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読書あるある:冒頭の誤字で読む気が失せる

ヒューマンエラーはどうしても起こる。

noteを書くようになってから特に感じることだが、
自身が作成した文章の誤字脱字を見つける作業はかなり億劫なもの。

著作において、一文字たりとも誤字脱字をしてはいけない、とは言わない。

が、せめて冒頭だけは勘弁してくれないかな…

本当に大人がチェックしたのか?

タイトルは伏せるが、『60分でわかる!◯◯』系の本を読んだ際、
1ページ目から誤字があったため、そっと本を閉じてしまった。

60分どころか60秒で読了する結果となった。
当然、内容は何も頭に入っていない。

本の冒頭は、読者を惹きつけるという大事な役割があるはずだ。

出版側の推敲のフローは把握していないが、
少なくとも私であれば、冒頭の確認には工数をかける。

私が読んだ60分シリーズについては、
おそらく誤字の確認作業も60分で終わらせたのだろう。

読書のペースを乱す

誤字脱字には、それ自体に注意を向けさせ、読書する脳を強制停止させる作用がある。

大前提として、本は読者に何かを伝えるために生まれたものだ。

誤字脱字は、読者と著者とのコミュニケーションのリズムを乱すと言える。

ランニング中に靴紐がほどけると、イライラするだろう。

本への過度な崇拝

読書には人生を変える力があると信じている。

賢い人間の考え方や、科学的根拠のある有益な情報を知ることにより、
自分の生活を豊かにする。

自分を変える手段として、読書を神格化している節が私にはある。

そんな私を導く本(メシア)が、
旅の始まりで無様に転ぶ姿は見たくない。

「この本は私をお救いになるのだろうか…?」

本というコンテンツへの私の過度な崇拝が、
この怒りを生み出す原因となっている。

福山雅治の結婚でブチギレていたファンの気持ちが
少しだけわかったような気がした。


おわり

X:https://x.com/MajinNewType

余談

ショーペンハウエルの『読書について』にも、
「正しく言葉を使えていない本は今すぐ窓から投げ捨てろ」
のような主張があった。

…気がしたが、改めて読み返したところ、見つけられなかった。
私の妄想のようです。すみません。

このnoteの冒頭に誤字脱字がないことを、心からお祈り申し上げます。



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