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光の二重性 (Duality) を巡る波動説と粒子説の歴史
今までこちらの記事では“二重スリット実験 (Double-slit experiment *1) について何度か取り上げて解説してきました。この記事を読んでいる人にはお馴染みだと思いますが、二重スリット実験とは光が波動 (wave) の性質と粒子 (particle) の性質を使い分けるのが見れる不思議な実験です。
過去の記事“「観る」ことで「現実が変わる」?:二重スリット実験 (*2)”では1個の粒子として発射された光子 (photon) が2つのスリットを波として通過することが観察されました (*3, *4)。さらに経路を観測する(直接観測しなくても光子がどちらの経路を通ったのか検知できるようにする)ことにより波から粒子へと性質が変化します (*4, *5, *6)。
そして、光子の裏をかくような回路を作ったり、光子が時間的に後戻りできない状況で観察しようとしても、光子は科学者や人類を嘲笑うように時間を超えて波と粒子の性質を使い分けて見せます (*7, *8)。さらには“人の意識”が二重スリットを通過する光の性質を変化させるという研究が報告されたり(*9, *10)、その意識を向ける人も“一般人よりも瞑想に熟練した人が効果が強い”という研究報告も出され過去にも紹介しています (*11, *12, *13)。
今回は、今となってはほとんど疑う人はいない光の二重性 (Duality; Figure 1) に関してですが、「状態(答え)は1つしかない」という古典物理時代の科学者達がここに到達するまでの歴史を振り返ってみます。
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・中世の光の認識
古代ギリシャでは光は“天や神から生み出されるもの”という認識でしたが、中世ではより物理的に光の性質に関して考察が進んでいきます。西暦1000年頃には中東の学者であるイブン・アル・ハイサム (Ibn al-Haitham: Alhazen, 965-1040, *14) が当時「光学 (Opticae thesaurus, *15 published in 1572)」という書をまとめています (Figure 2)。
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ここでの光の認識はその挿絵 (Figure 3) にも描かれていますが、“太陽から光が差し込む”、“建物の窓に光が反射する”、“鏡を使って男性が顔を映している”、“空に虹がかかる”というような日常的な現象に注目しています。光が反射/屈折し、方向性を持つことに対して物理的な考察が試みられています。出典の書籍 (*15) は1500年代になって再編されたものですが、今から1000年も前のものとは思えないほど詳細な考察が描かれています。
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・回折 (Diffraction) 現象の探究:波動説の先駆け
1600年代に入り、イタリアの数学者であったグリマルディ (Francesco Maria Grimaldi *16)が“光・色・虹などに関する物理数学(Physico-mathesis de lumine, coloribus et iride aliisque adnexis *17)"という書籍を発行します。
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グリマルディは“小さな穴から光が差し込むとき、光が当たらないはずの場所にも光が当たる”という現象について疑問を抱き、深く研究を進めていきました。この現象は波が細いスリットを通過する時にスリットの幅よりも広がっていく回折(Diffraction *18)という現象として知られています。
Figure 5の右上は細い穴にレーザー光を通した時に、壁に投影される光はその通過した穴よりも大きく広がっていく様子を写した画像です。そしてスリットまたは穴を通過するときの光の様子を図式化したものがFigure 5右下の画像です。グリマルディは光がただ穴を通過するだけではなく、回折によって軌道が変わることを示し、回折という言葉を使い始めた人とされています。
そしてこの回折 (Diffraction) という現象は“波の性質”を示しており、「光が波動である」という「波動説」の先駆けであると言えます。
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・光の波動性を支持する原理の発見
グリマルディの書籍から20数年経って、1690年にまた光に関する書籍が出版されます。その書籍は“光に関する論文 (Traite de la Lumiere, *20)”という題名で著者はクリスティアーン・ホイヘンス (Christiaan Huygens *19)というオランダの科学者でした (Figure 6)。
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ホイヘンスは光の屈折 (Refraction) についてもその物理法則において研究を進めました。棒を水に入れると曲がったように見えたり、水の底に沈んだコインなどが実際よりも浅い場所にあるように見えることなど、光の進み方からその性質を探ることに大きな貢献を果たしました。
光が波の性質を持つと考えると、水面で光が屈折したり隙間から光が拡散することが非常に合理的に説明することが可能になりました。この性質はホイヘンス(とフレネル)の原理として高校物理学でも教えられるほどに一般化しています (*21)。
