「食べるために作ってるなら、ちゃんと食べたらいいのに」――井出留美さんが食品ロス問題を書く理由
恵方巻きの大量販売・廃棄問題や、食品の廃棄に困るコンビニオーナーの悲痛な叫び――。Yahoo!ニュース 個人のオーサーである井出留美さんの記事に今年、大きな反響がありました。その井出さんに、2018年の「Yahoo!ニュース 個人」オーサーアワードが贈られました。食品ロス問題専門家・ジャーナリスト・博士(栄養学)という3つの肩書を持つ井出さんに、発信する思いを聞きました。
――Yahoo!ニュース 個人の記事を書く上で、決めているルールはありますか?
「真の専門家は一般の目線まで降りられる人だ」という言葉があります。文章の分かりやすさだけでなく、自分の目線も下げることも意識しています。
また、食品業界のなかにある上下関係もすごく気にしています。私がかつて働いていた食品メーカーならば、まず小売店が上にあって、メーカーがあって。コンビニならば、本部があって店舗のオーナーがいて。その「立場」は気をつけています。
読者にもいろんな「立場」の人がいます。記事への反響も、農水省や環境省の人、大学の先生、NPOとさまざまな立場の人からありました。シェフの方や国会議員からも。一般に目線を下げることを心がけていますが、それと同時にこういう書き方なら省庁の人は読むかな?大学の先生に届けるにはエビデンスが必要だな、と意識します。そういった記事はPVは落ちるかもしれないですが、参考になるかなと思ったら発信します。
食品ロスは、1つや2つの組織だけでは解決できない。企業だけでも、行政だけでも無理なんです。国を動かさないといけないし、議員にも動いてもらわないといけない。幅広くいろんなところにアプローチをしたいんです。集まる情報も、自分で集めたデータも、貯め込むんじゃなくて出して循環させたい。食べ物も食べて出す、同じですよね。
――業界の上下関係まで意識して書いているのが新鮮でした。
食品メーカーを辞めたときから、業界のヒエラルキーや商慣習によって生まれる食品ロスがあると感じてきました。
「食品ロスを生み出す「欠品ペナルティ」は必要? 商売の原点を大切にするスーパーの事例」という記事を書いたのは、眠っている良い事例を掘り起こして、これがあるべき姿なんじゃないの?と問いたかったから。
小売店から発注を受けた分、納品できなくなった場合に支払う食品メーカーの欠品ペナルティ。ここを是正することで食品ロスは減る。すぐには変わらないけど、買う方にも売る方にも気付きを与えたいんです。広報の仕事を14年ほどやっていて、社内でも気づいていない良い事例を見つけ出す経験が、いまにつながっていると感じています。
――世の中にポジティブな事例を出すこと、これはおかしいと問題提起すること、どちらに重きを置いていますか?
難しいですが、偏らないようにはしています。「暴く」話ばかりだと気持ちが暗くなっちゃうというのもありますね。
ただ、マスメディアにはできない発信は意識しています。全国展開しているコンビニなどの大手企業は、マスメディアにとって広告のクライアントでもあるので、私からみると切り込んでいない。また、専門的な視点でみると案外間違った記事もある。そういった報道を指摘する記事も書いています。
取材の様子(撮影:Francesca Nota)
――講演活動も精力的にしている印象ですが、書くことと両立するのは大変では?
講演は月によって波があって、10月11月は連続していました。しかも、対象が高校生、一般の市民、食品メーカーの社員、スーパーの社長と立場もバラバラですし、10代から80代まで年齢もバラバラ。移動やそれぞれに合わせた話し方、資料を用意することが大変ですね。
でも講演と取材をうまく組み合わせています。長野県で講演があった際は、前々から取材したかった飯田市のリンゴ農家を取材しました。講演でとったアンケートが記事のデータになることもあります。
「情報は発信するところに集まる」コンビニを巡る記事で実感
――記事の反響で印象に残ったものは?
コンビニの記事です。スーパーについて書いた後、Yahoo!ニュース 個人の編集からコンビニの記事はどうですかと提案してもらいました。言われなかったら気づかなかった視点なので、チャンスをもらったと思っています。
全国のコンビニのオーナーからメールやSNSで、「うちはこうです」「書いてくれてありがとう」といった反響がありました。本部の人だろうなという人からはクレームのようなものも。「情報は発信するところに集まる」という言葉を実感しました。
そしてもっと根深い問題にも気付きました。オーナーに取材してみると「人間らしい暮らしがしたい」という言葉が出てくる。根深い労使関係の問題があって、聞いていくうちにどんどん食品ロスの話じゃなくなっていく。それも大きかったです。
――オーナーの反対側にいる、本部への取材も大変だったのでは?
