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ツァイ・ミンリャン ファスビンダー「不安は魂を食いつくす」を語る

「ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー傑作選」の公開が発表されましたが、今回が日本劇場初公開となる「不安は魂を食いつくす(1974)」はツァイ・ミンリャン監督の生涯ベストの一作でもあります。台湾のフィルムアーカイブセンター「國家電影及視聽文化中心(TFAI)」で2022年に行われたツァイ・ミンリャン監督のトークイベントで、創作の道を志す前に今作を初めて観た時のエピソードを語っていたので一部抜粋して翻訳してみました。

大学での恩師は王小棣(ワン・シャオディ)だったが、私の"もう一人"の映画の恩師は「電影資料館」だった。映画を観るために資料館に通い詰めていたので、大学は王小棣の授業を除いてほとんど出席していなかった。

資料館で幼少からそれまで親しんでいたものとは全く違う映画をたくさん観た。いわゆる欧米のアートフィルムの類。トリュフォーやフェリーニ、ゴダール、アントニオーニ。日本の大島渚など。時々冗談でこの類の映画に巡り合ったことを今でも恨む、と言うんだが…笑。私をこんな映画監督にしてしまったのはあの「電影資料館」だ。

大学2年か3年の頃、その資料館で初めてファスビンダー「不安は魂を食い殺す」を観たが、もう最初の30分くらいで身の毛もよだつような気持ちに。というのも、これは清掃婦の初老のおばさんと、30代ぐらいのモロッコ人移民の男のいわゆる“歳の差恋愛モノ”だが、不恰好な男女が主人公の恋愛映画なんてそれまで観たことがなかったからで笑。正直なところ気持ちが悪いとさえ思ってしまった。BGMのない演出だったり、表現方法も奇妙に感じた。でも不思議なことに、観終わったあと私は椅子から立ち上がれなくなってしまった。椅子の上で茫然自失となり、他の利用者たちがみな帰ってもまだそこから動けずにいたほどだ。

あの衝撃は果たしてなんだったのだろうか?

しばらくして「あの清掃婦のおばさんもモロッコからやってきた肉体労働の男もただの人間だったのだ」だと、突然そんな感覚に至った。
恋愛関係にある二人は当然、性的な関係もあるわけで…。

トリュフォーの「大人は判ってくれない」を初めて観た時もそんな感覚だったが…。これらの体験は一種の”頓悟(※とんご。長い修行の過程を経ずに悟りの境地に達すること。即座に仏果を得ること。)”とも言えるかもしれない。
つまり映画は観る者の問題を解決したり、回答を与えるものではなく、ただ問いかけるものだとわかった。そしてその問いの答えも誰かが教えてくれるものではない、と。

そんな強烈な経験を経て、私の映画のもう片方の窓は開かれたのです。

【王小棣(ワン・シャオディ)】
1953年生まれの映画監督、脚本家。アメリカ留学を経てテレビ全盛期の80年代からテレビ業界を中心に活躍、台湾ホームドラマの礎を築いた。王童(ワン・トン)の「村と爆弾(1987)」「バナナ・パラダイス(1989)」の脚本を担当した他、現在でも国民的人気を誇るアニメ映画「魔法阿媽(おばあちゃんは魔法使い)(1998)」の監督としても有名。
【電影資料館】
映像作品の保存を目的に政府と民間が共同出資し1978年に設立。資料館は台北市青島東路のビルの一室にあった。現在は「國家電影及視聽文化中心(TFAI)」となり、観光客も入館できるシアターと展示施設が一体になったフィルムセンターとして2021年にリニューアル。(BRUTUS台湾特集号で取材させていただきました。)

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