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・「波動説」の壁
その時点まで光は波の性質を持つ根拠が数多く示され、“波動説”というものが主流になりつつありました。しかし、波動説ではどうしても説明できない部分も残されていました。それは「何が光の媒体となっているのか?」という点です。
例えば、水面に広がる波は“水”を媒体として伝わりますし、我々が耳で聞く音は“空気”が振動の波を伝えることで広がっていきます。同じように“波”と考えるならば、何か空間を埋める物質があってそれが無ければ説明がつきません。特に「太陽や月から地球に光が到達する」ことを説明するには“真空と考えられている宇宙空間に充満する何か”があることになります。
当時は“エーテル (Aether, Aither, Ether) *21, *22”というものが宇宙に充満しているという説が古代学者やデカルト(René_Descartes *23)によって提唱されていましたが、まだこれらを実証する根拠は見出されてませんでした。
・ニュートンが説いた光の性質:粒子説
その後18世紀になり光の性質に一つの新たな見解を示したのがアイザック・ニュートン (Isaac Newton *24)です。同氏に対してはもう知らない人はいないと思いますが万有引力の発見など物理学界を切り拓いてきた第一人者です(Figure 8)。ニュートンが光学の研究著書 “光学:OPTICKS (*25, *26)”を発表したのが1704年でした。
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その中でプリズムを使って光を様々な色の光に分割したり、また白色の光に戻すなど数多くの検証を行っています。ニュートンの考察では、「宇宙や真空中の物質の密度は低すぎて媒質の役割を果たすとは考えにくい」、「反対に何かで満たされているならば密度や抵抗が大きくなるはずである」、「よって光が何らかの媒体を介する運動とする説は考えにくい」というように「波動説」に対して否定的な考えに至りました。
そして代わりに、光の直進する性質やプリズムで分光される性質などから、「光は発光する物体から放射される非常に小さな物体ではないか」「色という異なる特性を持った粒子の集まりではないか」という「粒子説」を提唱します。特にこの時点で「光の粒子は物質と相互に変換可能なのではないか?」というように現代の素粒子論や量子力学に通じる考えを当時から持っていたことには驚かされます。
さらにこの粒子説では波動説では説明できない粒子同士の衝突による“コンプトン効果 (*29)”や“電子と光子の相互作用”といった現象も都合よく説明することができます。そして、宇宙が何も媒質が無い空間であったとしても粒子であれば地球まで届くことができ、むしろ何もない真空の方が粒子の到達には都合が良いと考えられます。
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・「粒子説」の壁
ただし、粒子説でもうまく説明できない点はいろいろとありました。例えば、光が一つ一つの独立した粒子であるならば、それぞれ粒子ごとに速さが異なっていても良いはずです。しかし当時わかる範囲でも光の速さは均一であるとされており、この点においては波動説の方が矛盾なく説明可能でした。
そして、水面での光の反射と透過、あるいは屈折において決まった角度で入射したり反射したりする挙動は光が波動である方が都合が良かったのです。
・波動説の再興
ニュートンが著書“光学 (Opticks *25)”を出版してから約100年後の1800年代初頭、当時はまだ波動説も粒子説も決定的とはなっていなかったですが、新たな知見が発表されました。それはトーマス・ヤング (Thomas Young *30)による二重スリット実験です。ここでようやくこれまで何度も扱ってきた“二重スリット実験 (*1)”につながりました。この内容は著書“自然哲学と機械工学に関する講義 (A Course of Lectures on Natural Philosophy and the Mechanical Arts. *31)”で解説されています (Figure 10)。
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ヤングが行った実験は、まず2つの細いスリットが開けられた板に、均質な周波数/波長と均質な強さが与えられた光(当時は用いられていないが、量子もつれを生じるような“コヒーレント (coherent)”な状態の光)を当てる (Figure 11左下)。そうすると2つのスリットにコヒーレントな光が同時に到達する (Figure 11左下b,c または Figure 11上A, B)。このとき、スリットを通過した光が照射された壁には光の干渉縞模様が現れる。2本以上の縞模様が映し出され、これが光の波動説を再び強く支持する実験結果となりました。
しかし、ヤングの著書が出版されたのは1807年のことでまだこの時点では実験機器の精度が十分ではなくさらに光の性質が解明されていくのはこの後へと引き継がれていきます。
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・今回の最後に
かなり大雑把ではありますが、今回は光の波動説を有力にしたヤングの実験までを駆け足で紹介しました。ここで少し本流から外れた説も紹介しておきます。それは「エーテル (Aether/Aither/Ether) *21, *22」の存在です。エーテルとは、地上から宇宙まであらゆる空間に充満する物質あるいは媒質として考えられていました。この考え方は古代ギリシャ時代からありましたが、近代においてエーテル説を提唱したのは数学者/哲学者としても有名なルネ・デカルト (René_Descartes *23)でした。
