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【歴史小説】第81話 叔父を斬る、父を斬る④─受け継がれるもの─ 『ひとへに風の前の塵に同じ・起』(最終回)


   1


「まさか義朝、お前に助けられるとはな」

 縄を解かれた為義は言った。まさか散々痛めつけてきた自分の息子に救われるとは夢にも思っていなかった。

「正直お前のことは助けたくない。けれども、今若や乙若がお前を必要としているから仕方なく助けてやっているだけだ」

「そうか」

「逃げるぞ、父上」

「おう」

 かつては見捨てた父の手を、義朝は強く握って逃げようとしたときに、

「やっと着いた」

 息を切らした清盛がたどり着いた。

「遅いじゃないか、清盛」

「さっきまで戦ってて」

「時間がない。早々とお前の叔父を助けて逃げるぞ」

「わかった」

 抜き身の刀で、清盛は忠正の手を拘束していた縄を斬った。

「けっ、あのとき俺がお前を認めたのがバカみたいじゃねぇか」

「行こう、時間がない」

 清盛が叔父をを連れて逃げ出そうとしたとき、

「体が、動かない」

 金縛りに遭ったかのように体が動かなくなった。体よ動け、と言って動かそうとしても、関節が石のように堅くなってしまって動かせない。

「畜生」

 義朝も動かない身体を必死に動かそうとする。

 二人の手が動いた。これで再び体が動くようになったと思った清盛と義朝は、再び忠正と為義を連れて逃げようとする。だが、清盛と義朝の手は刀の柄を強く握り、気が付けば上段に構えていた。

