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アロマ(香り)と科学と形而上学

今までの記事はアロマセラピーやアロマヒーリングについて抗不安効果(*1, *2)抗ストレス効果やリラクゼーション効果におけるエビデンス(*3, *4, *5)、そして自律神経の調整や脳波を短時間で切り替える効果(*6, *7)が示されていることを紹介してきました。

ここで、まずはアロマ(Aroma: 香り、芳香)がどのように作用するかを科学的な視点からみていきます。

人間の顔から頭部にかけての断面図をFigure 1に示します。鼻の穴から吸入した空気はその奥の鼻腔へと送られます。そして、鼻腔の上部には嗅神経(きゅうしんけい:Olfactory nerves)が張り巡らされており、そこで匂いを発する物質が感知されます(*8)。

この嗅神経(Olfactory nerves)は鼻腔の上部にある篩板(しばん:Cribriform plate)を越えて頭蓋の中につながっています。嗅神経は頭蓋内(前頭葉の下面)にある嗅球(きゅうきゅう:Olfactory bulb)という脳神経につながっています。

そしてFigure 2に示すように、嗅球(Olfactory bulb)から神経繊維でつながっているのは梨状皮質(りじょうひしつ:Pyriform/Piriform cortex)、嗅結節(きゅうけっせつ:Olfactory tubercle)、扁桃体(へんとうたい:Amygdala)、嗅内野(きゅうないや:Entorhinal cortex)へと神経刺激が伝達されます(Figure 2右側の青い部分, *9)。

梨状皮質/嗅結節/扁桃体/内嗅野へと伝えられた刺激は眼窩前頭皮質(がんかぜんとうひしつ:Orbitofrontal cortex)、視床(ししょう:Thalamus)、視床下部(ししょうかぶ:Hypothalamus)へ伝達され、脳の高次機能を司る領域で処理されます。そして一部は記憶を司る海馬体(かいばたい:Hippocampal formation)へと投射され、記憶や体験とも関連づけられます。


一般の読者にとっては初めて聞く脳内器官が多く、場所が想像しにくいと思いますがこれらを3次元的に見るとFigure 3のように表されます(画像引用*b)。鼻腔の嗅神経で感じた匂い刺激は嗅球(Olfactory bulb)を通り、梨状皮質(Piriform cortex)/扁桃体(Amygdala)/内嗅野(Entorhinal cortex)を経て、一部は海馬体(Hippocampal formation)へ、そして視床(Thalamus)を経て眼窩前頭皮質(Orbitofrontal cortex)というルートを通ります。


そして、“匂い”を感じる嗅覚のシステムは“記憶”を司る海馬体と密接なつながりがあります。Figure 4に海馬体を中心としたネットワークを示していますが、図にあるように中心の海馬体と嗅内野(Entorhinal cortex)に直接的なつながりがあり、近くにある嗅周皮質(きゅうしゅうひしつ:Perirhinal cortex)も嗅内野や海馬と直接つながっています (*10)。

これらは“匂い”を知覚すると“記憶”のネットワークと連動することを意味しています。なので、例えば「カレー」の匂いを嗅ぐとカレーライスの匂いだけではなく「食べた記憶」「味の記憶」「食べた後の消化反応」が記憶として想起されるので、「唾液が分泌される」「胃が動き始める」「お腹が鳴る」「空腹感を感じる」といった一連の自律神経反応を引き起こすことにつながります。


また、これらの嗅内野や海馬体などへ伝達された匂いの刺激は大脳皮質の連合野(Association area)へと伝えられます。これらはまだ詳細な部分までは分かっていませんが、その刺激が「心地よい」か「不快か」、「好き」か「好きじゃない」かなど、情報を統合した上でより高次の思考処理を行なっていると考えられています。


例として、目隠しをして「コケ」や「土」の匂いを嗅いだ場合、多くの人は「木が茂った森の中」や「コケの生えているような木陰に囲まれた場所」をイメージすると思います。ここまでは「匂い」「知覚」「分析」「記憶」といったステップを経ることは多くの人で共通していると考えられます。

しかし、「苔や土の匂い」を嗅いで「木陰を散策・森林浴」を想像して「心地よい・癒される」と感じる人もいれば、「土は汚い・野生動物やヘビ」などを想像して「嫌い・心地良くない」と感じる人もいるでしょう。このような一次的な知覚情報だけではなくそれに伴う記憶や個人の嗜好などを統合して気分と結びつけているのが大脳の眼窩前頭皮質や連合野と考えられます。

