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聞くために鳴らす

潜水艦は感覚器官である

👼:いきなりなに言ってんですか。

🐣:まあ聞いてください。いま言った話が出てくるのが、渋谷区立松濤美術館編著『白井晟一入門』にある岡﨑乾二郎『美術館とはいかなる建物だったのか(鯨に吞み込まれたヨナのように考えてみる)』という文章です。

ここで岡﨑は、屋根や井戸などを例に出しながら建築について以下のように再定義しています。(p.18)

建築の中に住むだけで、人は地球の中を水が循環しているのを知ることにもなる。(中略)水の流れだけではない、光も空気(風)も、そして植物、動物、事物の交換も、建築は交換、交流を可能にする回路の束である。(中略)それは人の身体器官の能力を拡張する感覚器官でもあり、実際に地球の動き、時間の流れから気象の変化までを人は建築を通して知り、それと連なって行動することを学ぶことすらできる

さらに注目したいのは以下のくだり。(p.18~19)

白井の建築はまるで潜水艦のように設計されているともいえよう。潜水艦は空間として閉じているように感じられるが、実際はゆえに(その中で活動する人々にとって)その全体が海を泳ぐ、の身体同様に感覚器官となって、外部の水を鯨のように取り入れ排泄し、呼吸をし、身体の外を取り囲む音や光、温度、海流のスピードさまざまな微細な情報の移りゆきをもれなく捉え、その全身で感じ取り、海のすべて、地球のすべてと交流している(しなければ生き延びられない)。

👼:(白井の)建築や潜水艦を鯨になぞらえて、それらを感覚器官として捉えているんですね。


鯨のエコロケーション

🐣:そんな鯨ですが、ナショナル ジオグラフィック日本版に面白い記事が載っていました。

👼:ハクジラ類による「特殊な鼻の構造から大きなクリック音を発し、物に当たって跳ね返ってくる反響を受信して、位置を判断する」、「エコーロケーション(反響定位)」という能力についての記事ですね。動物学者ローラ・クロッパー(Laura Kloepper)氏らによる研究が簡単に紹介されています。

🐣:(ちなみに、鯨の「エコーロケーション(反響定位)」については、くじらの博物館デジタルミュージアム内の「クジラと音の世界」というコーナーで分かりやすく説明がされています。)

さて、さっきの記事に戻って、以下に要点を引用します。

さまざまなターゲットに対してエコーロケーションを行う間、継続して発せられる音波を装置内の各所に配備された水中マイクによって測定した。
(中略)
「その結果、音波の形状がシリンダーの距離と種類に応じて変化していることが明らかになった。ちょうど、眼が物をとらえるときに常に焦点を調整し続けるのと同じだ」とクロッパー氏は説明する。

👼:へえ、ターゲットごとに出す音波の形を調整していたのか。これ、まだまだ研究しがいのあるトピックですよね。

🐣:他にも同サイトの別の記事『人にもできる! 音で周囲を知覚する「反響定位」のしくみ』では、

エコーロケーションについて説明したうえで、「舌や杖などを使ってクリック音を出し、その反響を利用して歩く人」が紹介されています。

👼:そういえば伊藤亜紗『目の見えない人は世界をどう見ているのか』でもそういった事例について軽く触れていましたよね。

本書ではあくまでそういった働きを「特別視」するのではなく、むしろ、見る=目、聞く=耳といった感覚器官の固定観念を捨てること、「器官と能力を切り離して考える身体観を提案」(p.114)しています。「器官とは、そして器官の集まりである体とは、まだ見ぬさまざまな働きを秘めた多様で柔軟な可能性の塊」(p.115)なのだと。


缶詰と打検士

🐣:音で知覚するといえば、続いて紹介したいのがこちらの書籍です。

👼:佐々木正人・三嶋博之編著『アフォーダンスと行為』ですね。衣類を身につける動き、食事の手の動き、視覚障害者の路上移動、打検士などをアフォーダンスの見地から解説しています。アフォーダンスといえば以前ブログで取り上げましたよね。

