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伝えることの大切さ〜2部『ひとつの哀しみ方・弟との別れ』


ひとつの哀しみ方 K ・BLESS/2021年2月27日投稿 




亡くなった弟のことを書いております。哀しみを乗り越えるそれから先ヘ向かう私の思いを記しました。悲しい思いをされるかもしれませんが。 もしよろしければ、お読みください。



"心"を失くしてしまわないように生きること


今を生きること


その大切さに気付かされた別れでした。




弟を思い出しては

心の中で 沢山~沢山話しをする。


私の大好きな弟は
10年以上前に
事故で
突然 帰らぬ旅に出た。

生まれた時から鼻筋がとおっていて可愛い子だった。(→自慢させてください)
幼い時から礼儀正しくて、私の大事な弟!

おっとりした性格の弟はモコモコした感じで動く。
お気に入りのクマのぬいぐるみを
ボロっボロになったクマさんを離さず

いつもニコニコおとなしくて

よく鼻血を出していた。


なんか気配がするな・・
振り向くと小さな弟が後ろにいて(姉追っかけは毎度のこと)
鼻からタラリと流れるものを手でおさえる仕草😰 
鼻水ではなく鼻血がタレているのだった!

「お母さ〜ん、尚ちゃん(弟)が〜〜 また鼻血出てるよ〜〜」


姉とは真逆な静かな愛嬌を振り撒き、皆から可愛がられていた私の弟は
本当に優しくてかわいい子だった。


転勤族の父親の都合で転校が多く、
人見知りな弟は、紹介される都度
いつも母親の後に隠れてモジモジ、ベソをかくヘタレ君だった。
そんな弱虫弟を守る強いお姉ちゃんが私。


喧嘩もいっぱいした。
母に叱られることがなかった弟にヤキモチを焼いた子供時代もあったけど
姉弟、ぶつかり合いながらもずっと仲良しだった。


弟は  口数は少ないけれど、たまに鋭いツッコミを入れてくる、、私がタラタラと口にする弟への文句は一瞬にして2人の笑いの中に消えてゆく。
雰囲気を持つなかなかの大人(どんな???) に成長した。が、独身を貫いていた。




幼い頃の弟は5才上の姉を追いかけてくる。

「僕もお姉ちゃんと行く~
僕も~~僕も~~~ うぇーーーーん😭」

小学校から帰り、友達と遊びに出る私をいつも追って
時に置いてきぼりになる弟は、大きな声で泣く。
ホントに気持ちいい程大声で泣く弟だった。
(3才から5才頃までだったかな)


小さい時の5年違いは、行動範囲が異なる、、

私は弟を連れて遊びに出ることも多かった。
友達も一緒に遊んでくれたけれど、
3回に1度位は弟をまいて、こっそり逃げるようにして出掛けた。

失敗した時は、母に手を繋がれた弟の
うぇーーーーーーーーん😭😭
が響き渡る。気配を消して弟から離れているつもりだった私の動きもその時止まってしまう。
弟のいつもの泣き声に、近所のおばさん達が出てきて弟の相手をしてくれた。

そのうち、ゲラゲラと弟の笑い声が聞こえてくる。
私は安心して友達が待つところへ飛んでいけた。



そんなことも、あんなこともあったなぁ・・



ぼんやりではなく、鮮明な表情が見える。

形として触れることはできない
見えなくなって
声を通しての会話はできなくなったけれど


弟の温もりはずっと変わらず、
この胸の中にある。

いつまでも私の大切な弟に変わりはない。


「私の弟でいてくれて 

私をお姉ちゃんにしてくれて 

尚ちゃん、ありがとう」

これは私の胸の中にある弟への想い。

(私の弟役は 弟にしかつとまらなかったと思うのです)



痛みを感じる間もなく逝っただろう と、
警察・後にDrから聞いた。(当時、大きな事故として地元の新聞にも載った)



事故で亡くなった場合、特別な供養が必要なのか・・・
その辺りが気になり、
その時、
疑問だらけのまま私は
色々動いた。(弟に迷ってほしくなくて)


弟の抱えていた苦悩 孤独感


悩み事が多かった弟は
苦しさから解放された穏やかな世界で
のびのびしているかな?


そう 信じたい!


弟よ、お父さんとは会えた??



親より早く
サヨナラを互いに言えないまま
突然帰らぬ旅に出ちゃったから、

父も母も気持ちを持って行く場がなくて
長い時間泣いて泣いて・・・ 泣き続けた。

多分、次元が違う世界があるとしたら、
そこから見ている弟は、
又心を痛めているかもしれないと考えた私は
親達を慰める言葉を必死に探した。


「心が優し過ぎた弟を、
もう苦しまなくていいよ
って、
きっと神様が呼んでくれたんだよ!
悲しんでばかりいたら、尚ちゃん(弟)が心配するよ。」

よくわからないけれど、
訳のわからない言葉を親達に言っていた。
言うしかなかった。
それは私自身の哀しみをなだめる為の言葉でもあった。



哀しみは多分消えないと思う。

哀しみの深さが愛しさ故のものなら

哀しんでばかりいられない気がする。

日常の生活がある。その日常には関わる家族や色々な人達がいて、

時間が止まることはない。(今だから冷静に思うことかもしれないけれど)

当時は私の新たな家族に
心配をかけたし、
私のバランスが崩れ、迷惑もかけた。


支えられていた。
助けられているんだね。


だから、今、私が在る。



生きる者には生きてゆく時間がある。


哀しみを纏ってうつむいて過ごす姿、

どうしようもなくて仕方がない時はある。

大切な者を失いたくない!

その想いは強くある。

でも、

そのために


"心"を失くしてしまわないように生きることが大事 


なんじゃないかなって思う。

大切な人には、
『時間を大事に生きてほしい』と願うよね。

それは弟の想いでもあると。



泣きたい時は泣く

けれど、
泣いてばかりもいられない。


今を生きること


そうする事が、私の場合
弟だけではない大切な人達への

"愛"  "行い"  だと思うから。


伝えていない想いが多くあればあるほど、後悔が大きくなるのなら、

今伝えられることの一つでも言葉にできるといいですね。




✻ ✻  長くなりました ✻ ✻

子煩悩な父と親思いの弟

生きている間は男同志の関係がこじれにこじれて20年程、、期待と負目が複雑な感情になりすれ違う男二人。

肝心な 相手を想う気持ちや心配は 真逆の言葉でしか表現されず・・いつも私は人と人の間に 父と弟の間に入って通訳に徹していました。

弟が亡くなり父は自分を責めていたと思います。後悔の時間を過ごしていた父と母だったと思います。

「生きていてほしかった!」

父が口にした 一言 に凝縮された父の想い。その時の父の姿を最近思い出して胸が痛くなりました。父も9年前に亡くなり

今は穏やかな世界にいると思います。








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