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光の波動・粒子論争から量子論へ:“実在性の不確かさ”

今回の記事も“二重スリット実験 (Double-slit experiment *1)”の基盤となる“光の二重性 (Duality) ”に関する前回の内容 (*2) の続きです。前回は紀元1000年頃から「光とは何か」という物理的な探究が始まり、次第に「光は波である」という説がグリマルディ(*3) やホイヘンス(*4) の研究によって明らかになってきました。その後1700年頃かのニュートン (*5)によって「光は粒子ではないか」という説が唱えられますが、その後1800年頃にヤングの実験 (Figure 1) によって再び波動説が優位となったところまでを解説しました (*2)。


・マクスウェルの電磁波理論

その後、1860年代にマクスウェル (C. J. Maxwell) が新たな知見を発表します。それは「電磁波 (electromagnetic wave)」の概念です (Figure 2, *7)。1861年の発表では電磁波に関するマクスウェルの方程式について列挙されています。


この研究では電界 (E), 磁界 (H), 電束密度 (D), 磁束密度 (B) など大きく4つの方程式で電磁波の法則が定められます (Figure 2, Figure 3, *7)。そして光も電磁波の一種であるという説を提唱しました。つまり、「光は電磁波=波である」という波動説を支持することになります。

このマクスウェルの電磁波理論は光を我々が見える可視光線だけではなく、“ラジオ波/赤外線から波長の短い紫外線や放射線も光(電磁波)の一種である”というように光の概念を拡張する理論でした。


・ヘルツによる電磁波理論の実証

その後ハインリヒ・ヘルツ (Hertz H) が電磁波の研究実験を進め、マクスウェルの電磁波理論を検証していきます (Figure 4)。ここでもマクスウェルの電磁波理論は大きな役割を果たし、ヘルツの電磁波の送受信に関する研究によって電磁波の性質の解明が進んでいくことになります。


ここまではマクスウェルによる“光の電磁波説(=波動説)”を裏付けているようですが、ヘルツの実験結果の中には“光の粒子説”を裏付ける現象も確認されていました。

ヘルツの実験の中で「電気回路に紫外線を照射すると放電が起きやすくなる」という現象が確認されていました (Figure 5)。これは強い光(電磁波/紫外線)によって電極から電子が放出され、放電現象が起こりやすくなることを表しており、後に知られる光電効果 (Photoelectric effect. *9, *10)を示唆していました。そして実はこの現象は“光=粒子”と考えないと説明できない現象でした。

・ハルヴァックスの実験

そしてこの光電効果をより明確にしたのがハルヴァックス (Wilhelm Hallwachs)でした。実験では薄い金属箔が2枚空中に吊り下げられたものが用いられました。その金属箔がマイナスに帯電しているとき、2枚の金属箔はお互いのマイナスの電荷によって羽を広げたように開いています (Figure 6右)。

しかし、その上部にある金属板に太陽光や紫外線を照射すると2枚の金属箔が閉じる現象が起こります。この現象が意味することは、“光が金属板からマイナス電荷の粒子を弾き出すことによって金属箔のマイナス電荷が失われ、お互いに反発する力が弱まったために閉じた”ということを示しています。



・レナルトによる光電効果の立証

続いてフィリップ・レナルト (Philipp Lenard) がこの光によって弾き出された荷電粒子が電子 (electron) であることを解明します。この光と電子の相互作用は光電効果 (photo-electric effect, lichtelektrische wirkung) として1902年に公表されました (Figure 7)。

ここでは光は強度(振幅)を上げても光電効果は起こらず、その振動数(波長の短さ/エネルギーの大きさ)が大きいほど光電効果が起こりやすいということがわかってきました。光を電磁波として計算して実験結果は予測に合致するのですが、この光電効果という現象を説明するには“光が粒子である”方が都合が良かったのです。


・アインシュタインの光量子仮説

ここで1905年にアインシュタイン (Albert Einstein)が“光量子仮説 (Light Quantum Hypothesis, Figure 8, *13)”を提唱します。ちょうどそれに先駆けてマックス・プランクがエネルギーの量子仮説を提唱した後のことでした (*14, *15)。

マックス・プランクは“エネルギーは最小の単位を持ち、その最小単位の整数倍の不連続な値を示す”という量子仮説に対して、アインシュタインも同様に“光には最小単位を持つ光量子が存在する”ということを提唱します。

Figure 9にも示されているように、その論文中で“Lichtquanta (= Light-quanta = 光量子)”という言葉が用いられています。表現は難しいのですが、基本的には光は“周波数という波の性質を持つもの”として捉えながら、”1つ、2つ、3つ、、、”と整数で数えられる“粒子のような性質”をもつ量子として扱っています。そして、このように“光量子”という粒子のような側面も持つと考えると、そのエネルギーを電子に与える光電効果もうまく説明できることを説いています。

これによってこれまでヤング (Figure 1) やマクスウェル (Figure 2, 3), ヘルツ (Figure 4)によって“光の波動(電磁波)説”が有力な地盤を固めていましたが、光電効果やアインシュタインの光量子仮説によって“光の粒子(光量子)説”も確固たる有力な説として立ち位置を確立しました。