🐣:その中でも今回注目したいのが、黄倉雅広『打検士の技―洗練された行為とアフォーダンス』という文章です。まず以下に打検士とは何かの説明を引用します。(p.163~165)

わが国の缶詰関連産業では、その草創期にあたる明治初期から、簡単にしかも出荷直前まで検査ができる方法が培われてきた。「打検」という、缶詰を文字どおり(主に)叩いて検査する方法である。缶詰の蓋の部分(缶切りで切りとる部分)をまず叩いてみることで、その重量も外観も、さらに内部の状態にいたるまで、全製品をわずかな時間で調べることができる。
(中略)
医師は、患者の胸部や腹部の状態を診るのに「打診」をすることがあるが、打検はいわば缶詰の打診である。
(中略)
打検に不可欠な道具は、先端に小さな球のついた鉄の棒(長さ二五センチメートル、重さ五〇グラムほど。「打検棒」と呼ばれる)一本だけである。

👼:打検棒で缶詰の蓋を叩いて異常がないか調べてるわけですね。

🐣:YouTubeで検索したら実際に叩いてる映像が見つかりました。

👼:はやっ

🐣:やばいですよね。しかもこの短い動画の間に明らかに音が他と違うやつがあって、それが適切に取り除かれる瞬間が映ってるんですよ。これ見たときはめちゃくちゃ興奮しましたね。衝撃映像ですよ。


打検士が叩き出す音

👼でもこれだけ機械の騒音がうるさい中で不良品を聞き分けられるの、本当にすごいです。

🐣:そうですよね。ところが実はこの文章の中で重要とされるのは、聞く能力じゃなくて、むしろ叩く能力なんです。(p.179)

打検技能は、多くの缶詰をたたいて経験を積み「音が出せる」ようになること、というのである。打検の現場では、新人の技量を評価するときにも「音が出てきた」とか「音が出せるようになってきた」というように表現される。打検は「不良品らしさをより明確にする音」を出すようにつとめる仕事らしいのである。

👼たしかにさっき見た動画の不良品は明らかに音が違いましたね。

🐣:また、それだけではなく、打検士が缶詰を叩いたときに手に伝わる響きの違いや、蓋の光り具合の差異を見ていることにも注目し、つぎのように結論づけます。(p.184~188)

少なくとも、打検士は音を聴き分けることだけに優れた人たちではないと言えそうだ。打検は、熟練した叩きの結果としての音と触感(手応え)、さらに光り具合を見分けるなど全身のさまざまな活動をとおして不良品を見つける技、ということになるだろうか。
しかし、上のいずれかの感覚が欠けたとしても、不良品を見つけることは可能なようだ。打検作業の現場では、かつて活躍した打検名人の逸話も多く収集できるが、その中には、たとえば電話を通してボルトが混入した不良品を特定した人物やら、日常会話にも事欠くような「耳が遠い」人物が名人と謳われていたなどがある。
(中略)
ギブソンは知覚を、それまでの感覚作用の連合ではなく「情報のピックアップ」と大胆に読み換えた。間接知覚説から直接知覚への読み換えである。また情報のピックアップを可能にする「知覚システム」を構想した。感覚モダリティではなく、視る、聴く、嗅ぐなどの活動の様式に基づいて分類された複数の知覚システムそれぞれが、一つのリアリティについての等価な情報をピックアップすることができるというものである。
知覚システムになぞらえれば、打検は、複数の知覚システムの活動(視る、⦅叩くことを含む⦆聴く、嗅ぐなど)をとおして不良品あるいはその性質を探り当てる(探りつづける)作業ということになろう。

👼:なるほど、面白い。音を鳴らすこと、聞くことの可能性を感じますね。


ちんどん屋の「響き」から考える

🐣:さて、缶詰を叩く打検士のつぎに考えたいのが、鉦鼓を叩くちんどん屋についてです。紹介したいのがこちらの書籍。

👼:細川周平編著『音と耳から考える 歴史・身体・テクノロジー』ですね。「国際日本文化研究センターで二〇一七年度から三年間組織した共同研究班『音と聴覚の文化史』、通称"音耳班"」(p.4)による研究成果であり、英語圏で盛り上がりをみせるサウンド・スタディーズの潮流も意識された一冊です。