大変でしたね(笑)。コンビニの大手3社は、それぞれ違いもあります。1社だけどうしてもアポがとれなくて、電話するたびに違う人が出てくる状況で、実際に取材するまで2カ月かかりました。一方で、深夜営業をやめる店舗をつくったり、電子タグを導入したりと柔軟さを感じる例もあります。
本部側の視点で書くこともあります。「「サマータイムやめて」スーパーとコンビニの悲鳴の裏側」という記事では、時間単位で動くスーパーやコンビニでは、2時間でもシステムがぐちゃぐちゃになって大変だと書きました。
争いたいわけじゃなく、「食べるために作ってるんだし、ちゃんと食べたらいいのに」というだけなんです。北海道の胆振地方地震で、幕の内弁当の具材がそろわないので捨てなきゃいけないという北海道新聞の記事「具材そろわず商品出せない 弁当工場 コンビニ規格が壁」を読みました。かたや独立系のコンビニであるセイコーマートは、ノリが足りないなら塩むすびで売っていた。消費期限、賞味期限の手前の「販売期限」が、本当にがん。災害のときこそ撤廃したり、せめて消費期限までは売っていいんじゃないかと思うんですけどね。
コンビニ業界の人からは「読んでいて耳が痛い」と言われます。個人を批判しているのではなく、システムを指摘していることは分かってもらえていると思っています。
「食品ロス」は減ったのか?
――社会が変わってきたと感じることはありますか?
オーサーに無償提供されている「G-Search」(過去30年以上にわたる新聞、雑誌の記事情報などを検索できるデータベースサービス)で、「食品ロス」や「フードロス」という言葉を検索すると、2015年と16年が境になっています。2015年の記事数は3ケタだったのが、2016年には4ケタに。それから2018年まで4ケタで推移しています。
小売の人は「売ってなんぼ」で、捨てようが何しようが売れればOKみたいなマインドの人もまだまだ多い。けれど、今年2月に兵庫県の「ヤマダストアー」が恵方巻きの大量販売をやめるというチラシを出し、話題になりました。
今年は恵方巻きの大量廃棄について、いろんなメディアから取材依頼があって対応できないくらいでした。変わらないんだろうなっていう諦めモードだったので、とてもうれしかったです。
まだ点でしかないと思いますが、こういう良い事例がポツポツ出てきていることが救い。全国展開しているところはまだ難しいですが、オセロのようにいつか変わればいいなと思います。
取材の様子(撮影:Francesca Nota)
――なかなか解決できない理由について、感じることはありますか?
以前、国連が掲げるSDGs(持続可能な開発目標)の専門家のセミナーで、日本は「目先のことしか考えてない」という指摘がありました。どんどん担当者が異動するので「自分の在任期間のときはこのままでいい」とも。取材していても、担当者から「自分がいるときさえよければOK」みたいなものは感じることがあります。
「ジャーナリスト」として目指すもの
――オーサーを始めた当初はなかった「ジャーナリスト」という肩書を追加したきっかけは?
きっかけというきっかけはないです。自分ではおこがましいなと思っていて…。2017年に、Yahoo!ニュース 個人で執筆を始めたことを知った知人から「井出さんは、取材して書いてるんだからジャーナリストだよ」と言われて。取材しているのは事実なので、じゃあ思い切ってつけてみようかなと。腰が引けながら名乗っているというか…私の場合は過去の記事については劣等感しかないです。
Yahoo!ニュース 個人のオーサー向けのメールマガジンに、いつも「発見と言論が社会の課題を解決する」という言葉が記載されています。そうそう、それがゴールだよね、と。文章力、編集力、取材力、構成力、その道でずっとやってきたジャーナリストからすると劣っているのは認めざるを得ない。でも、食品ロスという問題を広く認知してもらい、食品ロスという言葉を使う人やマスメディアが取り上げることを増やしたい。それも社会的課題の解決につながる「ゴール」だと思ったら、下手は下手なりに発信するしかない。修行僧みたいな感じです(笑)。
そのためにはやはり、一般の読者の目線に降りる。食品ロスは特に、業界の中のヒエラルキーや上下関係があるために商慣習が解決の邪魔をしていることがあります。マスメディアがクライアントに切り込まないなら、そこに切り込んでいきたい。
食品メーカーで広報をしていた際に、大学院で栄養学の博士号をとりました。自分でデータをとって論文を書くのと同時に、プレスリリースも書きました。最初は鳴かず飛ばずだったけれど、3カ月くらい粘ったら全国紙が取り上げてくれ、ラジオ、テレビからも取材が来ました。
一般向けのメディアだと、そこまで深掘りしない。大学の先生は、すごいデータがあるのに一般向けに分かりやすく伝えようとしていない。自分でデータをとって発信する。そこは私のアドバンテージです。
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