・ド・ブロイによる物質波の提唱

ここでド・ブロイ (Louis de Broglie) が1925年にド・ブロイ波 (de Broglie wave, 物質波)という概念を提唱します。これはどのような物質も波として表され、そのエネルギーを周波数で表すことができる、光子に限らずあらゆるものは粒子性と波動性を併せ持つという概念を提唱しました (*16, *17)。



・シュレーディンガーの波動方程式

そして翌年1926年にシュレーディンガー (Erwin Schrödinger) によって波動方程式が発表されます (Figure 12, *18)。このシュレーディンガーの波動方程式とは“波動性を持つ物理量が伝わるときの時間と空間座標を表す方程式”ですが“ある波動性を持つ粒子の位置は確率的である”ということを表します。

例えば原子核の周りを運動している電子を考えたとき (Figure 12)、ある一つの軌道電子はAの場所にあることもあれば、Bの場所にあることもあれば、Cの場所にあることもあります。しかし、これらは“常にどこか1箇所にある”わけではなく、“あらゆる場所に確率的に存在している”ということになります。


我々の世界の移動様式のように「先ほどAに存在し、現在Bに存在し、次にCに移動しようとしている」という状態ではなく、「同時にAに30%存在し、Bに45%存在し、Cに25%存在している」という状態が量子レベルの自然な状態と言えます。「A/B/Cいずれかの場所に確実に在るわけではないが、A/B/Cどの場所にも同時に少しずつ在る」という“不確かな状態”が光子を含めた量子の本質です。

これが「一つの量子が2つのスリットを同時に通過できる現象」の肝の部分と言えます。ここでようやく「二重スリット実験の不思議な現象」に辿りつくことができました (*19〜*24)。しかし長くなってきたのでこの面白い部分は次の機会に掘り下げたいと思います。


・今回の記事のまとめ

前回に引き続きこれまでの光の粒子説と波動説の数百年に及ぶ議論がどのようになったかをまとめます。これまで考えられた仮説は以下の4通りに考えられます。 
 (1)光は波である(波動説)
 (2)光は粒子である(粒子説)
 (3)光は波でもあり粒子でもある(包括する光量子説)
 (4)光は波でも粒子でもない(別とする光量子説)

我々の旧来の考え方では「どちらかが正しい/間違っている」という考え方でした。つまり、選択肢の時点で(1)か(2)のどちらかという思考に陥っていたと思います。ところが、自然界は全く相反すると思われていた両者を巧妙に融合した(3)という解を提示しているように見えます。逆に、光量子を“波としても粒子としても振る舞えるが波でも粒子でもない別の状態=(4)”と主張する研究者もいるかもしれません。

結局答えはどれなのかというと(3)が最も感覚に合っていますが、「どれも正解に見えるが、常に当てはまっているわけではない」つまり「どれも正しくどれも正しくない」と言えます。これは我々の考え方も「常に1つの問いに1つの解がある」「常に○か×かどちらかである」「AであるならばBではない」というような「古典的な考え方を捨てなければいけない進化の段階」に来ているのかもしれません。

・量子コンピュータと21世紀の思考

先に挙げたように「常に1つのものに1つのものが対応している」「常に0か1かいずれかに決める」という考え方は旧来のコンピュータに似ています。旧来の1ビットは「0 or 1」の2通りのいずれかであり、4ビットでも「1001」など一度に保持できる情報量は1通りです。

しかし、量子情報処理で用いられる量子ビット (qubit)の場合は1つのビットが「同時に0と1の重ね合わせ」を保持できるため4量子ビットの場合は「2^4 = 16通り」の情報を一度に持つことができます (Figure 13, *25)。


これによって処理できる計算の効率が指数関数的に上がると言われています。比較してみると「常にどちらかしかない」「Aが正しいならBは間違っている」「0は1ではない」という思考アルゴリズムは古典的であり旧来のコンピュータの情報処理と言えます。

「光は波動か粒子か」と聞かれると我々は「どちらか一つ/○か×かの2択」という狭い視野で考えてしまっていたかもしれません。しかし実際の答えは上記のように「4択であるがどれも○とも×とも言えない」「さらに別な解も存在する可能性がある」という量子ビット的な思考が21世紀の量子コンピュータ時代の人類の思考と言えるかもしれません。

AとBは全く反対だが実は同じものなのかもしれない」「0は1かもしれないし、1は0かもしれない」「無いものは有るかもしれない」「逆に“実在”こそが“存在してない”かもしれない」ということが実は真理なのかもしれません。これは形而上学(metaphysics)にも通じています。形而上学という“見えない世界”を認識することで我々が“実在していると思っている現実世界”が虚構になるかもしれませんね。光の二重性を巡る論争で2回にわたって解説してきましたが、これでもまだ“二重スリット問題”の核心部分が残されていますのでまた今後の回に考察していきます。

(著者:野宮琢磨)

