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二重スリット実験:“観測すると本当に干渉縞模様は消えるのか?”

今回の記事も“二重スリット実験 (Double-slit experiment *1)”の原理を紐解く“光の二重性 (Duality) ”に関するシリーズ(*2, *3) の続きです。前々回の記事では、1800年頃にヤングの実験(*4)によって「光が2本のスリットを通過して干渉縞模様を映し出す」ということから“光の波動説”が優勢になったというところまでを紹介しました (Figure 1左、*2)。

しかし、1900年頃にはアインシュタインが“光量子仮説”を用いると「光電効果 (photoelectric effect)を説明できる (*5, *6)」という研究を発表します (Figure 1右)。これによって“光の粒子説”もまた確固たる根拠とともに有力説として見直されてきました。

そしてプランク (Planck) やアインシュタインの研究によって量子理論 (Quantum theory) という概念が構築され、1926年にシュレーディンガーによって波動関数/波動方程式というものが発表されました (*7)。これによって光子 (photon) や電子 (electron) といった量子 (quantum) の位置や運動量はこのような方程式によって導かれることが示されました。すなわち古典物理学のようにある決まった点が経時的に移動するのではなく、その位置も確率分布/確率密度として波動のように表されることがわかってきました。

この頃はアインシュタイン (Albert Einstein) が1921年にノーベル賞を受賞し、ニールス・ボーア (Niels Bohr *8) も1922年に原子物理学においてノーベル賞を受賞しており、二人とも物理学界の大家として知られていました。この二人が1927年にベルギーで開かれた国際的物理学会のソルヴェイ会議においてこの「光の性質に関する議論」を交わしています (Figure 3, *9)。

アインシュタインも量子力学を全面的に受け入れていたわけではなく、時には否定的な意見を主張し量子力学の物理学者達と活発な議論を繰り広げていました。このときのボーアとの議論も量子論における問答を行っていました。


・1つの量子でも2つのスリットを通過して干渉縞を作る

古典物理学に基づく一般常識的には理解が難しいですが、これまでの“光の波動説対粒子説”の物理学的な論争によって物理学者達は「光は波動性も粒子性も持ち合わせている光量子」という概念が認知されており、「量子という最小単位でも常に一点に収束するわけではなく、空間的に広がりを持った状態」であり、それを表すのがシュレーディンガーによる波動方程式であることが解明されつつある状態でした。

この1920年代では技術的に1個の光量子や1個の電子を用いた実験ができず理論による思考実験が行われていましたが、“1個の光子が二重スリットを通過しても干渉縞を作る”ということは後世の実験でも立証されています (*10, *16)。

そして、このときも「量子の位置は波動関数で表されるように広がりを持った状態であるため、干渉縞を形成する光子がどちらのスリットを通過したかは決定できない(検知できない)」というのが量子論的見解でした。


・アインシュタインからボーアへの提示

しかし、アインシュタインは「もし電子(または光子)がスリットに当たれば如何に微量であってもほんの僅かにスリットの運動量が変化するだろう。それを計測したら電子や光子がどちらのスリットを通過してきたのか判るのではないか?」という疑問を投げかけます。

そしてそうするためには“二重スリットを開閉する機構”やあるいは“二重スリット自体がある方向に自由運動できるような機構” (Figure 4) を取り入れることによって、“量子がスリットに与えた変化を計測することが可能になる”すなわち、「量子の経路を特定できるはず」という理論を提示しました。

これは先ほど述べたように、「干渉縞を作っている光子は波動性が現れている状態であり、その広がりを持った状態の光子がどちらのスリットを通過したか特定することはできない」という量子論的見解に異論を唱えるような疑問でした。これはもちろん、当時の実験環境が無い状況での議論なのでいわゆる“思考実験(理論に基づく頭の中での状況の再現と想像)”になります。


・ボーアの思考と予測

ボーアの推測は、“スリットが可動性のある状態としたならば、電子または光子がスリットに当たった場合にスリットの位置が動き不確実性を生じる。スリットの位置の不確実性により縞模様の位置も不確実性をはらみ「干渉縞は消える」”と考察しました。

つまり、アインシュタインが「干渉縞が出ている状態でもスリットに検知機構をつければ通過したのがどちらか特定できるのでは?」という問いに対してボーアは「通過した状態が分かる状況にした場合干渉縞は消えるだろう」と答えました。



・アインシュタインとボーアの思考実験は実現可能か?