🐣:今回取り上げたいのは、阿部万里江『ちんどん屋の「響き」から考える―日本と英語圏の音研究/サウンド・スタディーズ』です。本論文では、大阪で活動するちんどん通信社のリーダー、林幸治郎を中心としたエスノグラフィー調査を基に、ちんどん屋のなりわいについて「ヒビキ/共鳴」という観点から読み解いています。ここで阿部は、ちんどん屋の実践に関わる「ヒビキ」の具体例として、通行人の反応、建築環境や気候などを例に挙げて、ちんどん屋がそれらを聞き取り、演奏を調整していることを指摘しています。(p.56~57)

人々がたえず行き交う非常に混雑した場所や、賑やかな祭りの場で演奏するときには、他の競合する音に負けぬよう音量は大きめに演奏する。反対に住宅地で日中出向く際には、鉦をがんがん叩きすぎないように気をつける。高音域の音色が静寂を破らないようにするためである。寒い日は音が通りやすいので気をつける、というメンバーもよくいた。

さらに、音の振動だけではなく「想像の、情動的社会性や連帯もヒビキの重大な要因」(p.57)であると主張し、つぎの林の発言を紹介しています。(p.57)

やっぱりね、家の中にいる人に聞かせてるのよ。二〇年経った今やっとわかったけど。家の中にいる人が外に出てきたくなって(来るようにする)。今この時間平日の昼間家の中にいるのはどんな人かわかって。町の雰囲気を見て、所得とかね(を想定する)。元気な人は働きに出てっていないわけよ。(後略)

👼:ちんどん屋の「ヒビキ」を聞くという営為に含まれているものの奥深さが分かりますね。

🐣:やっぱり面白いのは、ここでの対象が「家の中にいる人」、演奏の場からは直接見えない人にも向けられているところです。(p.54)

ちんどん屋が公共の空間で演奏するとき、その聴衆には、意志や居場所(室内か室外か)にかかわりなく、その音を耳にするかもしれない全ての人が含まれる。その聴衆の情動的環境を想像し、共感を使い感じ取り、適した音を出すことが彼らのなりわいである。

ということで、こちらの投稿動画を見てみてください。

👼:はんなり呼び込み君?

🐣:はんなり呼び込み君。


ドンキと呼び込み君

🐣:この動画は、東京チンドン倶楽部が2022年9月26日~10月1日の間に北海道の札幌市内を回ったときの映像で、投稿者であるハラナツコも演奏者のひとりです。北海道なので「ファイターズ讃歌」を演奏してるのと、街を歩きながら「呼び込み君」の音楽をはんなり演奏しているところですね。

👼:「呼び込み君」って、あのスーパーとかでよく鳴ってるアレですよね。

🐣:そうです。

👼:怪奇!YesどんぐりRPG歌ネタにもなった、あの…?

🐣:そうです。そして、「呼び込み君」について取り上げている書籍として、谷頭和希『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』を紹介したいと思います。

この本はとりあえずめちゃくちゃ面白いので全員読んでほしいのですが、音楽好きにとっても大きなヒントを与えてくれるものになっています。本書では、ドン・キホーテの外観や商品の陳列などについて「内と外を融和させる」をキーワードに紐解いています。そして、中盤では「周囲から隔離されたショッピングモールと地域共同体に開かれたドンキ、という図式」(p.146)を提示し、その一例としてBGMの違いに注目しています。以下に引用します。(p.147~p.149)

ディズニーランドでは、各テーマランドをイメージしたそれぞれのBGMが作られており、それが絶対に混ざらないように徹底した音響の操作がなされています。(中略)徹底的に音空間を管理するためには音が混ざらないようにするために外部空間からの「隔離」が必要になってくるわけです。
ここからわかるのは、人間がいかに音響を操作(=隔離)することによって「ユートピア」とされる空間を形成しようとしてきたのか、ということです。そして、ショッピングモールの空間もまた、その流れの延長線上にあるのです。
対して、ドンキの音空間はどうでしょうか。
ドンキの店内に入ってまず思うのは、ありとあらゆる音が混ざり合っている(融和!)ということです。
(中略)
もちろん、ここで確認しなければならないのは、それぞれのドンキによってこの音空間にも差があるということです。繁華街に近いドンキではよりさまざまな音が聞こえてくるでしょうし、住宅街に近いドンキであれば、相対的にその音の数は少なくなっていくはずです。

