春の番組大改定。皆さんに届ける方法をデザイン思考で考えてみた。
「NHK、番組変わるってよ」。
某小説のタイトルを思わせるようなゾクッとするような話が私の耳に入ったのは昨年の秋のこと。どうやら、2022年4月からNHKの番組が大きく改定される。それも、地デジ開始以降、過去最大の改定である、と。
そして、その改定を視聴者の皆さんにお届けせよ、というミッションが下りてきた…
皆さん、こんにちは。NHK入局18年目、メディア総局・展開センターで広報プロモーションを担当している渡部玲(わたべあきら)と申します。NHKのさまざまな番組のPRやキャンペーンを担当しています。
「この番組を、このメッセージを、どんなアプローチで視聴者の皆さんにお届けしたらいいだろうか」
NHKでの放送はもちろん、さまざまな展開のカタチを戦略的に考えています。また、NHK編成センターTwitterでも、オススメの番組情報や放送時間の変更などをお届けしています(2022年8月よりNHK_PR Twitterと統合しました)。
この部署に配属になったのは昨年の秋からで、それまでは「ららら♪クラシック」や「うたコン」、「有田Pおもてなす」などの音楽・エンタメ系の番組のディレクターをしてきました。
また、昨年の春からは業務の傍ら、芸術大学の大学院に進学し、二足の草鞋を履いています。そこでの学びが今回のプロジェクトにも繋がっています。後ほどお話しさせていただきます。
さて、今回、私は冒頭にもありました2022年度の番組改定の展開プロモーションを担当しました。おもに3月から4月上旬にかけて、放送やデジタル、街頭などで、新番組の情報を皆さんにお届けしてきました。
それぞれのビジュアルには、番組のタイトルや放送時間などの表記以外に、ある言葉が入っています。それが、「そのお時間、NHKと。」です。
4月からの様々な番組の最後にも「そのお時間、NHKと。」の5秒動画が流れているので、ご覧になられた方もいらっしゃるかもしれません。
「なんだ、そのお時間、NHKと。って!あつかましい!」
と一見思われるかもしれませんが(汗)、私たちPRチームは、この言葉に、「ある思い」を込めました。今回、この言葉が決まるまでのプロセスを丸裸にしてご説明したいと思います。
少し長いですが、どうか、お付き合いください。
地デジ開始以降、最大の番組改定
2022年度は、NHKがテレビ本放送を開始して70年を迎えます。この節目に、多くの番組について内容や時間帯の見直しが行われました。
新しい番組でいえば、石原さとみさん初MCの「あしたが変わるトリセツショー」や、山田孝之さんがナレーションをつとめる「映像の世紀バタフライエフェクト」。放送時間を夜7時30分に移し、桑子アナで装い新たにスタートした「クローズアップ現代」。再放送が午後4時台から6時台に移行した「おかあさんといっしょ」など。
新番組だけでなく、波や放送時間の移設などもあわせると、その改定率は42%。これは、地上デジタル放送開始以降、最大の改定でした。
昨年11月、今回の番組改定を視聴者の皆さんにどうやってお伝えするか戦略を考えるプロジェクトチームが発足しました。
当時、私が所属していた編成局展開戦略推進部、番組のプログラム(編成)を決める編成センター、広報局、視聴者コミュニケーション推進室、アナウンス室などの部署から30人ほどが集まり、案出しが始まりました。
今回ほどの規模ではないですが、過去にも番組改定の春先には、様々な手法で視聴者の皆さんに改定をお知らせしてきました。新番組のMCやキャスターが一堂に会したり、新番組が始まるワクワク感やフレッシュさを全面に押し出したコピーを打つなどしたりして、PRしてきました。そうした過去の資料を参考にしつつ、今回の改定をどうPRするか考える日々が続きました。
異動したばかりだったこともあり、チームには初対面の方も多く、顔を覚えてもらおうと名刺代わりにたくさん提案を出しました。メンバーの一人が4コマで絵コンテを出してきたのを皮切りに、私もカマキリの格好をしたお父さんのシュールなミニドラマの絵コンテを書いたり、新番組の魅力を俳句で並べてみたらどうかと、何十個も俳句を考えたりしました。
12月に入り、
「渡部君、座長やってみない?サポートするから」
と上司から温かいお言葉。そこから長く、険しく、熱い日々が始まりました。
毎週、チームのメンバーからもバラエティーに富んだ提案が沢山寄せられました。しかし、皆で案出しはするものの、チーム全体が何か地に足がついていない。そんな状況が続いていました。演出案はたくさんあるけれど、軸がない。そう、コンセプトがはっきりしていなかったのです。
年の瀬、私はこれまで現場で関わってきた「紅白歌合戦」を自宅のテレビで観ながら、大学院の課題レポート(この時は、「『団扇」の文化資産としての新たな価値の考察」という課題)に追われていました。と同時に、番組改定のことが頭から離れず、あることを意識し始めるようになりました。
もちろん、NHKではどの現場においても視聴者視点で様々な取り組みを行っています。ただ、何かを伝えたい、とか思いが強くなればなるほど、作り手、発信者側のメッセージ性が強くなりがちです。