しかし、科学的に言えることはここまでで、それ以上のことは分かっていません。上に挙げられた“匂い”の神経伝達経路は、「解剖学的に嗅神経が脳のどの部位につながっているか」あるいは、「匂いを感じた際に脳機能画像でどの部位が活性化しているのか」という情報までです。

Figure 6に示すように、科学の発達によって脳細胞を顕微鏡的に観察することも可能ですし、分子生物学的に分子レベルで物質の代謝メカニズムを解析することも可能です。そして生きた人間でも脳波を測定したり、リアルタイムで脳の活性化部位を視覚化するfunctional MRIという技術も用いることが可能です。もちろんまだ他にも最先端の科学技術を用いた計測機器は数多く存在します。

しかし、現時点においてこれまで紹介してきたエビデンスでは“気分”や“感情”を評価する方法は「自己申告によるスコア採点」が大部分を占めています。例えば、“匂い”や“香り”によって起こり得る気分の変化にはどのようなものがあるかというと、“心地よい: pleasant”、“幸福な:well being”、“うんざり:disgusted”、“ワクワクする:excited”、“腹立たしい:angry”、“ロマンチックな:romantic”、“落ち着いた:relaxed”等々、様々な気分や感情が挙げられます。


ただ、これらは非常に漠然としており曖昧なものであるため“科学的な検証が困難”な領域でもあります。そんな中で“匂いや香りによって引き起こされる気分や感情の変化”を分類した研究も出てきました。スイス・ジュネーヴ大学のChrea氏による研究が「Mapping the semantic space for the subjective experience of emotional responses to odors.(匂いに対する感情的反応の主観的経験の意味空間マッピング *11)」というもので、タイトル通り匂いから誘発される感情を分類した研究です。この研究が2009年なのでこのような漠然とした科学で捉えにくい領域の研究は科学技術的な領域に比べて遅れている印象があります。

これによるとFigure 7に示すように大きな分類として「Happiness and Well-being(幸せ/幸福感)」、「Awe/Sensuality(畏敬/官能)」、「Dusgust/Irritation(嫌悪/苛立ち)」、「Soothing/Peacefulness(癒し/安らぎ)」、「Energizing/Cooling(活力/落ち着き)」、「Sensory/Pleasure(感覚/喜び)」といったグループ分けがされ、その中に様々な感情が細分類化されています。


これらの“気分”や“感情”はその大きさや量に関しては、これまで紹介してきた学術論文でどのように評価されてきたかと言うと、Figure 8に示すようにビジュアル・アナログ・スケール(VAS: Visual Analog Scale)というものやこれに準じた評価尺度が主流です。

この評価方法は、被験者の人に「あなたが感じた気分のスコアを0から10の間で表現してください」という極めてシンプルな方法です。この評価方法を見て読者の方々はどう感じますか?科学的だと思いますか?

科学研究では「客観性」や「再現性」が重要視されます。Figure 9下段のように「血圧」は「血圧測定器」を用いれば正確に計測することが可能であり、「脳波」も「脳波計」を用いることで客観的なデータが得られます。

これに対して“気分や感情(Mood and Emotion)”の評価はまず「客観的」か「主観的」かというと完全に「主観的」な手段です。そして「観測可能か」という点においては、「その人がどの程度幸福感や怒りを感じているか」ということを計測できる機械はありませんので“気分や感情”は「観測不能(Undetectable/Unmeasurable)」ということになります(Figure 9上段)。

「検証可能か」と言う点においては、例えば「その人の"Pleasant"が8点ということを裏付けることができるかどうか」という点で「検証が不可能(Unverifiable)」と言えます。

そして「定量性」という点で見ると、Figure 9左上のように「アロマAの“Romantic”が2点、アロマBの“Romantic”が7点、A+Bをブレンドすると足して9点になるか?」というともちろんそうはなりません。つまり、「このスコアに定量的な意味はない/不可算である(Uncountable)」ということになります。

また「比較可能か」という点で見ると、「Aさんの“Pleasant”は6点でBさんの“Pleasant”は7点だから、Bさんの方がAさんより“Pleasant”であると言えるか?」と聞かれると単純にその通りとは言えません。厳密にはこれらは比較できない(Uncomparable)ものです。

これらを見ても分かるように“アロマを嗅いでその気分を評価する”という研究は、“感情という定義”も“Visual Analogue Scaleによる主観的アナログ評価”も“全く科学的とは言えない”ということが分かると思います。

