聞くために鳴らす
潜水艦は感覚器官である
👼:いきなりなに言ってんですか。
🐣:まあ聞いてください。いま言った話が出てくるのが、渋谷区立松濤美術館編著『白井晟一入門』にある岡﨑乾二郎『美術館とはいかなる建物だったのか(鯨に吞み込まれたヨナのように考えてみる)』という文章です。
ここで岡﨑は、屋根や井戸などを例に出しながら建築について以下のように再定義しています。(p.18)
さらに注目したいのは以下のくだり。(p.18~19)
👼:(白井の)建築や潜水艦を鯨になぞらえて、それらを感覚器官として捉えているんですね。
鯨のエコロケーション
🐣:そんな鯨ですが、ナショナル ジオグラフィック日本版に面白い記事が載っていました。
👼:ハクジラ類による「特殊な鼻の構造から大きなクリック音を発し、物に当たって跳ね返ってくる反響を受信して、位置を判断する」、「エコーロケーション(反響定位)」という能力についての記事ですね。動物学者ローラ・クロッパー(Laura Kloepper)氏らによる研究が簡単に紹介されています。
🐣:(ちなみに、鯨の「エコーロケーション(反響定位)」については、くじらの博物館デジタルミュージアム内の「クジラと音の世界」というコーナーで分かりやすく説明がされています。)
さて、さっきの記事に戻って、以下に要点を引用します。
👼:へえ、ターゲットごとに出す音波の形を調整していたのか。これ、まだまだ研究しがいのあるトピックですよね。
🐣:他にも同サイトの別の記事『人にもできる! 音で周囲を知覚する「反響定位」のしくみ』では、
エコーロケーションについて説明したうえで、「舌や杖などを使ってクリック音を出し、その反響を利用して歩く人」が紹介されています。
👼:そういえば伊藤亜紗『目の見えない人は世界をどう見ているのか』でもそういった事例について軽く触れていましたよね。
本書ではあくまでそういった働きを「特別視」するのではなく、むしろ、見る=目、聞く=耳といった感覚器官の固定観念を捨てること、「器官と能力を切り離して考える身体観を提案」(p.114)しています。「器官とは、そして器官の集まりである体とは、まだ見ぬさまざまな働きを秘めた多様で柔軟な可能性の塊」(p.115)なのだと。
缶詰と打検士
🐣:音で知覚するといえば、続いて紹介したいのがこちらの書籍です。
👼:佐々木正人・三嶋博之編著『アフォーダンスと行為』ですね。衣類を身につける動き、食事の手の動き、視覚障害者の路上移動、打検士などをアフォーダンスの見地から解説しています。アフォーダンスといえば以前ブログで取り上げましたよね。
🐣:その中でも今回注目したいのが、黄倉雅広『打検士の技―洗練された行為とアフォーダンス』という文章です。まず以下に打検士とは何かの説明を引用します。(p.163~165)
👼:打検棒で缶詰の蓋を叩いて異常がないか調べてるわけですね。
🐣:YouTubeで検索したら実際に叩いてる映像が見つかりました。
👼:はやっ
🐣:やばいですよね。しかもこの短い動画の間に明らかに音が他と違うやつがあって、それが適切に取り除かれる瞬間が映ってるんですよ。これ見たときはめちゃくちゃ興奮しましたね。衝撃映像ですよ。
打検士が叩き出す音
👼でもこれだけ機械の騒音がうるさい中で不良品を聞き分けられるの、本当にすごいです。
🐣:そうですよね。ところが実はこの文章の中で重要とされるのは、聞く能力じゃなくて、むしろ叩く能力なんです。(p.179)
👼たしかにさっき見た動画の不良品は明らかに音が違いましたね。
🐣:また、それだけではなく、打検士が缶詰を叩いたときに手に伝わる響きの違いや、蓋の光り具合の差異を見ていることにも注目し、つぎのように結論づけます。(p.184~188)
👼:なるほど、面白い。音を鳴らすこと、聞くことの可能性を感じますね。
ちんどん屋の「響き」から考える
🐣:さて、缶詰を叩く打検士のつぎに考えたいのが、鉦鼓を叩くちんどん屋についてです。紹介したいのがこちらの書籍。
👼:細川周平編著『音と耳から考える 歴史・身体・テクノロジー』ですね。「国際日本文化研究センターで二〇一七年度から三年間組織した共同研究班『音と聴覚の文化史』、通称"音耳班"」(p.4)による研究成果であり、英語圏で盛り上がりをみせるサウンド・スタディーズの潮流も意識された一冊です。
🐣:今回取り上げたいのは、阿部万里江『ちんどん屋の「響き」から考える―日本と英語圏の音研究/サウンド・スタディーズ』です。本論文では、大阪で活動するちんどん通信社のリーダー、林幸治郎を中心としたエスノグラフィー調査を基に、ちんどん屋のなりわいについて「ヒビキ/共鳴」という観点から読み解いています。ここで阿部は、ちんどん屋の実践に関わる「ヒビキ」の具体例として、通行人の反応、建築環境や気候などを例に挙げて、ちんどん屋がそれらを聞き取り、演奏を調整していることを指摘しています。(p.56~57)
さらに、音の振動だけではなく「想像の、情動的社会性や連帯もヒビキの重大な要因」(p.57)であると主張し、つぎの林の発言を紹介しています。(p.57)
👼:ちんどん屋の「ヒビキ」を聞くという営為に含まれているものの奥深さが分かりますね。
🐣:やっぱり面白いのは、ここでの対象が「家の中にいる人」、演奏の場からは直接見えない人にも向けられているところです。(p.54)
ということで、こちらの投稿動画を見てみてください。
👼:はんなり呼び込み君?