「義朝、何をする」

「どうした、清盛」

 異変に気が付いた為義と忠正は叫ぶ。

「体が、勝手に」

 動くんだ。そう清盛と義朝が叫ぼうとしたときに、持っていた刀を振り下ろし、清盛は忠正の、義朝は為義の首を斬った。

 二人の血は河原に流れている小さな小川の水を、竜田川の紅葉のような紅色に染め上げる。


「あああああああぁあーッ!!」

 義朝と清盛の二人は父の首を抱えながら慟哭した。

「お見事!」

 そこへ満足そうな笑みを浮かべながら、竹内が拍手をしてやってきた。

「お前たちは国賊を滅したのだ」

「竹内、貴様」

 顔を真っ赤にし、額に青筋を浮かべた清盛は、抜身の刀の柄を強く握る。

「オイオイ、俺をそんな目で睨むなよ。お前たちは名誉なことをしたんだからよ。いや。俺がさせてやったのか。だから感謝しろよ」

「何が名誉だ。大切な家族を殺してまで名誉なんて欲しくない」

 そう言って清盛は、竹内に斬りかかった。

 頭が急に真っ白になる。叔父を失った悲しみのせいだろうか。あるいは怒りのせいだろうか。

 清盛の振った一の太刀は、避けようとした竹内の首を掠った。

 傷口に触れ、血が出たことを確認した竹内は清盛の方を見た。

 先ほどのような激情に満ちた目ではなく、冷ややかなそれに変わっていた。

 清盛の変化に気が付いた竹内は、

「お、お前、何者だ!」

 と叫んだ。

 人が変わった清盛は、青年の声で言った。

「竹内、貴様か。250年ぶりだな」

「その声は!?」

「覚えていてくれたか。俺だ。平将門だ」

 そう言って清盛、いや清盛の体を借りた将門は微笑んだ。

「貴様、まだ成仏していなかったとはな」

「成仏? 何を言っている。私はこの男の肉体(いれもの)を借りているのだ」

「なるほど。どこまでも図々しいやつだ」

 竹内がそう吐き捨てたのを横目に、将門は首だけになった叔父と為義の首を、哀しげな表情で見つめて言う。

「あの日、俺の鹿乃をよくもこうしてくれたな」

「朝敵の女を殺して、何が悪いのだ」

「俺にとっては鹿乃はたった一人の女だった」

 平然と開き直る竹内を、将門は強くにらみつける。

「女一人で熱くなりやがってよ」

「鹿乃の仇は、ここで討つ」

「おう、やってみろ。俺を殺しても、次の俺が、次の俺を殺してもまた次の俺がいるがな」

 嘲笑する竹内。

 そんな竹内をよそ目に、将門は手をかざした。

 時が止まった。

 克弥の糸を切断する忠清、薙刀を高速で回転させて敵を薙ぐ広常。動きが制止しているさまは、まるで精巧にできた蝋人形のようだ。

「竹内、死ね!」

 静止している竹内の頭を目がけ、将門は唐竹に斬ろうとした。

「危ねぇ」

 そう言って竹内は結界で将門の攻撃をうけた。

 竹内の目の前には、ガラスのシールドのようなものが張られている。それが火花を上げて目の前に迫る白刃から、身体を辛うじて守っている。

「なぜ動ける?」

「貴様の能力は、強い結界を張れば無効化できる。貴様の能力は、今この空間に流れている『時間の流れ』をせき止めることができるだけ。だから、結界で空間を切り取ってしまえば、貴様の能力の影響を無効化することができる。死ぬのはお前の方だ、亡霊」

「ほう。俺がその対策をしっかりしていないとでも思ったか?」

 将門は、掛け声を上げた。背後には黒く光った光背が現れた。瞳は青色に、犬歯は牙へと変わる。手には人とは思えない鋭い爪が生えていた。

 そして持っていた小烏丸は、峰が赤い鱗に変わり、周りには火焔が渦を巻いている。

「これが、13番目の仏の姿か」

 突如変化した将門の姿に度肝を抜かれ、結界を張りながら立ちすくむ竹内。

 変化した将門も、竹内に負けるまいと結界を張った。

 将門の結界は、竹内の結界を徐々に浸食していく。そして力の差が薄まったところで念力を使った。

 吹き飛ぶ竹内。

 痛みで身動きが取れない竹内の四肢を、刹那の速さで切り刻む。

 手足を斬られ、胴体だけとなった竹内は、返り血で真っ赤になった顔で、将門を睨みつける。

「貴様への情けだ。最後に言い残すことはあるか?」

 刀を竹内の目の前に突きつけ、将門は聞いた。

「これで終わりだと──」

 何かを言おうとした竹内。だが、将門はそれを言わせる暇もなく竹内の首を斬った。

 落ちた竹内の首は、不気味な笑みを浮かべて将門の方を見つめている。


   2


「時よ、戻れ」

 将門は手をかざす。止まっていた時は動き始め、武者と式神軍団とが絵巻物から抜け出てきたかのように再び動き出した。ただ先ほどと違うのは、忠正と為義、竹内の首と四肢が血の流れる小川の真ん中で転がっていることぐらいだろうか。