野宮琢磨 医学博士, 瞑想・形而上学ガイド
Takuma Nomiya, MD, PhD, Meditation/Metaphysics Guide
臨床医として20年以上様々な疾患と患者に接し、身体的問題と同時に精神的問題にも取り組む。基礎研究と臨床研究で数々の英文研究論文を執筆。業績は海外でも評価され、自身が学術論文を執筆するだけではなく、海外の医学学術雑誌から研究論文の査読の依頼も引き受けている。エビデンス偏重主義にならないよう、未開拓の研究分野にも注目。医療の未来を探り続けている。

引用/参考文献

*1. Double-slit experiment. Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Double-slit_experiment 
*2. 光の二重性 (Duality) を巡る波動説と粒子説の歴史https://note.com/newlifemagazine/n/n06e5917e6bd6 
*3. Physico-mathesis de lumine, coloribus et iride aliisque adnexis (in Latin). Girolamo Bernia: Johann Zieger. 1665.
*4. Christiaan Huygens . Traite de la lumiere. chez Pierre Vander Aa marchand libraire. 1690.
*5. Newton I. Opticks. A treatise of the Reflections, Refractions, Inflexions and Colours of Light. 1st. ed. 1704.
*6. Young, T. (1807). A Course of Lectures on Natural Philosophy and the Mechanical Arts. Vol. 1. William Savage., pp. 463–464. doi:10.5962/bhl.title.22458.
*7. Clerk-Maxwell, J., “On Physical Lines of Force”, Philosophical Magazine, Volume XXI, Fourth Series, London, (1861)
*8. Hertz, H. (1893). Electric waves: being researches on the propagation of electric action with finite velocity through space. Dover Publications.
*9. 光電効果-Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/光電効果 
*10. Photoelectric_effect -Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Photoelectric_effect 
*11. Hallwachs, W. (1890). Lecture-experiment to demonstrate the excitation of electricity by light. The London, Edinburgh, and Dublin Philosophical Magazine and Journal of Science, 30(182), 127-128.
*12. Lenard P. Ueber die lichtelektrische Wirkung. Annalen der Physik, 149, 1902
*13. Einstein A. Über einen die Erzeugung und Verwandlung des Lichtes betreffenden heuristischen Gesichtspunkt. Ann d Phys 132, 1905
*14. Planck M. (1900). On an Improvement of Wien’s Equation for the Spectrum. Ann. Physik, 1, 719-721.
*15. Planck M. (1901). On the law of distribution of energy in the normal spectrum. Annalen der physik, 4(553), 1.
*16. Broglie DE. (1925). Recherches sur la théorie des quanta. Ann. de phys., (10), 34.
*17. ド・ブロイ波-Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/ド・ブロイ波 
*18. Schrödinger E. 1926. Collected papers in Wave Mechanics. (Providence, Rhode Island: AMS Chelsea Publishing).
*19. 「観る」ことで「現実が変わる」?:二重スリット実験https://note.com/newlifemagazine/n/nf11ac38b370a 
*20. 単一フォトンによるヤングの干渉実験(浜松ホトニクス/1982年)(Youtube) https://www.youtube.com/watch?v=ImknFucHS_c 
*21. Harada K, et al. Electron interference experiment with optically zero propagation distance for V-shaped double slit. Applied Physics Express 14, 022006 (2021), https://doi.org/10.35848/1882-0786/abd91e 
*22. 量子の最新研究と因果律の崩壊?https://note.com/newlifemagazine/n/nf66f91110a61 
*23. Jacques V, et al. Experimental Realization of Wheeler’s Delayed-Choice Gedanken Experiment. Science 315, 966-968 (2007); DOI: 10.1126/science.1136303
*24. 「量子」と「時間」と「世界」の謎解きhttps://note.com/newlifemagazine/n/n96af4cbc0890 
*25. 量子ビット-Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/量子ビット 

画像引用
*a. Image by Stannered. https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Ebohr1_IP.svg
*b. https://www.bing.com/images/create
*c. Frontpiece in James Maxwell, The Scientific Papers of James Clerk Maxwell. Ed: W. D. Niven. New York: Dover, 1890. https://commons.wikimedia.org/wiki/File:James_Clerk_Maxwell.png
*d. Image by helder 100 in pixabay. https://pixabay.com/vectors/electromagnetic-waves-wave-length-1526374/
*e. https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Heinrich_Rudolf_Hertz.jpg
*f. https://en.wikipedia.org/wiki/File:Light-matter_interaction_-_schematic.svg
*g. https://en.wikipedia.org/wiki/Wilhelm_Hallwachs
*h. James Edward Henry Gordon (1889) A Physical Treatise on Electricity and Magnetism, 2nd Ed., Vol.1, D. Appleton & Co., New York, p.32, fig.9. https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Gold_leaf_electroscope_1869.png
*i. https://en.wikipedia.org/wiki/Philipp_Lenard
*j. https://en.wikipedia.org/wiki/Louis_de_Broglie
*k. https://en.wikipedia.org/wiki/Erwin_Schrödinger
*l. Image by smithytomy in freepik. https://www.freepik.com/free-vector/abstract-rounded-shape-design_875141.htm

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