YouTube、えーとこ、あかんとこ
皆さんはYouTubeは見るでしょうか?私はテレビよりYouTubeの方がよくみます。
それには理由があります。えーとこがあるからです。でもえーとこばっかじゃないのあかん所もあります。
それでは2000字少々おつきあいくださいな。
YouTubeのえーとこ
アニメやドラマで見たあのキャラクターが別の形でみれる!
mad動画と言えばニコニコ動画のイメージがありますが、YouTubeでも見ることができます。
また、mad動画に限らず、ゲーム上で再現したりするのも見れます。
ワンナウツで渡久地選手にボロクソ言われてた俊足ジョンソン選手もパワプロの世界では大活躍!
まあ、監督のはったりが外れたのもありますが、、、
誰でも投稿できる
その気があれば誰でも投稿できます。つまり、みんなが発信者であり、テレビではしれないコアな情報を見れたりもします。
ほとんど投稿していませんが、私も何本か投稿したので良ければご覧下さい。
フリー?の合成音声や絵などを利用したコンテンツでコントから社会問題まで幅広くみれる
少し前まではゆっくり(ソフトーク)を利用した動画が量産されてましたが、最近はずんだもんがトレンドでしょうか?
幅広くみれるのはメリットでもありますが、収益目的で似たような内容が量産されるのはデメリットかもしれません。
たまたま以前行った(記事リンク)ホテルが紹介されました。
音楽も聞ける テレビでできることはだいたいできる
なんでもある万能コンテンツと言ってもいいと思います。
YouTubeのあかんとこ
自由な言論が統制される傾向が強くなっている
数年前からその傾向はあり、韓国などに関係する強い非難を含む政治ネタやいわゆる迷惑系のジャンルは収益がはがされる傾向がありました。
しかし、最近は医療系コンテンツなどで誤情報と「される」発信を積極的に削除する方針を掲げています。
このような方法は非常に危険性の孕む方法です。
例えばハンセン病は人にうつす危険な感染症として隔離政策が行われてましたが、実際はほとんど人にうつすことはなく、隔離は間違いだったとされています。
今、正しいとされることがひっくり返ることはよくあることなのに、同じ轍をまた踏むのかと不信感が募ります。
このような「デマ」とされる情報の判断はあくまで受け手のリテラシー(読解力)に委ねるべきです。
どうしても規制したいなら、せいぜい公式情報と違うというタグ付けに留めるべきでしょう。
パニックを鎮めるための言論統制はプラスにはたらくこともありますが、基本的には人権侵害の原因となりマイナス要素の方が大きいでしょう。
情報が偏る
これはインターネットが能動的に情報をいれがちになる特性もあります。
また、YouTube自体が視聴履歴に基づき、自分にあった動画を出してくるという仕組みによるものでもあります。
これにより、YouTubeに依存させることができます。
情報が偏ると自分の思考回路も偏り、誤解や偏見に基づいた評価をしたり、会話についていけなくなるリスクはあります。
他方テレビや新聞が満遍なく情報を発信してるかといえばそうではありません。尺がありますし、論調もあるので、情報は偏ります。ネットのことをそこまで悪く言えないでしょう。
浅いコンテンツを消化してしまう
YouTubeの広告収入を考えると、当たり障りのない内容かつ、人の感情にささる動画になってしまいます。日本称賛系の動画とかもそうでしょう。
ずんだもんの所でも少し触れましたが、似たような動画が量産されています。
無意識のうちに見てしまい時間だけ浪費します。
投稿者の過激な思想が強くでたり誤解に基づく発信がある
規制が強くなっていても情報の濃淡はありますし、うまく規制を回避したりすることもあります。また、ポリシーに則っていれば規制からは免れます。
誰でも投稿ができるので、情報は玉石混淆なのは間違いないでしょう。
それゆえに、YouTube側が規制に乗り出すのでしょうが、読み手の解釈にある程度は委ねる方がいいと考えます。
YouTubeのあかんとこを補うために
YouTubeはかなり影響力のあるメディアですが、新聞やテレビと同様、自由な言論というのはなくなりつつあると考えます。
限界はありますが、YouTubeに依存しすぎず、幅広くメディアの情報を集めること、リテラシーを高めることが大事です。
ネット上だと、リテラシーを振りかざす人達も多くいます。自分のリテラシーを過信してなのか、デマは排斥せよという異見も割りとみられます。
しかし、双方の情報をしっかり疑って吟味する必要があります。吟味できないなら保留くらいがいいと思います。
特に自分と考えが違う時、都合のいい意見を集めがちになります。ここで異見をデマだから排斥せよ!となってしまうと、今度自分の意見がデマ認定されたとき、納得できればいいですが、そうでなければこういうでしょう。
「あいつは言論弾圧してる」と。
そうならない為にも、どれだけ悪意のある情報も排斥せず、受け手のリテラシーと反論に任せるべきなのです。削除はあり得ない暴挙と思います。
そして、考えが違う、異見こそ慎重に反論する必要があると考えます。
これは自戒もこめています。
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