しかし、今まで過去のアロマセラピーに関する学術研究を批判しているわけではありません。何故なら、“科学的にこれらの研究を行うのは現在のやり方が限界”であるためです。むしろこのような科学的に捉えられない現象を科学的な学術雑誌に掲載するに至ったこれまでの研究者達に敬意を払っています(*1, *3, *4, *6, *9, *11)。そしてこのような科学的に証明しにくい研究を採択した学術誌も大きく進歩していると思われます。


ではなぜ、今まで科学的に証明しにくいものの研究が遅れていたかと言うと、我々が「見えるものしか信じない」「形あるもの触れるものしか存在しない」「科学的に証明されたもの以外は存在しない」と「思い込んでいた」からです。但し、20世紀にアインシュタインが登場し相対性理論を発表し「時間も空間も“絶対的”ではない」と古典物理学を覆します。その後また別の科学者達は「宇宙には見ることも観測することもできない“何か”がある」ことに気がつきました。この“見えない何か”は過去の記事で紹介しているので読んでない方は読んでみてください(*12, *13)。

むしろ宇宙には“我々に見えないものの方が多く存在し”、我々地球人も“科学的に証明されていない/見えない何か”に囲まれながら生活している、という事実に一部の人々が気付き始めました。

“意識”というのもその一つであり、我々は“意識だけで外界に変化がおこるはずがない”と思い込んでいましたが、“意識は量子と相互作用する”という事実も既に過去の記事で紹介している通りです(*14, *15)。


ではこのような“意識”、“感情”、“見えない領域”これらは科学的に捉えることができないとしたらこれらを扱う手段は何なのでしょうか。その方法が「形而上学(けいじじょうがく):Metaphysics」です。先程言ったように過去の世の中では「見えるもの触れるもの形あるものしか信じない」という社会通念がありました。それは言い換えると「分子や物質など形のあるものしか扱わない(扱えない)学問」すなわち「形而下学(けいじかがく)」として発達してきました。つまり我々の知っている「科学」=「形而下学」なのです。

このため、「形而下学で扱えないこと」すなわち「気持ち」「感情」といったことから「魂」といった漠然とした概念や証明できないものは科学の発展に比べると大きく取り残されてきました。しかし実はこれらを扱える領域が「形而上学:Metaphysics(形のないもの、形を越えた領域を扱う学問)」と言えます。


これまでのアロマオイルの効果に関する研究から、これらは感情や気分といった部分に作用し、不安解消やリラクゼーションによって血圧を下げたり自律神経を整える効果があるようです。言い換えると、アロマオイルやエッセンシャルオイルは“気分”、“感情”といった形而上学的な領域に作用を及ぼし、そこから“身体的”、“物理生理学的”な領域に良い作用をもたらすと言えます(Figure 11)。

これまでの医薬品の場合は「血圧を下げる薬」を例に挙げると「心拍数を下げる薬」「血管収縮筋を緩める薬」「循環血液量を減らす薬」といった具合に、「物理的に血圧を下げる」ことにフォーカスされてきたと言えます。裏を返すと、「血圧の薬をいくら飲んでも幸福感や心の癒しを得られるわけではない」ということであり、実際にその通りです。

これに比べるとアロマセラピーやヒーリングで用いられるアロマオイルは、これまでのエビデンスから「抗不安作用/抗ストレス作用/リラクゼーション効果」が大きいことが分かっています(*1, *3, *4, *6)。気分を落ち着かせることによって「自律神経の安定化/心拍数減少/血圧低下/安眠」といった身体的効果ももたらしています。量的にも吸入というごく僅かな量で効果をもたらすので、内服薬のように全身に一定濃度を保って効果をもたらす薬剤とは作用機序が異なると考えられます。どちらかというと「身体臓器への直接作用というよりも、感情や気分といった形而上学的な領域への作用が中心的」と考えられます。

またアロマ/エッセンシャルオイルの特徴として「天然の植物から精製され」「非常に微量で効果が得られ」「重篤な副作用がなく」「精神的な領域にも良い効果をもたらしてくれる」とても有益なものと言えます(この記事は製薬会社ともアロマ製造会社とも利益相反はありません)。

もちろん、例に挙げた降圧薬は現在でも多くの人に提供されており、それによって多くの人々の健康に貢献しています。しかし、我々は「物質的な身体のみで生きている」わけではなく「気持ちや感情といった形而上学的な側面」も持っています。「物質的・科学的な部分」だけに注意を向けるのではなく、「見えない領域、形のない領域、形而上学的な部分」に意識を向け、この領域にも効果的なものを利用していく方がバランス良く生活できると思います。先に示したように「宇宙論」でも「量子力学」でも私たちの過去の常識は覆されており、我々も日常生活レベルで形而上学的な領域に目を向ける時期なのかもしれません。