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デカルトは冒頭で紹介したグリマルディよりも前に生まれており1644年にプリンキピア (Principia philosophia *32)を出版しそこで宇宙には何らかの媒質が充満しており、その流れによって天体の動きが制御されているという説を提唱しました。この宇宙物理学にも通じる概念は渦動説 (Cartesian vortex theory *33)とも呼ばれてデカルト死後も長い間支持されていたようです。残念ながら、エーテル自体は長い間その発見のために研究が重ねられてきましたが現段階では確認されていません。
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そしてエーテル (AETHER) はアリストテレスの時代まで遡ると火・風・水・土の四大元素に加えた第五元素 (Fifth element, Quintessence) とも考えられていたようです (*21, *22)。この概念では光の媒質という物理的側面よりも、“天上の空気”や“神の領域を満たす物質”という存在であったようです (Figure 13, *34)。
これらの中世以前の人々の考え方は現代人にとっては常識外れかもしれません。しかしながら、例えばヒッグス粒子 (Higgs boson *35) についても“真空と思われていた宇宙空間があまねくヒッグス場で満たされていた”ように、あるいは“未知のダークマターが宇宙に普遍的に存在するのが確からしい”と考えると、エーテルという存在も我々がまだ干渉できないだけで、宇宙を満たすように存在している可能性もまだ否定はできませんね。人類の思考が天上人に近付いたらそのような元素に気付くことができるのかもしれません。少し寄り道をしましたが、次回はまた光の二重性に関する進歩の歴史を振り返ってみたいと思います。
(著者:野宮琢磨)
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野宮琢磨 医学博士, 瞑想・形而上学ガイド
Takuma Nomiya, MD, PhD, Meditation/Metaphysics Guide
臨床医として20年以上様々な疾患と患者に接し、身体的問題と同時に精神的問題にも取り組む。基礎研究と臨床研究で数々の英文研究論文を執筆。業績は海外でも評価され、自身が学術論文を執筆するだけではなく、海外の医学学術雑誌から研究論文の査読の依頼も引き受けている。エビデンス偏重主義にならないよう、未開拓の研究分野にも注目。医療の未来を探り続けている。
引用/参考文献:
*1. Double-slit experiment. Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Double-slit_experiment
*2. 「観る」ことで「現実が変わる」?:二重スリット実験https://note.com/newlifemagazine/n/nf11ac38b370a
*3. 単一フォトンによるヤングの干渉実験(浜松ホトニクス/1982年)(Youtube) https://www.youtube.com/watch?v=ImknFucHS_c
*4. Harada K, et al. Electron interference experiment with optically zero propagation distance for V-shaped double slit. Applied Physics Express 14, 022006 (2021), https://doi.org/10.35848/1882-0786/abd91e
*5. Dimitrova TL, Weis A. A double demonstration experiment for the dual nature of light. Proc. of SPIE Vol. 6604, 66040O, 2007, doi:10.1117/12.726898
*6. 量子の最新研究と因果律の崩壊?https://note.com/newlifemagazine/n/nf66f91110a61
*7. Jacques V, et al. Experimental Realization of Wheeler’s Delayed-Choice Gedanken Experiment. Science 315, 966-968 (2007); DOI: 10.1126/science.113630
*8. 「量子」と「時間」と「世界」の謎解きhttps://note.com/newlifemagazine/n/n96af4cbc0890
*9. Radin, D. Michel, L., Delorme, A. (2016). Psychophysical modulation of fringe visibility in a distant double-slit optical system. Physics Essays. 29 (1),
*10. 「意識」が物質を変えることを証明:二重スリット世界規模実験https://note.com/newlifemagazine/n/n19342d9a4f56
*11. Radin D, Michel L, Galdamez K, Wendland P, Rickenbach R, Delorme A. (2012). Consciousness and the double-slit interference pattern: Six experiments. Physics Essays, 25(2).
*12. 二重スリット実験:瞑想熟練者と一般人の違いhttps://note.com/newlifemagazine/n/ne8f8b2613016