👼:「隔離」ではなく、地域共同体に開かれ(=融和)ていることで、その地域に合わせた音空間が実現されているのが面白いですね。さっきのちんどん屋が演奏をその周囲環境や通行人の反応に合わせて調整しているのと似たものを感じます。

🐣:そして、この流れであの「呼び込み君」についても説明しているのです。(p.150~151)

ドンキの音空間で重要な要素の一つが「呼び込み君」です。名前で聞くとわからないかもしれませんが、これは、スーパーなどで「ポポーポ ポポポ ポポーポ ポポポ ポポポポポー ポポーポポ」という軽快なメロディの呼び込み音を流す機械のことです。どこかの店で一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。
(中略)
この呼び込み君も、ドンキの混ざりゆく音空間のなかに入り込んでいます。でも、呼び込み君とドンキが持っている結びつきもまた、決して偶然のものではないと私は考えています。そのヒントが、呼び込み君の設計にあります。
それは、呼び込み君に搭載された「人感知センサー」です。
(中略)
呼び込み君の音がずっと流れているということは、そこに人がいる、あるいはいたということなのです。つまり、私たちは呼び込み君を介して、ドンキで他人の存在を知らず知らずのうちに体感していたのです。

👼:う~ん、面白い。

ちんどん屋と呼び込み君

🐣:そんな「呼び込み君」ですが、、インターネットサイト『デイリーポータルZ』が製造販売元の群馬電機株式会社に取材をしている記事がありました。

そこでこんな面白い解説がされていました。

日々の業務で技術を蓄積し、今から20年前に「LEDで光る製品を自社ブランドにしよう」ということになった。LED表示でなにかを目立たせよう! と考えたが、ひとつ問題がある。

「LEDの光は、目に対するアピールになります。ということは、当たり前ですがお客様が商品のほうを向いてないと気づいてもらえません。それなら、音を鳴らせば振り返って気がついてくれるはず。目と耳にアピールすればいいんだ、というのが、音を鳴らすことになったきっかけです」

製品の用途は「店番」に決まった。小さな商店では店員が奥で作業をしていることがある。お客さんが来たときに音が鳴れば、店員が来客に気がつくことができる。
だから人感知センサーがついているのか。スタート地点は「ファミリーマートの入店音」と同じだったのだ。

👼:なるほど、元々「呼び込み君」は店員の代わりにお客さんを見つけてくれる機械だったんですね。

🐣:そんな、人の代わりに人を感知する機械「呼び込み君」の音楽が、ちんどん屋によってすすきの交差点ではんなり演奏されてるの、めちゃくちゃ面白くないですか?

👼:たしかに、人感知センサーが作動してから鳴らされる録音物である「呼び込み君」の音楽が、ちんどん屋の「ヒビキ」の営みにも活用されているのは興味深いですね。鯨の身体が海に対しておこなっているように、自身(=感覚器官の束=建物)の外側を絶えず捉え、調整することが重要という点で、もしかしたらドンキとちんどん屋には共通してるものがあるのかもしれません。

🐣:それでは、最後にちょっと思い出したことがあるんで、それ話して終わろうと思います。私は地元が都市部じゃないこともあり、ぶっちゃけ家でちんどん屋を聞く機会ってこれまで全くないんですよ。でも深夜に布団に潜ってるとき、どこかから暴走族の音が聞こえてくることがあって。それ聞くと無性に落ち着いて元気が出たんですよね。

👼:はい。

🐣:でも最近は全然ここを通らなくなっちゃって…

👼:そうなんですか。

🐣寂しくね…?

👼:知らないですよ、そんなの…

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to be continued


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