「これでいいんだっけ?」
1か月ほど改定PRの議論をチームで進めていくうちに、その思いが強くなっていった気がしていました。そこで、改めて視聴者視点に立ち返ることにしたのです。
ユーザーの視点で考えるため、学生になった
視聴者の視点、すなわち、ユーザー視点です。実はこの考え方は最近、ビジネスやイノベーションにおいて、「デザイン思考」として注目を集めています。
このデザイン思考を身につけて、様々な角度からNHKをデザインしたいと思い、昨年の春から大学院で学び始めました。ここから少しだけ、「学生」としての自分を紹介させてください。
学び舎は、京都芸術大学大学院(旧名称 京都造形芸術大学)になります。「えっ、京都まで通っているの!?」と驚かれますが、2年前から通信制大学院がスタートし、私が在籍する「学際デザイン研究領域」というコースは完全オンラインの学習環境。
60人弱の同期は全国各地に住んでいて、中には海外在住の方もいます。その多くが社会人でNHKの同僚やOBの大先輩もいらっしゃいました。
ちなみに入学式では壇上でとても渋い声で大学の理念が語られましたが、なんと元NHKアナの松平定知さんでした。こちらで教授をされていました。オンラインで参加していたのですが、一気に身が引き締まりました(冷や汗)。
オンラインベースなので授業では一堂に会することはありませんが、頻繁ではないものの学生の皆と会う機会もあります。私を含め、自費で学ぼうと意欲的な人が多く、刺激を受ける日々を送っています。
ところで、「デザインを学んでいるの?」とよく聞かれますが、デザインの技術やデッサンを学んでいるわけではなくて、デザイナーがデザインする過程で用いる「思考プロセス」を学んでいます。この「デザイン思考」がいま大きく注目を集めている背景には世の中がユーザー視点、ユーザー起点にシフトしていることがあげられます。
かつては、機能が優れた商品を作れば、売れる時代でした。しかし、多様化の時代となった今、人々のニーズも様々ですし、モノを所有することだけでなく、それを通じた経験や「共感」に価値を置く時代になってきました。つまり、作り手の思いや理屈ではなく、「ユーザーが求めているのは何か」、常にユーザー視点に立って考えていくことが重要な時代になってきたのです。
繰り返しになりますが、もちろん番組制作の現場でも、ユーザー、テレビでいえば視聴者の皆さんのことを考えて番組を作っています。それはこれまでも、この先も変わりません。
でも、さらに視野を広げて、放送業界全体、またNHKという組織をみたときに、もっともっとユーザー視点で考えたマネジメントが必要ではないかと思ったのです。
で、実際、どんなことを学んでいるの?ってことですが、授業では主に
・「デザイン思考による創造」
・「伝統文化の探求」
この2つを両軸として、暮らしや社会の課題に対して、自ら「問い」を立てて探求していきます。
たとえば「デザイン」の授業では、日常の何気ない景色にアンテナを張り、観察。自ら「問い」を立て、創造的に問題解決を図る思考プロセスを実践していきます。
ずいぶんと話が逸れましたが、こんなかたちで、ユーザー視点や思考プロセスを可視化していく意識づけを大学院で学ぶ中で、まだまだ自分の身に沁みついたわけではないですが、ぜひ仕事でも、また今回の番組改定プロジェクトでも生かしたいと感じていました。
テレビが視聴者の皆さんからいただいていたもの
年が明け、プロジェクトチームの議論が大きく動き出しました。チームを率いるチーフ・プロデューサーの一言でした。
「僕たちNHKは、視聴者の皆さんから何をいただいているんだろうね。」
この言葉の裏には、私が皆と共有していたひとつの問題意識がありました。
「始まるものがあれば、終わるものもある」
今回の改定では、長寿番組も終了となりました。長きにわたって番組を見てくださっていた視聴者の皆さん、そして番組を支えた出演者の皆さんへの「感謝」を何かしらのメッセージとして伝えられないかといくつか提案を考えていました。
また昨年12月のことですが、F1に参戦していたホンダがグランプリ最終戦の当日の新聞広告で、歴戦のライバルチームの名をあげて「ありがとう」と感謝の意を伝えたのがSNSで話題になりました。
私自身、F1が大好きで20年来ずっとレースを見届けてきて、ホンダの撤退は本当に悲しかったのですが、最後に「勝ちたい」や「優勝目指す!」とか自分たちの欲望、願いを訴えるのではなく、ライバルたちあってこそのホンダ、という「感謝」のメッセージはとても胸に刺さりました。
私はこうした例や問題意識を改定チームの会議でも挙げていました。特に普段から一緒に仕事をしていた上司のプロデューサーとは、そこの意識を大切にしたいね、と語り合っていました。
そんな中で、プロデューサーがあの発言を切り出しました。
すぐに皆から、「受信料」という言葉が返ってきました。皆の声をすべて受けとめた後に、プロデューサーがさらに切り出しました。