*13. 瞑想/現実化に向いている人の特徴とはhttps://note.com/newlifemagazine/n/n8d0889330de8
*14. Ibn_al-Haytham -Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Ibn_al-Haytham
*15. Opticae thesaurus. Alhazeni Arabis libri septem, nunc primùm editi. Eiusdem liber De crepusculis & nubium ascensionibus. (1572)
*16. Francesco_Maria_Grimaldi -Wikipedita. https://en.wikipedia.org/wiki/Francesco_Maria_Grimaldi
*17. Physico-mathesis de lumine, coloribus et iride aliisque adnexis (in Latin). Girolamo Bernia: Johann Zieger. 1665.
*18. Diffraction-Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Diffraction
*19. Christiaan_Huygens -Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Christiaan_Huygens
*20. Christiaan Huygens . Traite de la lumiere. chez Pierre Vander Aa marchand libraire. 1690.
*21. エーテル-Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/エーテル_(物理学)
*22. Aether-Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Aether_(classical_element)
*23. René_Descartes -Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/René_Descartes
*24. Isaac_Newton -Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Isaac_Newton
*25. Newton I. Opticks. A treatise of the Reflections, Refractions, Inflexions and Colours of Light. 1st. ed. 1704.
*26. Newton I. Opticks. A treatise of the Reflections, Refractions, Inflexions and Colours of Light. based on 4th ed 1730. Dover Publications Inc. 1952.
*27. Anderson CD. Cosmic-Ray Positive and Negative Electrons. Phys. Rev. 44, 406-416, 1933.
*28.「無」と「有」の等価性:「0 = 1」を科学的・形而上学的に理解するhttps://note.com/newlifemagazine/n/n96b7b89af9fd
*29. コンプトン効果-Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/コンプトン効果
*30. Thomas_Young_(scientist)-Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Thomas_Young_(scientist)
*31. Young, T. (1807). A Course of Lectures on Natural Philosophy and the Mechanical Arts. Vol. 1. William Savage., pp. 463–464. doi:10.5962/bhl.title.22458
*32. Renati Des-Cartes Principia philosophiae, Biblioteca Nazionale Centrale di Firenze, 1644
*33. 渦動説-Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/渦動説
*34. Petri Apiani cosmographia. Petrus Apianus; Gemma Frisius (1539).
*35. ヒッグス粒子-Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/ヒッグス粒子
画像引用:
*a. Image by kjpargeter in freepiks. https://www.freepik.com/free-photo/velvety-smooth-chocolate-ripples_1182124.htm
*b. Image by Stannered. https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Ebohr1_IP.svg
*c. https://www.bing.com/images/create?
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