込ませたくないものを「消す」だけではなく、その場に生えていない植物を「増やしてもらう」こともできます。
例えば、第13週「ヤマザクラ」第62回で綾と竹雄が神社の境内にいるシーン。バイカオウレンに囲まれ、2人の恋が始まりそうな、とても雰囲気の良いカットになっています。
このカットの中で、実際に生えているバイカオウレンはどれくらいあると思いますか?
答えはこちら。
なんと、画面右上のほんの一角だけなのです。
それ以外は全てVFXによる合成です。
ここまで雰囲気の良い映像にできるVFXの凄さ、感じていただけましたでしょうか?
撮影現場には、VFX担当者にも同行してもらい、どのカットが合成になるか、どの範囲なら合成可能か、どのような合成にするかなど、都度、撮影部と一緒に打合せをしながら、臨機応変に対応しています。
※VFXについて、さらに詳しく知りたい方はこちらをご覧ください👇
心の見た目
さて、ここまでレプリカならではの現場の工夫などをお伝えしてきましたが、「らんまん」のカメラマンとして私が最も意識しているのは、「万太郎と同じ気持ち・目線になって撮影する」ということです。
「同じ目線になる」というのは、物理的な意味ではなく、心理的な意味なのですが、このドラマでは、「万太郎が植物を見つめる目」が、撮影する際に大きな意味を持ちます。
というのも、万太郎は植物に対する興味が誰よりも強いため、とにかく植物を近くで眺めます。つまり万太郎の見た目を撮影するには、カメラが被写体に近づいて撮影しなければならないのです。
「物理的な意味ではない」と言いましたが、一方で、撮影という仕事においては、レンズのミリ数・絞り・被写体との距離感によって映像表現に差が生まれる=映像から受ける印象に差が出るため、物理的な距離感も重要な要素であることは間違いありません。
そこでこのドラマでは、100mmMacroレンズという、被写体にかなり近づいてもピントが合うレンズで、小さな植物を撮影しています。
第13週「ヤマザクラ」第63回で万太郎が泉に入って、ネコノメソウを近くで見るシーン。
わずか5mm程度のネコノメソウでも、万太郎にはこのくらいハッキリ見えているという映像表現をしました。
ちなみにこのシーン、万太郎のモデルになった牧野富太郎博士の地元・高知県の横倉山までロケに来ているということもあり、レプリカではなく現場に自生している植物を活かして撮影。
ロケ現場に生えている植物の名前を監修の専門家に伺い、その場でセリフを決めて神木さんに覚えてもらいました。
生き生きとした神木さんの演技とともに、「ヤマカタバミ」、「イノデ」、「タニギキョウ」、「セキショウ」、「ネコノメソウ」を、レプリカではなく生きたそのままの美しい状態で撮影し、放送することができました。
このネコノメソウのシーンには、裏話があります。
お芝居の段取りを決める際に、泉の中に入るかどうか、神木さんと志尊さんは「どうする?入る?」と笑顔で相談していました。
映像表現的には、泉に入ってもらった方が、万太郎の興奮や植物への気持ちを強く表せるため、私が「水の中まで入ってもらえたら、最高です!」と神木さんにお願いすると、快く受け入れてくださいました。
本番では、思いっきり泉の中に入って、見事なお芝居をしてくださいました(テストでは衣装が濡れてしまうため入れません)。
そんな神木さんのお芝居への熱意を受け、「万太郎の気持ちになって、万太郎の心の目で撮影する」と心がけていた私も裸足になって泉に入り、100mmMacroレンズを使って、できるだけ近くで撮影に臨みました。
「大好きな植物に会いに行く時は一番良い格好で会いに行かないと失礼にあたる」と、正装で植物採集に行く万太郎。
彼の目には、植物がどれだけ輝いて魅力的に見えているのか、その世界をカメラマンも常に想像しながら、万太郎と同じ気持ちになって撮影に臨んでいます。
第26週をもって最終週となる、連続テレビ小説「らんまん」。
最後まで植物を魅力的に撮ることを念頭に、万太郎の心に寄り添って物語を紡いでいきます。
植物学者、槙野万太郎の一生を、ぜひ最後まで一緒に見届けていただけますと幸いです。