「まぁ、いいか」を上手く使いこなしたい
生まれてこの方、聞いた事の無い言葉を聞くようになったのは、結婚してからである。
夫がたまに「まぁ、いいか」と呟いている。
何か不都合な事が発生したのか、ミスをしたのか、いずれにせよ、小さい事柄だと思うのだが、その一言を呟いて、瞬時に問題解決へと自分自身を導いている。
今となっては、尊敬に値する能力だと思えるのだが、当時の私には理解し難い言葉だった。
日常生活で起る様々なトラブルは、ピンからキリまである。
財布を無くした、木綿豆腐を買うつもりが絹ごし豆腐を買ってしまった、などなど。
子供が成長するにつれ、トラブルや心配事の幅は広がっていき〈まぁ、いいか〉を私は、なかなか受け入れらず、違和感を感じていた
私自身が失敗をした時は(しまった、どうしよう)と一気にネガティヴ思念に陥る。
豆腐の買い間違えくらいだと、僅かなネガティヴ時間だが、それでも夫のように瞬時にポジティブにはなれない。
30年くらい前だっただろうか、夫の職場の玄関ホールに【やめよう、まぁいいか運転】と交通標語の垂れ幕が下がっていた。
それを横目で見ながら、〈まぁいいか〉の文字が気になり、そうだよね。と密かに納得したのを、今でもはっきり覚えている。と同時にその言葉があまり好きではなかった。
結婚してから40年が経ち、今ではその言葉を自分のものにしようとしている。
夫が食器を洗うがことがある。食器乾燥機から1個の飯椀を取り出すと、小さいご飯粒のかけらが、硬くなってへばりついている。
以前の私の思考は(二度でまだなぁ、もう一度洗わなくては‥)と気に入らないモードである。
しかし、現在は(落ちてないけど、まぁいいか、だいたいの汚れは落ちてるし、仕上げをすれば良し、ありがたや)と解釈を変えることが出来るようになった。本心はその言葉を好きかどうかは、甚だ疑問ではあるが。
相手に怒りを覚えて、いつまでも憤慨していると、我が身の細胞を痛めて病気になると気がついた。還暦を過ぎてからのごく最近の学びである
〈まぁ、いいか〉を上手くつかいこなすと、場合によっては、怒りを感謝に変換できるかも知れない。
不穏な世の中ではあるが、決して厭世家にならず、楽天家のように心軽やかに生きていきたい。
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