上の思考実験では“光子や電子1個に対して検知できる精度を持ち、独立して可動性のあるスリット”を用意する必要があります。もちろんFigure 4の図は模式図なので問題はありませんが、現実的に考えると「量子1個を検知するのにバネや木板などでは論外」であり、1920年代では実現不可能でした。しかし21世紀になりその思考実験を実現した研究が2015年に発表されました(*13)。

実験が行われたのはフランスのソレイユ (Soleil)というシンクロトロン(Figure 5右下)で、軌道の直径が350メートルもある大きな加速器施設を用いて原子レベルの実験が行われました。


実験の原理は Figure 5左下(a,c)にあるように、“1個の量子を感知できる二重スリット機構”を再現するために、Figure 5左下(b, d)にあるように“1個の酸素原子”をスリットに見立ててこれに光子を当てる実験が行われました。

A) Figure 5(a,b)は“結合した二重スリット/結合した酸素原子”であり、これは“どちらを通過しても連動して動く”ために“どちらを通過したか特定できない機構”です。

B) Figure 5(c,d)は“独立可動の二重スリット/結合してない酸素原子”であり、これは“どちらか動いた方を感知できる”、つまり“どちらを通過したか特定できる機構”です。

これでアインシュタインが言ったように「干渉縞が出た状態でも通過したスリットを特定できるのではないか?」という予測が成り立つのか、それともボーアが答えたように「どちらか特定できるような状態にした場合、干渉縞は消えるだろう」という予測が成り立つのか、実際の検証が行われました。



・実際の実験では干渉縞は消えたか?残ったか?

実際の実験の結果はFigure 6のようになりました。上段が“2つのスリットが固定されどちらを通過したか特定できない”という状況 (Figure 5a/b) を再現した結果です。理論上得られる結果としては干渉縞の模様が出ており、一番左の実測画像も濃淡の縞が現れています。これは”1個の光子でも干渉縞が形成される”という理論を裏付ける結果を意味しています。

対して下段の画像は“2つのスリットが独立しており、どちらを通過した特定できる”というアインシュタインとボーアが議論した状況 (Figure 5c/d) を再現した結果です。上段と比較すると一目瞭然ですが、光子の干渉縞の模様が消失していることがわかります。

結論としては、ボーアの予測した通り“量子レベルの二重スリット実験において、経路を特定できるようにした場合、波動性を象徴する干渉縞は消失する”ということが21世紀の大掛かりな実験を通して立証されました。

ただし、ボーアの時代で全てが理解されていたわけではありませんし、現代においても二重スリット実験の現象が全て解明されているわけではありません。


・ボーアが残した考察と課題

しかし、ボーアは著書において「量子効果の分析において対象とする物体(量子)の振る舞いと、それを検出するための測定機器との相互作用を明確に区別することは不可能であるという問題に直面している」と綴っています (Figure 7, *11)。

これは、「ある量子に対して何らかの情報を得る(=観測する)」ということは、運動量/光/熱/振動、などなど「何かを与えるまたは何かを受け取る/干渉する」ということであり、「その時点で量子の性質を変えてしまう」ということを意味しています。

ここが量子力学と哲学や超自然科学、形而上学との接点と考えられますが、「見た時点で見る前と別な状況になっている」ということが量子レベルでは起こるということです。これが“観測することを実験系から完全に切り離せない観測問題(Measurement problem, *14, *15)”として量子力学の根本的な問題と認識しています。

もちろん、どのようにしてそのような現象が起こるかについては諸説ありますが、ボーアの予測や今回の実証実験とも、二重スリットに関する過去の記事(「観る」ことで「現実が変わる」?:二重スリット実験、など *16, *17, *18)とも整合する内容になっていますので読んでない人は読んでみてください。


・今回のまとめ

 ・光の二重性は1900年頃から活発に議論されていた
 ・アインシュタインとボーアは思考実験でも現実に近い議論を交わしていた
 ・波動性を保持したまま経路特定は不可能とボーアは予想
 ・90年後の再現実験でそれが実証された
 ・つまり、二重スリット実験は観測で結果が変わってしまう
 ・量子レベルでは“観測行為”自体が測定結果に影響する
 ・これが“観測者の存在によって現象が変わる”という議論を生む

先ほど述べたようにこの現象に関する考察は数多くありますが、現代においても全てが解明されていない不思議な現象として認識されています。それゆえ、そこに着目すること自体をタブーとしたり議論を避ける動きもみられました。特に哲学的あるいは神秘主義的な考察になるほど科学主義的学者からは敬遠されたようです。しかしこれまで紹介してきた研究でも「量子は観測するとその状況に合わせて正確にその性質を変えてくる (*16, *17, *18)」という結果が示されています。「意識と現実」の相互作用の核心に迫る研究を引き続き紹介していく予定です。


・ニールス=ボーアの紋章

余談になりますがFigure 8はボーアの紋章です。ノーベル賞を受賞する時は家紋が必要となるらしく、その際にボーアがデザインしたとされています。興味深いのはその中心に描かれているシンボルです。この記事にも何度か登場したことがありますが、陰陽 (Yin Yang)を表すシンボルです。あらゆるものは陰と陽の間に存在し、陰から陽が生まれ、逆もまた然り、常にどちらかが全てを覆い尽くすことはなく、その循環は永遠に繰り返される、というこの世界を象徴した東洋思想に基づくものです。

このシンボルの上に書かれている言葉は“Contraria sunt complementa (相反するものは補完的である)”というラテン語です。 “時には波であり時には粒子である”、“何かを確定すると何かが不確定になる”、“全てを完全に白黒決めることはできない”、“実在性を追及するほど実在性が乏しくなる”、このような量子力学の世界観を東洋のシンボルに重ねたのかもしれません。このような観点からも、ニールス=ボーアはただの優秀な科学主義者ではなく、この世界の真理を探究し続けた哲学者/神秘主義者/求道者であったと言えるでしょう。