今回も取り上げた「香り: Aroma」は思っている以上の効力を持っているかもしれません。但し、合成香料や香水ではなく“天然のエッセンシャルオイル”であることが重要なのでそこを間違えないように試してみてください。

(著者:野宮琢磨)

野宮琢磨 医学博士, 瞑想・形而上学ガイド
Takuma Nomiya, MD, PhD, Meditation/Metaphysics Guide
臨床医として20年以上様々な疾患と患者に接し、身体的問題と同時に精神的問題にも取り組む。基礎研究と臨床研究で数々の英文研究論文を執筆。業績は海外でも評価され、自身が学術論文を執筆するだけではなく、海外の医学学術雑誌から研究論文の査読の依頼も引き受けている。エビデンス偏重主義にならないよう、未開拓の研究分野にも注目。医療の未来を探り続けている。

引用/参考文献:

*1. Wilkinson MS, et al. Effectiveness of Aromatherapy Massage in the Management of Anxiety and Depression in Patients With Cancer: A Multicenter Randomized Controlled Trial. J Clin Oncol 25:532-539. 2007. https://ascopubs.org/doi/10.1200/JCO.2006.08.9987 
*2. アロマセラピー/アロマヒーリングって科学的根拠あるの?
https://note.com/newlifemagazine/n/na9b1dcba056e 
*3. Bicer S and Demir G. The Effect of Aromatherapy Inhalation on Fatigue Level in Individuals Undergoing Hemodialysis Therapy. International Journal of Caring Sciences 2017, 10 (1) 161-168.
*4. Bae I, et al. Effects of aromatherapy essential oil inhalation on the stress response after exposure to noise and arithmetic subtraction stressor: randomized controlled trial. Int J Clin Exp Med 2018;11(1):275-284
*5. アロマセラピー/アロマヒーリングの疲労回復・リラックス・抗ストレス効果に対するエビデンス
https://note.com/newlifemagazine/n/n4e5d3b7df1b8 
*6. Sayorwan W, et al. The Effects of Lavender Oil Inhalation on Emotional States, Autonomic Nervous System, and Brain Electrical Activity. J Med Assoc Thai 2012; 95 (4): 598-606, 2012
*7. アロマが脳波と瞑想にもたらす効果
https://note.com/newlifemagazine/n/n632de7c797fa 
*8. Olfactory nerve system- Wikipedia.
https://en.wikipedia.org/wiki/Olfactory_system 
*9. Purves, D., et al. (Eds.). (2004). Neuroscience (3rd ed.). Sinauer Associates.
*10. 脳科学辞典−海馬.https://bsd.neuroinf.jp/wiki/海馬 
*11. Chrea, C., et al. (2009). Mapping the semantic space for the subjective experience of emotional responses to odors. Chemical Senses, 34(1), 49-62. https://doi.org/10.1093/chemse/bjn052 
*12. 存在しているはずなのに科学的に観測できないもの
https://note.com/newlifemagazine/n/n594654ee1eb3 
*13. 私達の周りにもあった、未知の物質:ダークマター(2)
https://note.com/newlifemagazine/n/ned28052f0b6b 
*14. 「観る」ことで「現実が変わる」?:二重スリット実験
https://note.com/newlifemagazine/n/nf11ac38b370a 
*15. 「意識」が物質を変えることを証明:二重スリット世界規模実験
https://note.com/newlifemagazine/n/n19342d9a4f56 

画像引用
*a. https://en.wikipedia.org/wiki/File:Head_Olfactory_Nerve_Labeled.png
*b. Murphy, C. Olfactory and other sensory impairments in Alzheimer disease. Nat Rev Neurol 15, 11–24 (2019). https://doi.org/10.1038/s41582-018-0097-5
*c. https://bsd.neuroinf.jp/wiki/ファイル:海馬1.png
*d. https://pixabay.com/photos/ Image by Leandro De Carvalho from Pixabay
*e. https://bsd.neuroinf.jp/wiki/ファイル:海馬2.png
*f. https://en.wikipedia.org/wiki/10–20_system_(EEG)#/media/File:EEG_10-10_system_with_additional_information.svg
*g. https://en.wikipedia.org/wiki/Electroencephalography#/media/File:Spike-waves.png
*h. https://www.irasutoya.com/
*i. https://www.freepik.com/free-photo/ Image by andreas

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