🐣:はんなり呼び込み君。
ドンキと呼び込み君
🐣:この動画は、東京チンドン倶楽部が2022年9月26日~10月1日の間に北海道の札幌市内を回ったときの映像で、投稿者であるハラナツコも演奏者のひとりです。北海道なので「ファイターズ讃歌」を演奏してるのと、街を歩きながら「呼び込み君」の音楽をはんなり演奏しているところですね。
👼:「呼び込み君」って、あのスーパーとかでよく鳴ってるアレですよね。
🐣:そうです。
👼:怪奇!YesどんぐりRPGの歌ネタにもなった、あの…?
🐣:そうです。そして、「呼び込み君」について取り上げている書籍として、谷頭和希『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』を紹介したいと思います。
この本はとりあえずめちゃくちゃ面白いので全員読んでほしいのですが、音楽好きにとっても大きなヒントを与えてくれるものになっています。本書では、ドン・キホーテの外観や商品の陳列などについて「内と外を融和させる」をキーワードに紐解いています。そして、中盤では「周囲から隔離されたショッピングモールと地域共同体に開かれたドンキ、という図式」(p.146)を提示し、その一例としてBGMの違いに注目しています。以下に引用します。(p.147~p.149)
👼:「隔離」ではなく、地域共同体に開かれ(=融和)ていることで、その地域に合わせた音空間が実現されているのが面白いですね。さっきのちんどん屋が演奏をその周囲環境や通行人の反応に合わせて調整しているのと似たものを感じます。
🐣:そして、この流れであの「呼び込み君」についても説明しているのです。(p.150~151)
👼:う~ん、面白い。
ちんどん屋と呼び込み君
🐣:そんな「呼び込み君」ですが、、インターネットサイト『デイリーポータルZ』が製造販売元の群馬電機株式会社に取材をしている記事がありました。
そこでこんな面白い解説がされていました。
👼:なるほど、元々「呼び込み君」は店員の代わりにお客さんを見つけてくれる機械だったんですね。
🐣:そんな、人の代わりに人を感知する機械「呼び込み君」の音楽が、ちんどん屋によってすすきの交差点ではんなり演奏されてるの、めちゃくちゃ面白くないですか?
👼:たしかに、人感知センサーが作動してから鳴らされる録音物である「呼び込み君」の音楽が、ちんどん屋の「ヒビキ」の営みにも活用されているのは興味深いですね。鯨の身体が海に対しておこなっているように、自身(=感覚器官の束=建物)の外側を絶えず捉え、調整することが重要という点で、もしかしたらドンキとちんどん屋には共通してるものがあるのかもしれません。
🐣:それでは、最後にちょっと思い出したことがあるんで、それ話して終わろうと思います。私は地元が都市部じゃないこともあり、ぶっちゃけ家でちんどん屋を聞く機会ってこれまで全くないんですよ。でも深夜に布団に潜ってるとき、どこかから暴走族の音が聞こえてくることがあって。それ聞くと無性に落ち着いて元気が出たんですよね。
👼:はい。
🐣:でも最近は全然ここを通らなくなっちゃって…
👼:そうなんですか。
🐣:寂しくね…?
👼:知らないですよ、そんなの…
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to be continued…