・思考実験について

ここでボーアとアインシュタインが交わした議論は“思考実験 (Thought experiment)”というもので、実際に器材を用いて実験するのではなく、理論に基づいて頭の中で試行錯誤を行うことです。当時の物理学者の間では活発に行われる手法の一つでした。

この手法は言い換えると“能動的瞑想 (Active meditation)”と言えます。これは一般的に瞑想と連想される”無になる/全てを委ねる瞑想 (Passive meditation)”とは反対に、“想像力 (imagination) をフルに活用して思考の中でさまざまなものを構築していく瞑想”になります。よく科学者が“寝ても覚めても研究のことを思案している”、“トイレや風呂場でアイデアを閃く”というのはこの能動瞑想の状態です。

“悩みや考え事”との違いは“純粋な好奇心/探究心”から来る精神活動の場合は“ストレスにならない”という点です。悩みと違って、想像すればするほど想像力が高まり、脳内ホルモンも活発に分泌されます。さらにはこれらの先駆的な探究者達のように宇宙の神秘や量子世界の深淵さにつながったり、見えざる世界を知覚したりすることができるようになるかもしれません。ぜひ能動瞑想を積極的に行って想像力を磨いていきましょう。


(著者:野宮琢磨)2024.12.8

野宮琢磨 医学博士, 瞑想・形而上学ガイド
Takuma Nomiya, MD, PhD, Meditation/Metaphysics Guide
臨床医として20年以上様々な疾患と患者に接し、身体的問題と同時に精神的問題にも取り組む。基礎研究と臨床研究で数々の英文研究論文を執筆。業績は海外でも評価され、自身が学術論文を執筆するだけではなく、海外の医学学術雑誌から研究論文の査読の依頼も引き受けている。エビデンス偏重主義にならないよう、未開拓の研究分野にも注目。医療の未来を探り続けている。

引用/参考文献

*1. Double-slit experiment. Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Double-slit_experiment 
*2. 光の二重性 (Duality) を巡る波動説と粒子説の歴史 https://note.com/newlifemagazine/n/n06e5917e6bd6 
*3. 光の波動・粒子論争から量子論へ:“実在性の不確かさ” https://note.com/newlifemagazine/n/n503b51b98d5a 
*4. Young, T. (1807). A Course of Lectures on Natural Philosophy and the Mechanical Arts. Vol. 1. William Savage., pp. 463–464. doi:10.5962/bhl.title.22458.
*5. Einstein A. Über einen die Erzeugung und Verwandlung des Lichtes betreffenden heuristischen Gesichtspunkt. Ann d Phys 132, 1905
*6. Photoelectric_effect -Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Photoelectric_effect 
*7. Schrödinger E. 1926. Collected papers in Wave Mechanics. (Providence, Rhode Island: AMS Chelsea Publishing).
*8. Niels_Bohr -Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Niels_Bohr 
*9. Klein JM. The First Phase of the Bohr-Einstein Dialogue. Historical Studies in the Physical Sciences Vol. 2 (1970), pp. iv, 1-39
*10. 単一フォトンによるヤングの干渉実験(浜松ホトニクス/1982年)(Youtube) https://www.youtube.com/watch?v=ImknFucHS_c 
*11. Bohr N. Discussion with Einstein on Epistemological Problems in Atomic Physics, from Albert Einstein, Philosopher-Scientist, ed. Paul Arthur Shilpp, Harper, 1949
*12. Tanimura S. Complementarity and the Nature of Uncertainty Relations in Einstein-Bohr Recoiling Slit Experiment. Quanta Vol 4, No 1, 1-9 (2015)
*13. Liu XJ, Miao Q, Gel'Mukhanov F, Patanen M, Travnikova O, Nicolas C, Agren H, Ueda K, Miron C. (2015). Einstein–Bohr recoiling double-slit gedanken experiment performed at the molecular level. Nature Photonics, 9(2), 120-125.
*14. 観測問題-Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/観測問題
*15. Measurement problem-Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Measurement_problem 
*16. 「観る」ことで「現実が変わる」?:二重スリット実験https://note.com/newlifemagazine/n/nf11ac38b370a 
*17. 量子の最新研究と因果律の崩壊?https://note.com/newlifemagazine/n/nf66f91110a61 
*18. 「量子」と「時間」と「世界」の謎解きhttps://note.com/newlifemagazine/n/n96af4cbc0890 
*19. Yin and Yang-Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Yin_and_yang 

画像引用
*a. Image by Stannered. https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Ebohr1_IP.svg
*b. https://en.wikipedia.org/wiki/File:Light-matter_interaction_-_schematic.svg
*c. https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Schéma_de_principe_du_synchrotron.png
*d. https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Niels_David_Henrik_Bohr_-_Coat_of_arms_in_Frederiksborg_Castle_Church.jpg
*e. https://labs.google/fx/ja/tools/image-fx
*f. https://www.bing.com/images/create/

 

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