「長い間、視聴者の皆さんにNHKの番組を見ていただいた。そして、またこれからも、新しい番組を見ていただきたい。それって、つまり、これからも、この先も、皆さんの『時間』をいただく、ってことだよね」
そう言って、ホワイトボードの真ん中に大きく「時間」という文字を書き入れました。
そのとき、会議室の空気が一変したのがわかりました。
確かに、「NHKを見てもらう」、というのは「時間」をいただいています。仕事や勉強、家事などに日々追われるなかで、その合間に時間を作ってテレビを、NHKを見てくれているわけです。
頭の中ではわかっていることですが、その「時間」というものを改めて言葉にし、向き合った時に、改めて、視聴者との関係性を意識するようになりました。
思考プロセスを可視化する
早速、私は議論のプロセスを可視化することにしました。NHKと視聴者の間にある「時間」という関係性をビジュアル化し、そこから何が見えてくるのか、思考プロセスを皆で共有することにしました。
「時間」というキーワードが出てきてから一気に議論が活発になりました。そして、チームのメンバーそれぞれが「時間」を軸に、思い思いに話し始めました。
私自身、ずっと抱いていたモヤモヤがこの「時間」というワードで晴れる気もしました。ただ新しく始まる番組を大々的にプロモーションするのではなく、これまでNHKを見てくださっていた方への感謝と、そしてこれからも引き続き見ていただく、さらにはこれを機に初めて見ていただく、そうした広い視野から、改めて視聴者の皆さんに対するNHKの「姿勢」を、言葉であらわしたいと考えました。
「時間」というひとつのワードから、ようやくコンセプトのようなものが見えてきた気がしました。すぐに「時間」をキーワードに、皆でコピーを出し合いました。
私はここでもデザイン思考のプロセスを意識しました。それぞれのコピー案がどんなテーマを持っているのか、「価値」「共有」「寄り添い」などグルーピングして、提案者それぞれの思考を丸裸にしていきました。
そして、ようやく、ひとつのコピーが生まれました。
視聴者の皆さんから大切なお時間をいただいてきたことに改めて感謝するとともに、これからもNHKとともにお時間を過ごしていただきたい。このコピーをメインに掲げ、新年度の番組改定を視聴者の皆さんにお届けすることにしました。
その思いを柱にし、今回のミッションである新番組のお知らせは2行目に添えることにしました。
そのお時間、NHKと。
さて、2022年の番組改定のメインコピーが決まったわけですが、コピーを作っただけでは今回の改定の内容や意図も伝わりません。そこで番組編成の戦略を意識しながら、デザインにも落とし込んでいきました。
今回の番組改定では、人々の暮らしを想像しながら一日をいくつかの時間帯(ゾーン)に分けて番組を編成しています。時間の移ろいと、あいさつの言葉を織り交ぜて、オススメの番組を一枚絵でデザインしました。
3月初旬、月に一回行っている会長の定例記者会見の場で、初めて「そのお時間、NHKと。」が外部発表されました。そこからプロモーションを本格化。注目番組のハイライトをコンパクトに凝縮させた1分のミニPR番組を3月下旬から4月上旬にかけて放送したほか、街頭やデジタルでもPRを展開しました。
その中で、私は番組MCの皆さんに「番組を通じて視聴者の皆さんにどんな時間を過ごしてほしいですか?」と投げかけ、答えてもらう1分番組を企画しました。
番組のPRといえば通常は、MC目線で番組の「魅力」を話してもらうのが通常ですが、あえて視聴者の皆さんの側にたった目線で答えてもらいました。普段とはまた違うアプローチでしたが、皆さんそれぞれ、真剣に考え、言葉を紡ぎ出してくれました。
石原さとみさん、織田裕二さん、阿佐ヶ谷姉妹さん、町田啓太さん、改めて、ありがとうございました。
40歳、苦楽しく生きる
新年度がはじまる4月1日に40歳を迎えました(早生まれ)。入局18年目に突入しましたが、まだまだ学ぶことがあります。大学院に入学した頃に、先生から言われた言葉があります。
「苦楽(くるたの)しみましょう」
小説家・遠藤周作の「苦楽しい」という造語を引用し、「楽しいだけじゃ成長できない。少し苦しいという苦楽しい時間が自分を成長させてくれる」と私たちに檄を飛ばしてくださいました。
今では学生の間でも、課題の〆切が近い時や深夜遅くまでディスカッションしている時は、互いに「苦楽しもう!」と励まし合ってます。
確かにクリエイティブの現場と学生の二足の草鞋は大変ですが、現場から少し離れて俯瞰的な視点を持つことで、新たに見えてきた景色もあります。
「独りよがり」ならぬ、「NHKよがり」にならないで、常に視聴者視点に立って、NHKを社会にどのようにデザインしていくか、これからも考え続けたいと思います。
最後になりますが、今回、このような投稿の機会をいただきましたが、私一人で何かをやり遂げたわけでもありません。チームの皆さんにたくさん助けられながら進めてきました。この場を借りて、皆さんに感謝申し上げます。
そして、この長い長い投稿を最後まで読んでいただきました読者の皆さん、
「そのお時間、渡部と。」
お付き合いいただき、誠にありがとうございました!