「ごめん」

 元に戻った清盛はそうつぶやいて気絶した。


「そんな……」

「汚いやつめ」

 戦っていた盛国と正清は、忠正と為義の生首を見て、目が点になっている。

「一体竹内という男は何者なんだ?」

「詳しいことは知らない。だが、聞いた話によれば、帝や関白をもすげかえるほどの権力を持っているそうだ。また同時に、日本全国の異能者の監視をしているらしい」

「そんな男がどうして、忠正殿や為義殿の処刑に?」

「知らないな。きっと俺たちには言えないお上の事情があるのだろう。今はともかく引き上げよう。目的は失敗だ。これ以上戦う意味がない。盛国」

「はい」

「貴様のところにいる脳筋と二刀流の剣士に撤退を伝えて来い」

「わかった」

 馬に鞭を打った盛国は、撤退を伝えに忠清と教盛の元へと走った。

 撤退を伝えに盛国が走っていってしばらくしたあと、網に為義と忠正、そして竹内の首を持って河原を駆け抜ける克弥の姿があった。

「どうした糸男?」

「今回は痛み分けということで手を打ってやる。その代わり、首はもらっていくがな」

「それはできないな」

 そう言って正清は右手で刀を抜こうとした。

 だが、正清の右手よりも早く、克弥の糸が強く絡みついた。糸は刀を抜こうとする正清の手を強く引っ張る。

「無理に首品を取り戻そうとすると、残った腕が無くなるぜ」

「畜生……」

 悔しさと怒りとがごちゃまぜになったような目つきで、克弥を睨みつける正清。

 克弥に右腕を縛り付けられている間、六芒星の紋が刺しゅうされた黒い水干を着た童子が突如出現し、克弥に触れて消えていった。


   3


 この日の夜、六波羅の平家屋敷では忠正の枕経が読まれた。

 首のない忠正の死体には白装束が着せられ、その目の前では一門の者たちが涙を流している。

「結局救えなかった」

 枕経が終わったあと、池の見える縁側で清盛はつぶやき、泣いた。

 自分が弱いから。自分が非力だから叔父を救えなかった。もしあのとき早く助けられていたら、もし自分が強かったら……。そう考えると、涙で黒の直垂の袖が重くなりそうだった。

 落ちこんでいるところへ、大泣きした家貞がやってきて言う。

「殿、この家貞も忠正さまの死は辛ろうございます。けれども、死んでしまったのは運命。どうにもならないことなのです」

「そうであったとしたら、あまりに残酷すぎるよ」

 さらに泣く清盛の肩を、家貞はそっと叩いて、

「殿。人間生きていくうえでは、どうしても避けられない運命もあるのです。今殿にできることは、忠正さまの御意志を継ぐこと。平家の男として、そして棟梁として、一門を守り、繁栄させてゆくことでございます。それが、無念の死を遂げた忠正殿の供養になるかと存じます」

 と諭した。

「わかったよ。家貞」

「どうしましたか、殿?」

「俺は決めた。もう誰も失わない。そのためにももっと上に立ってやる。誰から何を言われてもいい。力を手に入れて、奴らに復讐をしてやる」

 そう清盛は強く心に誓った。


   4


 同じころ、源氏の屋敷では為義の枕経が行われていた。

 枕経が終わったころ。縁側で一人腰掛けている義朝に、正清は声をかける。

「悲しいか、義朝」

「……」

 黙り込む義朝。

「無理して黙っていることはない。そう言えばお前に、親父がこんなものを託していたぞ」

 正清は喪服の懐から、一通の手紙を差し出した。紙には、義朝へ、という下手な字で宛名が書かれている。

「なんだ、これは?」

「まあ読んでみろ」

 正清に言われた通りに、義朝は手紙を包んであった紙をとり、書状を読んでみる。

 書状にはお世辞にも上手いとは言えないほど下手な字で、こう書かれていた。

   義朝へ
 この手紙をお前が手にしたとき、俺はこの世にいないだろう。
 俺はお前に謝らなければいけないことがある。今さら父親面なんかするな、とお前は言うかもしれないが、ダメな親父のわがままを聞いてくれ。
 一つは父親らしいことをお前に何一つしてやれなかったことだ。
 正直俺は、祖父に似ているお前が怖かった。俺にいつも厳しい祖父のことを思い出してしまってな。そんな不安にいつも付きまとわれていたからだ。でも、息子というのはどんな形であれ、親父を超えるもの。お前の場合はそれが武芸であったということだけ。普通の父親であれば嬉しくも辛いことなのかもしれないが、俺にとっては怖いことだった。こんなダメな父親でごめんな。
 もう一つは今若と乙若、鬼武者を頼んだ。そして最後に、源氏の棟梁の座と鬼切丸は、お前に託した。平家に負けないように頑張れよ。
  源為義

「今さら謝ったって、もう遅い!」

 為義の残した手紙を、慟哭しながら屋敷の子庭へと投げ捨てた。

 保元の乱の戦後処理は、悲劇の血と涙の雨の中終わった。

   ──承へ続く──


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佐竹健
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